山本太郎、福島の子どもたちとともに内閣府、文科省、保安院の役人と対峙「場当たり的なことはやめてください!」と声を荒げる
17日、俳優の山本太郎が衆議院議員会館にて、子どもたちを放射能から守る福島ネットワークが主催の「子どもの声を政府に届けよう!」に参加した。
この日、永田町の議員会館には4人の小中学生たちが福島から自分たちの声を政府に届けるためにやってきた。「福島県民よりもお金が大切なんですか?」「福島の子どもたちは、プールにも入れません。マスクをして、登下校をしているのに、基準値を何十倍も引き上げて、どうして安全と言えるんですか?」「こんなことになった、原発がわたしは大嫌いです」まっすぐな意見が、子どもたちから向けられるなか横一列に並んだ内閣府、文科省、保安院の10名の"おとな"たちは、うつむくばかり。
6月に転校をしたという女の子は、「わたしは6月に転校をしてとても悲しい思いをしました。友達も泣いて別れを惜しんでくれました。こんなふうにバラバラになっていくのは、わたしたちにとって耐え難く悲しいことです。出て行った人も残った人もお互いのことが心配でたまりません。ですから、わたしたちが学校の友だちとみんなで安全な場所に避難できるよう、真剣に考えてください。そして、わたしたちが避難している間に、森も山も川も田畑も、福島県全域を徹底的にきれいにする計画を立てて、実行してください。わたしたちが将来安心して暮らせるよう、最大限の努力をしてください」としっかりとした口調で訴えた。だが、大人たちからの回答は「いまの皆さんの意見は持って帰ってできる限りのことをします。除染はしっかりとやっていくことを先週表明しました」「早く帰れるように、頑張ります」と集団疎開など具体的なことについてはまったくふれず、除染への"最大限の努力"を話すばかり。この態度に対し、山本が、「補償はどうするつもりなんですか? 除染したって、毎日毒が出続けているんだから住めるわけないでしょう。場当たり的なことはやめてください」と思わず声を荒げる場面もあった。
あいまいな、はぐらかすような回答ばかりが目立つ大人からの回答に失望感でいっぱいな子どもたちの様子に、「(今日のやりとりをみた)感想は残念の一言に尽きます。でも仕方がないと思うのは、おそらく決定権がない方々。だからおっしゃることは"持って帰って"ばかりです。持って帰ってもそこからは何も生まれないんでしょう。でも今日の子どもたちの話を聞いたことで、個人レベルでは、変えて行きたいと思ったはずです。皆さんかつては、こんなときに人々を救いたいという熱い思いでいまの仕事につかれたはず。だから、皆さんにお願いしたいのは、皆さんにも戦って欲しい。やっているふりはいりません。この子どもたちは、これから先の日本を支えていく子たちです。子どもたちのために勇気を出して戦ってください」と真剣な表情で訴えた。また、北海道から帰ったばかりの山本に、この日決定した北海道の泊原発に関して記者から質問が及ぶと、「もう原発は動かしちゃダメだと思う」と訴える福島の子どもたちとともに「いったい福島の事故でなにを学んだのか? なにも学んでいない!」と再稼働への怒りを伝えた。
この日は数か月前に山本が文科省の前で20ミリシーベルト問題を訴えたときに比べると、数えきれないほどの報道陣が駆けつけ、テレビ局、新聞各社が山本を取り囲んだ。ニコニコ動画での生放送は、2万人近くの人が見守った。事務所を辞め、福島の子どもたちのために立ち上がった山本の決意は、マスコミを動かした。「僕ら大人が子どもたちを守らなければいけない。子どもたちのために、勇気を出して戦ってください」という彼の想いは、日本中の大人たちの心にどのように伝わっていくのだろうか。(編集部・森田真帆)
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こんばんは。
皆さんは、ニコニコ動画で上記会見の生中継をしていたのをご覧になられましたか?
残念ながら、私は存在すら知らず、見ていませんでした。
私は基本的に原発を必要悪と考えております。
勿論、代替エネルギーさえあるのなら、今すぐにでも廃止して欲しいと考えております。(研究まで廃止する必要は「色々な意味で」ないと思います)
とはいえ、福島の子供達の悲痛な叫びは、誰もが思ってきたことではないでしょうか。
>「福島の子どもたちは、プールにも入れません。マスクをして、登下校をしているのに、基準値を何十倍も引き上げて、どうして安全と言えるんですか?」
誰が聞いても正論です。
つねづね私も疑問に思ってきたことです。
「あの」ソ連でさえ、チェルノブイリ事故の際は、住民はおろか家畜まで一週間以内に避難させました。
勿論、それは事前に核戦争を想定したマニュアルを作っていたからでしょう。
しかし、原発をつくっているのに、事故が起きた際の住民避難マニュアルが作られていなかったというのは、手落ちではないでしょうか。
いや、あったのかもしれません。
でも、今回の対応はなかったと同じでしょう。
今、福島で生活を続ける人々はどんな気持ちでいらしゃるのでしょうか。
そして、今回の会見を福島県民によって選ばれた国会議員、県議会議員の皆さんはどうお感じになったのでしょうか。
この場に1人も立ち会わなかったのでしょうか。
私は千葉県に住んでいますが、それでも正直申し上げて、怖いです。
今、この瞬間も、福島第一原発から放射能は漏れ続けているんですよね。
しかも、政府はパニックを防ぐためとは言え、わかりきっていたことさえ、報道しない。
先日の干し藁や牛肉からセシウムが検出された件にしたって、そんなのわかりきっていたことじゃないですか。
それでも、西日本に逃げても生活の基盤がない以上、現住所でがんばり、希望を捨てずに生き抜くしかありません。
放射能汚染をきにしたら、何も飲み食いできません。
外も歩けません。
でも私は42歳ですし、結構楽しい人生をおくらせていただいたので、自分だけのことを考えるなら、今、お迎えが来てもいいです。
しかし、12歳の娘と5歳の息子のことを思うと不憫でなりません。
この福島の子供達の叫びがわが子の叫びに聞こえます。
そして、子供相手でさえ、心のこもらない役人的回答というのはあまりにも無慈悲ではないでしょうか。
また、そんな回答しか出来ない、決定権のない人しか参加させる気が役所にないのなら、最初から来なきゃ良いじゃないですか。
また、役所からだせないのなら、今回の地震で菅直人が受験生の参考書のようにたくさん集めた「内閣参与」(この肩書きでよかったのでしょうか)の先生方や、民主党が呪文のようにとなえていた、政治主導とやらを発揮して、決定権のある大臣、副大臣、又は政務官を出席させればいいじゃないですか。
それも出来ないのなら、民主党のエライさんが出席すればいいじゃないですか。
私の言っていること、変ですか?
1人の大人として、福島の子供達の叫びに何もしてあげられない自分が情けないです。
福島の皆さん、ごめんなんさい。