|
平成24年、薬丸自顕流顕彰会東京道場の稽古もあと三回となった。
一年の間にあたらしい入門者も多く迎えた。
この時代に古流、それもかつては辺境の独立国といっていい薩摩の秘剣を学ぼうとする人たちがいることに、逆に驚愕する。
「薬丸自顕流には、出口はないんだよ^^」と、まだ20代の若者に先輩が気の毒そうに言う。
彼の笑顔には、出たくないしと書いてある。
「年寄りですが、稽古に参加できますか?」という50代の方からのメールもあった。
50代だろうが60だろうが決めた時がスタート。
人は体格も体力もそれぞれ違います。
その人にあう稽古の方法があります。
「ダメ」という言葉は当流にはない。
「こんな武道やスポーツを、何年もやってきました」という方もたまにいらっしゃる。
「経験はすべて捨てていただきます。まったくの白紙で来てください」と返事すると、まず10人中10人は姿を見せない。先週も一人いた。
当流道場も、来る人を選ぶようになったのはこの2年ほど。
道場の空気(人の和含めて)が設立以来七年近くの時間で固まってきたためでもあるかもしれない。その和に溶け込める人かどうかを見ることにした(技のことにあらず、心情性質をみます)。
薬丸自顕流は平安時代にルーツをもつ1000年の剣。
それが現代を処世する人に教えることも非常に多いと想う。
また今を生きることに活かすのでなければ意味は少なくなる。
画像は大晦日の鹿児島上町の「若宮神社」での年越し稽古・奉納演武。
東京から若い人たちが薩摩に行き演武する。若宮神社の宮司や巫女さんたちはかがり火を焚きいてこれを迎える。
稽古・演武が終わると心づくしのゼンザイを振舞ってくれる。
東京道場から何人もが薩摩に折節に渡り、稽古や演武を本部道場の同門と共にするようになった。
薩摩が第二の故郷という同門もいる。
酒が飲めなかった若い同門が、芋焼酎にのめり込んで鹿児島の酒屋さんに通いつめている。
鹿児島の女性と結婚し、本籍を鹿児島に移した同門もいる。
みんな、おかしい。
愛すべきおかしさであります。
きょうは練馬自衛隊での稽古。
怪我もなく活動してこれたこと、そして道場運営に挺身してくれる同門の皆さんに感謝。
|