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場所は垂水だから、海のそばには違いないが、
「清冽な渓流の水に浮かぶ蔵」と表現したい八木酒造。
「海の蔵」大海酒造の山下さんのご紹介で伺ったのだった。
「7月5日から、新しい工夫で麦(焼酎)を造ります」と仰る八木栄寿社長。
それで、仕込み場の脇に設けられた部屋には蔵人たちの姿が。その中央にいらしたのが吉行(よけ)正己杜氏だった。
社長からは、蔵再興の折のお話や、これまでの5年(初蔵出しは平成16年の師走だった)そしてこれからの5年、さらに新しい蔵としてのブランド造りなどについて伺った。
ご子息大次郎くんをはじめ、みな笑顔のあかるい蔵人たちだった。名匠吉行杜氏と彼らが作り出す酒の表情もまたそうだろうと得心した。
垂水から鹿屋に向かった。
大海酒造は市内白崎町の川の畔に位置している。記憶に有る外壁が変わっていた。事務所は以前のままだった。
「山下からうかがっております」とにこやかで丁寧な言葉遣いの若い社員が応対してくれた。前田です、と名乗った彼は小生が想像したように営業職ではなく、製造担当だった。柔軟な発想やコミュニケーションの力、そして幅広い人間性が必要だという杜氏の教えをきちんと受け止めている人だった。
この蔵の杜氏部屋ほどイコゴチのいいところを知らない。
その部屋の真向かいに、不思議な部屋ができつつあった。居酒屋?
木製テーブルを配し、暖簾を吊るし、ドアの脇には提灯(たしかぬる燗亭主が寄贈したものだったと思う)を下げると言う。
「地元の様々な方に蔵を訪ねていただいて、見てもらいそしてここで飲みながら語りたい」というその考えは、地元の人にこそ、身近な蔵の酒や考え方を知ってもらいたいという狙いからだろう。
焼酎がどんどん売れている時期でも、増量するのではなく、働く場としての環境を改良したり、和水設備に注力したという大海さんの考えは、思うに「増量ではなく、増質」だったに違いない。
楽しい職場になる。
従業員のモティベーションが上がる。
焼酎の造りにも気が入る。
様々なことをうかがっているうちにもう三時間も杜氏の時間を戴いていた。
あすは朝早くから出張です、という大牟禮杜氏に別れを告げて、山下さんと向かったのは荒平天神を右手に望むシーサイドレストラン。
絶景と波の音を聴きながら大海のお湯割り。最高。
三十年以上通っているとおっしゃるカウンターバーから、お決まりのラーメン屋へとハシゴして鹿屋の夜は更けてゆきました。あの極度に忙しい中にあって、トコトコやってきた面倒くさい焼酎のんごろを丁寧に相手してくださるそのホスピタリティに心の底から感謝。
翌朝、戴いた電話でお礼(なんと失礼な)を述べて、大隅の地をあとにしたのだった。
※写真にはおひとりだけ薩摩半島の方が写っています。
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