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今週末から北海道の慰霊祭周りをするにあたり、出版社に電話をしたところ、担当部長から、また出版が遅れるかもしれないとのお言葉をいただいた。
しかも、本の名前や価格が変わるかもしれないとの事。
勘弁して下さいよ〜
樺太ネタじゃ確かに読書の興味を引きにくいでしょうし、それが45万字を越えた文字数となると、作業もめんどくさいのもわかりますが… どうりで、最近、捕まらなかったわけだ。
昨年、散々せかされて原稿を提出してから、一年たつ。 さすがに、電話で怒りをこらえるのが辛かった。 これじゃ、まるで私はほら吹きだ…
今日は、とても恥ずかしくて、本の宣伝は控えさせていただきます。
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選挙報道をみて改めて思ったのだが、
マスコミは傲慢
ではないか。
彼らのスポンサーと安倍さん意見が合わないから自民党の候補者が当選すると、改憲勢力だなんだと言って、御用コメンテーターに否定的な発言、または、質問を自民党関係者にしている。 しかし、その自民党に投票したのは、私達の憲法に主権者として規定されている、日本国民である。
なぜ、私達選択を「安倍首相の暴走」と言って、民進党や共産党が正しいかのように報道するのか。 安倍さんが「暴走」しているのではなく、選挙で国民が支持して、それに応えているのである。 マスコミは、民進党や共産党及びその支持者の意見を「民意」という。
確かに彼らの意見は「民意」である。
しかし、私達、保守系政党支持者の意見もまた「民意で」ある。
そして、民進党、共産党主張を拒絶している国民が多いのである。 マスコミ自分達そのスポンサーの意見が国民意見より正しいというのであろうか。 かつて、満州事変新聞社の販売部数から軍部を煽って、国民を戦争に駆り立てた真犯人は誰かよく思い出して貰いたい。 日本国の主権者は日本国民であり、マスコミや外国ではない。 護憲勢力と言われる人達はもう一度、憲法読み直して貰いたい。 国民を上から目線で見下すのは、たいがいにするべきである。 そして、私達日本国民、有権者の多数の選択に対し、敬意を払うべきではなかろうか。
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まるで落選会見!?万歳せずの青山繁晴氏「命も金も地位もいらぬのが議員」と抱負語る
当選確実の一報を受け選挙スタッフに挨拶する青山繁晴氏=10日午後、大阪市北区(恵守乾撮影)
比例代表での当選が確実になった自民新人で民間シンクタンク「独立総合研究所」社長、青山繁晴氏(63)は10日夜、大阪市北区の事務所で記者会見。「目的は当選でなく、日本社会をよくすることだ」として万歳三唱を見送り、「6年間腰を据えて、己を捨てて仕事に取り組む」と抱負を語った。
青山氏は午後8時15分ごろ、白いスーツで事務所に入った。事務所内には候補の必勝を願う「為書(ためがき)」と呼ばれる張り紙が1枚もなく、青山氏は「必ず勝たなければならないのは、日本国民と国家だ。命も金も地位もいらぬのが議員。地味な感じでちょうどいい」と持論を展開。集まった約20人の報道陣に対しては「落選会見みたいな雰囲気で申し訳ない」と笑いを誘う場面もあった。
選挙戦を振り返り、「動員もしていないのに、自発的に多くの方が集まってくれた。会ったことのない、(拉致被害者の)横田めぐみさんや、有本恵子さんのことを、わがことのように心配し、考えておられた。有権者の願いと祈りをこれから背負って6年間やるんだなと、万感胸に迫るものがある」としみじみと語った。
議員は1期しか務めないとの考えを改めて示し、「どんな仕事にも納期や締め切りがある。どんなセールスマンにも労働者にも学生、生徒にもある。しかし政治家だけ納期、締め切りがない。これは話が違う。政治家が甘えることないように問題提起したい」と強調した。
テレビやラジオの出演などについては、国会のスケジュールに支障のない範囲で継続したいとした。
青山氏は元共同通信記者で退社後に同研究所を設立。出演したテレビ番組で政治や外交、安全保障など幅広い分野で積極的に発言してきた。今年6月の出馬会見では、安倍晋三首相から電話で出馬を打診されたことを明かし、「日本は既得権益でがんじがらめ。経済も社会も、汚れた政治も変えるためには、僕自身の人生も壊さざるを得ないと考えた」と話していた。
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祝!青山繁晴さん当選!
今を去ることに十数年前に選挙権を得て以来、
初めて、この人に国政を託したいと思って投票した候補者が、青山繁晴さんです。
益々、青山さんの睡眠時間が減るでしょうが、日本の為に、拉致被害者とそのご家族の為に期待しています。
青山さんが、参議院議員として、拉致問題、安全保障問題その他山積している諸問題にどのように対処していくか、有権者として共に考え乍ら見守っていきたいと思います。
これからの六年思うとご自身は万歳などして浮かれる気持ちにはなれないでしょうが、支持者の一人として、心の中で、日本の為に万歳を三唱したいと思います。 青山さんと同列に語るのは僭越ではありますが、私は、私の分野で、後世の為に頑張ります。 歴史の隙間に抹殺ようとしている「樺太における対ソ戦及び、住民避難」について、しっかりと記録に残し、発信していきたいと思います。
そこで、今日は宣伝を二連発。
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皆さん、こんにちは。
突然ですが、
八月二十日に旭川で「仮題:樺太における対ソ戦及び、住民避難」について、単独で講演をさせていただけることになりました。 場所は、北鎮記念館(陸上自衛隊第二師団の史料館)の会議室で、
時間は午前十時半から十二時までです。 入場料は無料です。
本来なら、私ごときが単独でしかも北鎮記念館で講演なんてできませんが、旭川市民の皆様のおかげで、開催のはこびとなりました。
旭川の皆様と北鎮記念館の皆様には、感謝の言葉もございません。 皆さん、いかがですか?
そして、一人でも多くの方に日本国内最後の地上戦の戦場となった樺太の惨劇を知っていただければ、インタビューに答えてくださった方々との約束を守ることが出来ます。 一人でも多くの方のご来場を心より、お待ち申し上げております。
藤村建雄 拝
PS:現在八月末出版までずれつつある本の宣伝を、九月にずれ込まないことを祈りつつさせていただきます。
どうぞ、お許しを。
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今日は沖縄慰霊の日です。
本土最初の地上戦の戦場及び海上で散った全ての 人々の冥福を心よりお祈り申し上げます。
さて、前から思っていたのですが、沖縄のことを
「本土防衛の捨て石にした」と言われていますが、
本当にそうなのでしょうか。
私の疑問は ①捨て石ではなく、敵に向かった日本の南門だった のではないか。(北門は樺太)
②捨て石なら、わざわざ満州から第九師団(後に台 湾に移駐しましたが)を始め、日本全国から部隊
をかき集めたりしたでしょうか。
捨て石なら、逆に、現地部隊だけで戦わせたの ではないでしょうか。
しかも、精鋭第九師団を東満州から輸送して、
配備しないと思います。同師団を台湾に移動させ
る部隊に選んだの第32軍司令部です。
③本当に捨て石なら、中飛行場(現:嘉手納基地)
などを住民を動員して、米軍上陸間近まで作った
りしなかったのではないか。
当時、既に飛行機がなかったのに、飛行場を作る でしょうか。太平洋各地の島々で飛行場を作ると
米 軍が上陸してくることを日本は学んでいる。
となれば、増援が来るかもしれないと考えて作っ
ていたのではないでしょうか。捨て石なら、そん
なことは考えないでしょう。
④本当に捨て石なら、大和以下第二艦隊(日本の残
存艦隊の総力と言っても過言でない)がなけなし
の燃料を満載して、しかも女性用生理用品や歯磨
き粉まで大和に乗せて、沖縄に向かうであろう
か。
私は、最初の戦場であり、圧倒的な米艦隊に囲ま
れたら、現実の世界で起こった以上のことは、犠
牲を増やすだけで、合理的判断から守り切れなか
ったのだと考えています。
ですから「捨て石」といういい方には抵抗を感じ ます。
こういってはなんですが、樺太では、ソ連軍が国
境を越えて日本領に侵攻してきたのは、八月十一
日で、軍事活動が終ったのは八月二十五日。大半
の期間は日本全国で戦争が終ったと言われている
時期です。
従って、北海道からの航空支援は一機もありませ
ん。
援軍もありません。飛行機もありません。
特攻機すらありません。
持っていた火砲は聯隊砲八門です。
国境で戦っている間、北部地域の日本人は着の身 着のままで、徒歩で南下。その逃避行の途中、ソ
連機による機銃掃射を受けたり、沖縄同様、将来
を悲観した人々が各地で集団自決を行っていま
す。
そして、八月二十日には戦争が終っていると思っ
ていた眞岡にソ連軍が艦砲射撃の下で強襲上陸
し、避難民の後を追うように侵攻した結果、戦闘に
住民が巻き込まれ、千名以上の犠牲者が出ていま
す。
(ソ連軍も山道を徒歩で逃げる避難民の列に艦砲射
撃を加えています。勿論、米戦艦の艦砲射撃の破壊
力には遠く及びませんが、避難民の気持ちは沖縄の
人も樺太の人も同じだと思います。)
軍隊だって、復員を開始したり、戦後ということも あり、自制しながら、戦っています。
八月二十二日には、老幼婦女子を乗せた緊急疎開船
三隻が北海道留萌沖でソ連潜水艦の砲雷撃を受けて
、二隻が撃沈、一隻が大破させられ、一七〇八名以
上の犠牲者が出ています。
対馬丸事件と同じです。 それでも、北海道方面からの援軍は全くありませんでした。 海からも空からも。 もし、捨て石というのなら、沖縄より樺太の方がそ
の言葉にふさわしくありませんか。
因みに、いやらしいことをいうのなら、この三船に
乗っていなくなった方のご遺族には一円も国からお
金は渡っていません。
樺太からの緊急疎開者、引揚者は満州朝鮮台湾その 他の地域からの引揚者、そして日本各地で空襲によ
り亡くなった方と同じ扱いで、国から特別な保護や
補助金などを受けていません。
ただ誤解を招かないように申し添えますが、私は、
樺太だって大変だったんだから、沖縄も我慢しろと
か、沖縄は戦後、沢山補助金をもらっているからい
いじゃないか、と申しているのではありません。
(そう思われたとしたら、私の表現の仕方が稚拙な
せいです。すみません。)
捨て石と言う言葉を使うと、沖縄の人々とそれ以外
の日本各地の人々の心の間に分断されているように
感じ、非常に寂しく思います。
結果として沖縄を守れず、多くの県民が途端の苦し
みを味わったのは事実ですが、「見捨てる」と「助
けきれない」は別だと思います。
本土の人間も沖縄から見たら加害者だという若い女
性もいらっしゃるそうですが、そういう考えの方々
を否定はしません。
沖縄の方にしか理解できない悲しみ、苦悩を理解で きるなどと言うなんて、おこがましくてできません。
ただ、沖縄だけでなく、視野を樺太、満州、朝鮮、
サイパン、フィリピンなど、多くの日本人が生活し
ていた地域、そして戦争に巻き込まれた地域のこと
も考えて、その方々の気持ちも知ってほしいと思い
ます。
広島と長崎で、原爆により虐殺された人々、B29の
低高度絨毯爆撃により、焼き殺された人々も、沖縄
戦で亡くなった方々と同じ犠牲者です。
同じ日本国民として、戦後教育と進歩的知識人、メ
ディアにより作り上げられた心の分断を統一しても
いい時期ではないでしょうか。
私は全ての戦没者の冥福を沖縄の人と一緒に祈りた
い。
そう考えています。
今日は、どうしようかと思いましたが、宜しけれ
ば、樺太での戦没者のことも、一緒に祈っていただ
ければと思い、広告を貼らせてもらいました。
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