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評論家、中国ウオッチャーの宮崎正弘さんとは数回お会いしたことしかない。
最初は出版記念会、あとおは宮崎さんの講演会、座談会くらいである。静かな口調で淡々とお話しされるのだが、その底流には激しい正義感が隠れているのがすぐわかる。のん兵衛でもある^^;。 テレビに登場して愚にもつかないことをしゃべっている外交評論家、中国研究者たちとは全く違い、宮崎さんはあ中国全33省を歩き、中国語で現地の人々と話す。よく入国拒否にならんもんだと思うほど。 そして、マスゴミのバイアスなしの率直にして鋭角な論評は小生は非常に好きであり、メルマガも愛読している。 そのメルマガからご紹介する一文。まったくそのとおりだと頷くしかない。 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成22年(2010)9月25日(土曜日)貳 通巻3077号 敵は中国ではなかった。敵は日本の政治の愚劣さ、政権の優柔不断 ハンニバルが言った。「ローマは敵でなかった。敵はカルタゴ議会だ」 ************************************ 毒餃子事件で中国は、いきなり「犯行は日本で行われた」と言った。白を黒と言い張る特質、よもやお忘れ無く。 石家庄で、フジタの四人が「軍事施設を撮影した」とイチャモンをつけられて拘束された。思い出してください。毒餃子の天洋食品は石家庄です。河北省の省都。いまでは北京から新幹線で一時間55分。 SARS(新型肺炎)が世界的パンデミック(伝染病)で恐慌に陥ったとき、伝染があまりにも迅速でばたばたと何人も死んでいるのに中国は事件を伏せた。 その結果、事態は深刻化して、あのときは日本からの観光ツアーがぴたりと停まった。筆者は上海から寧波へ行った帰りに特急列車の切符がその場でとれた。そもそもきっぷ売り場が閑散としていた。乗り込むと同じ車両の乗客は、筆者のほか三人だった。上海までずっとそうだった。超満員の鉄道があとにも先にもあれほどがら空きだった唯一の経験。 SARSの原因は中国なのにかれらは延々とシラを切り通した。 AIDSでは、河南省だけでも最低60万の患者がいるのに、それを告発した女医を拘束した。国連でも中国AIDS患者を700万人と推定しているのに、中国はいまも60―80万人前後だと言い張っている。 AIDS対策は後手後手となり、患者への差別は甚だしく、だが中国は『我が国は衛生的である』と虚勢を張っている。 反日暴動(05年)では被害にあったレストランには損害を賠償するからといい、ついに支払いがなかった。日本は静かな抗議を示すために北京の大使館と上海の領事館の施設を破壊されたままとして一年間放置したが、一部例外を除いて(宣伝用)、ついに中国側からの賠償はなかった。 ならず者船長は25日午前二時、中国があたかも“凱旋将軍用”に飛ばしたチャーター機に乗せられて悠々と石垣空港を離れ福州に向かった。中国では英雄扱いを受けるだろう。 日本の多くは、この政権の対中屈辱外交を悔やんだ。 カルタゴの名将・ハンニバルはアルプスを越えてローマの目の前にあり、あと一歩で陥落させられるというときにカルタゴ本国から帰国命令がきた。泪を流しながら、ハンニバルは言った。 「ローマは敵でなかった。敵はカルタゴ議会だったのか」。 そうか、日本の敵は中国というより、カネのためには名誉をすてて屈辱を受けても恥じない我が国の政府だった。 |
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2010年09月25日
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