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「芋焼酎と薬丸自顕流がなかったら、徳川幕府はもうすこし続いていたかも知れない。」
知人の歴史作家氏がつぶやいた言葉。
もちろん冗談だが、倒幕に奔る幕末の薩摩武士をシンボリックに表していると言ってもいいかもしれない。
その薩摩武士の誰もがいただく英傑はもちろん西郷さん。
薩摩人が愛情をこめて「せごどん」とよぶ西郷どんが明治十年城山に散ったのが九月二十四日。南洲神社の大祭の日だ。
その前日、二十三日に薩摩の若者たちが大先輩をしのんで市内を練り歩く。
せごどんの生地、城山古戦場、そして若い戦士たちと眠る南洲神社、西郷墓地。
行程の最終到着地がこの南洲神社である。
薬丸自顕流の先輩でもあるせごどんに因んで、歩き切って神社に辿りついた子供たちに体験打ちを指導するのが恒例だ。
東京道場からも三人が駆けつけ、本部同門とともに指導にあたった。
小学校二年生の門人が、幼稚園の子供に指導するという、薩摩郷中教育を地でゆく風景も。
ほんとうに沢山の子供たち(大人もいましたが)に体験してもらった。
毎年稽古を体験してもらっている玉龍中学校の生徒たちも、なつかしか〜と木刀を握っていた。
どちらかというと、女の子たちが元気だったような…薩摩隼人たっ、きばいやんせ!
天気にも恵まれ、ほんとうによい一日だった。
久しぶりに名山掘りの「鷹」にも行って、おかーちゃんの顔を拝んできた。ここも元気を生む場所だ。
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