樺太史研究室

南樺太は日本の固有の領土です。日露戦争で奪還した土地であり、奪取した土地ではありません。8月25日を樺太慰霊の日に!

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■災害時ストレス健康相談(岩手県精神保健福祉センター)
東北地方太平洋沖地震によりストレスを抱えている方を対象とした健康相談窓口です。
 心のケア支援・派遣に関することや、最寄りの相談機関(保健所等)に関する情報をお伝えします。      電話 019-629-9617      受付日時 毎日9〜17時      PCサイト
http://www.pref.iwate.jp/view.rbz?nd=3012&of=1&ik=3&pnp=17&pnp=61&pnp=422&pnp=3012&cd=6116-------------------------------------------------------
 
■盛岡いのちの電話悩み、苦しさを受け止める電話です。 話の秘密を守ります。名前を告げる必要はありません。 電話を聴くのは定められた研修課程を終了したボランティアです。      電話 019-654-7575      受付日時 毎日12〜21時      日は18時まで      PCサイト http://www.iwate21.net/mit/------------------------------
 
■岩手自殺防止センター心の支えを必要としている方が、誰にも言えないつらい気持ちを安心して話せる場です。 親身になって、じっくりとお話を聴きます。その方の様々な感情に寄り添い、話すことで、 心の負担を少しでも軽くしていただけることを願っています。      電話 019-621-9090      受付日時 土20〜23時      PCサイト http://opentolove.exblog.jp/i250/--------------------------------------------
 
■心の相談緊急電話(日本精神衛生学会/日本臨床心理士会/東京臨床心理士会/日本電話相談学会)被災者の方々の、精神的な悩み・問題に関するご相談をお受けします。 精神科医師、、臨床心理士、保健師、精神保健福祉士等が担当いたします。 下記のようなことでお悩みの際はご連絡ください。◆被災に伴う精神的な悩み・問題に関すること◆支援活動に関係する方々の精神的なサポートに関すること◆PТSD防止と対応に関すること◆原発損壊に伴い不安を感じている・・・など      電話 0120-111-916      受付日時 毎日13〜22時 ※5/8(土)まで      PCサイト http://www.jsccp.jp/info/infonews/detail?no=103-------------------------
 
■毎月10日フリーダイヤル(全国いのちの電話) 電話 0120-738-556      受付日時 毎月10日 8時〜翌8時      PCサイト http://www.find-j.jp/free.html(いのちの電話フリーダイヤル)      http://www.find-j.jp/zenkoku.html(全国のいのちの電話)----------------------------------------------------------------------------
 
■地震・津波に関するこころの相談ホットライン(仙台グリーフケア研究会)ストレスにさらされている被災者を対象とした、相談窓口です。 多方面と連携しながら被災者の皆様の抱えるこころの悩みをお聞きします。 ・地震・津波で不安を抱いている方/思い出してつらい思いをされている方 ・地震・津波で大切な人を亡くした方・親を地震や津波で亡くしたお子さんを抱えている方 ・その他・子どもたちの心の傷について どうぞご相談ください。電話・メールでの相談の上、必要に応じて個人面談をいたします。      電話 080-3326-5612      受付日時 9〜21時      FAX 022-369-8012      メールアドレス saigaikokorocare@gmail.com      PCサイト http://blog.canpan.info/grief/archive/28----------------------------------------------------
 
■こころの無料電話相談(日本産業カウンセラー協会)被災者の方がたとそのご家族、関係者からのこころの悩みの相談をお受けします。      電話 0120-216-633      受付日時 毎日13〜20時      PCサイト http://www.counselor.or.jp/news/110331.html---------------------------------------------------------------
 
■メンタルヘルス相談(全国共通フリーダイヤル)((独法)労働者健康福祉機構 産業保健推進センター)被災者や救援活動に携わる人を対象とした電話相談窓口です。産業医や精神科医、産業カウンセラーが相談に応じます。      電話 0120-226-272      受付日時 平日9〜12時、13〜17時      PCサイトhttp://www.rofuku.go.jp/oshirase/topics_higashinihon_daishinsai_torikumi_03.html#mental_freedial------------------------------------------
 
■被災された皆様への「心の電話相談」(全国共通)((独法)労働者健康福祉機構 勤労者予防医療センター(部))被災者や救援活動に携わる人を対象とした電話相談窓口です。産業医や精神科医、産業カウンセラーが相談に応じます。      電話 0800-100-6700      受付日時 平日14〜20時      PCサイトhttp://www.rofuku.go.jp/oshirase/topics_higashinihon_daishinsai_torikumi_03.html#mental_freedial---------------
 
■宮城県 こころの健康相談電話(ホットライン)
  早朝(午前6時〜午前9時) 0229−23−3703
  昼間(午前9時〜午後5時) 0229−23−0302
  夜間(午後5時〜午前2時) 0229−23−3703
  *平日ならびに土日祝日も対応
 
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■地震・津波に関するこころの相談ホットライン

 ご利用できる方
 ・地震・津波で不安を抱いている方/思いだして辛い思いをされている方
 ・地震・津波で大切な人を亡くした方
 ・親を地震や津波で亡くしたお子さんを抱えている方
  その他・子どもたちの心の傷について

 相談方法
 電話・メールでの相談の上、必要に応じて個人面談をいたします。
 電話: 080-3326-5612 (午前9時〜夜9時まで)
 FAX: 022-369-8012
 Email:
saigaikokorocare@gmail.com

 相談担当:高橋聡美・佐藤利憲(仙台青葉学院短期大学精神看護学教員)     http://blog.canpan.info/grief/
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■【いのちの電話】東日本大震災「いのちの電話」フリーダイヤルが開設されまし
  た。
 いのちの電話」は、悩み苦しんでいる人の“こころ”が和らぎ、希望と勇気をもって 
 再び生きていかれることを願い開設されています。
 【フリーダイヤル] 0120-556-189
  
http://t.co/FD4hM4I
 
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■福島県 こころの健康相談ダイヤル 
  0570−064−556 (月〜金(休祝日を除く) 9:00-17:00)

 -------------------------------------------------------------
 
自治体・ボランティア団体の皆さんはこちらもどうぞ
東日本大震災心理支援センターでは、臨床心理士派遣の相談や被災地での支援者やボランティアの方々のメンタルヘルスの支援をされています。
 詳しくは
★東日本大震災心理支援センター
  
東北地方及び関東地方で発生した大規模災害によって被災された方々に対して、広く東北地方及び関東地方で発生した大規模災害によって被災された方々に対して、広く心のケアを行なうことを目的とし、(社)日本臨床心理士会と(社)日本心理臨床学会は、東日本大震災心理支援センターを3月23日(水)に開設いたしました。
心のケアを行なうことを目的とし、(社)日本臨床心理士会と(社)日本心理臨床学会は、東日本大震災心理支援センターを3月23日(水)に開設いたしました。
 
    電話:03-3817-6392    〒113-0033 東京都文京区本郷2-40-14 山崎ビル602    FAX:03-3817-7800,03-3817-6802    メール: jpsc@ajcp.info
 

惨事ストレス限界 長引く遺体捜索、自衛官らPTSD懸念

産経新聞 5月8日(日)7時56分配信
 東日本大震災で被災地に派遣され、遺体の捜索・収容に当たっている自衛隊員や警察官、海上保安官らの「惨事ストレス」が問題となっている。過酷な作業が長期化するのに伴い、心的外傷後ストレス障害(PTSD)発症の懸念が増しているほか、“奇行”に走るケースすらあり、関係機関は対策に乗り出した。(原川真太郎)

 「もう限界です。家に帰していただけませんか」

 西日本の陸上自衛隊の部隊に所属し、遺体の捜索を続ける30代の男性自衛官のもとには、部下からこんな訴えが寄せられている。

 震災直後に被災地に入り、数十人の遺体を収容した。がれきの下から傷だらけの若い女性と幼い子供を発見した日には「もしこれが自分の妻と子だったら…」と、夜になってうなされた部下もいたという。

 防衛省によると、自衛隊では米軍や警察などとの合同捜索も含め、これまでに計約9200人の遺体を収容。今も遺体は発見され続けており、肉体的な疲労に加えて、損傷のひどい遺体を扱う精神的なストレスは日に日に増している。

 こうした影響からか、一部には常軌を逸した行動を取る者も出ている。

 宮城県沖で遺体の収容作業を終えて通常業務に戻った海上自衛隊横須賀基地所属の3等海曹(31)は3月20日、レンタルビデオ店で下半身を露出し公然わいせつ容疑で現行犯逮捕された。再び被災地での活動が決まっており、「また行くのが嫌だった。捕まれば行かなくてすむと思った」などと供述したという。

 こうした例は極端だが、「活動で受けた精神的ショックから強い不安感を覚えて日常生活に支障を来す恐れがある」として、防衛省は被災地に派遣された自衛隊員に対して定期的に調査を実施し、健康状態を観察する方針を決めた。

 警察庁も岩手、宮城、福島の3県警の全警察官・警察職員に問診票を配って震災対応後の心身の状態について調査。ストレスが強い職員には臨床心理士による面談を実施するなどの対策に乗り出している。

 がれきが漂う海中の捜索や遺体収容業務に当たる海上保安官らのストレスも大きい。発生から1週間後に海上保安庁が実施したアンケートでは、被災地で業務に従事する潜水士や巡視船艇の乗組員ら計約1600人のうち約1割に「経過観察が必要」とする結果が出たという。

 海保の惨事ストレス対策アドバイザーを務める広川進・大正大准教授(臨床心理学)によると、保安官らからは「涙が止まらない」「現場の光景がフラッシュバックする」といったPTSDに似た症状を訴える声もあった。広川准教授は「最初の1カ月程度は使命感と興奮状態の中で業務に没頭するが、作業の長期化が予測されるこれからが一番危険。まとまった休息をとって頭のスイッチを強制的にオフにするなど、十分なケアが必要」と指摘している。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110508-00000092-san-soci
 


おはようございます。
先日もほぼ同様の記事を産経はのせていましたが、それだけ事態は深刻ということではないでしょうか。
 
被災地に東北以外の部隊で大震災当日に派遣された某部隊でもPTSDにかかった隊員は少なくないそうで、その部隊では4月1日以降、臨床心理の専門家が部隊に入り、カウンセリングを始めたそうです。
 
また、被災地の郷土部隊の活躍を某放送局が流していましたが、番組内で中隊長さんがインタビューで話していた部下の方の様子は明らかにPTSD(素人の私でもわかる)の症状が出ていたので、その部隊の広報の方にメールでそのことを伝えました。(因みにお返事が来たのは深夜1時近くでした。)
 
PTSDの症状は一ヶ月過ぎたあたりからで出す方も多いそうですし、被災地に行かなくても、テレビで見ているだけで、かかる場合もあります。
 
自衛官・警察官・海上保安官・消防官の方々は彼らのPTSDの心配と対策を練ってくれる人達がいるだけ、まだましなほうだと思います。
 
事態がさらに深刻なのは被災地の自治体職員です。
大震災から休まず、地元の被災者…自分の生まれ育った町のご近所さん…のために働き続けています。
 
自身も被災者で、朝、避難所から出勤し、深夜避難所に帰り、食事の時間もとれず(間に合わない)毎日毎日、使命感と生まれ育った町のために必死の活動。
 
当初は消防団の方々と一緒に、行方不明者…幼い頃からの隣人達の…の捜索と収容(それも津波により損傷の激しいご遺体)をされ、今は仮設住宅の建設やインフラ再建、住民サービスの再開、復興案の検討etc…
 
しかも、住民の方も約2ヶ月の避難所生活で心身ともに疲れきっています。
菅直人や枝野の無責任な発言により、職員が聞いてない話の質問(というより詰問)を受け、批判され…
 
それは勤務中だろうが、避難所にいるときだろうが関係なく。
 
職員の方々は家族、友人、恋人、同僚をなくしても、それにかまわず、ひたすら住民の方々のために働き続け、心身の疲労がたまりある日、ポッキリと心が折れてしまう人が出てきています。
 
私はそんな自治体職員の方の話をこの一週間だけで5件、相談を受けました。
といっても、わたしは臨床心理士ではありませんし、カウンセラーとしての専門教育を高等教育機関で受けたわけではありません。
学生さんの何でも相談係りという立場から独学で勉強しているだけです。
 
ですから、生兵法で自分で答えず、次ブログにある相談窓口の案内か知人の臨床心理士にその内容をお伝えして助言をもらい、それをお返事とさせていただいております。
 
多くの臨床心理士の方々が被災地にボランティアとして入られ、支援活動をされていますが、あまりに被災地が広く、手が足りていません。
 
また、心の病に対する誤解(精神力が弱い人が心の病にかかるという誤解)から、気力でなんとかなると本人、または周囲が信じ医師に相談することを拒否、または使命感から職場を離れることが出来ず、その結果自ら命をたつ人、心の病で職務遂行不可能な状態に陥る人が出ています。
 
今、他の自治体から派遣されている応援の職員の方々の存在は貴重です。
でも、そうであるからこそ、意気に感じ余計がんばってしまうのでしょう。
 
人の心が我慢できるのは40日ぐらいといわれています。
いつ何があってもおかしくないのが今の被災地の人々心の状態です。
メンタル面での支援は焦眉の急です。
 
そして、国の予算で被災者または被災地以外の自治体OBを被災地の自治体の臨時職員として雇用し、彼らを休ませねばなりません。
このままでは、ガダルカナル島の「空の戦い」で貴重な航空戦力をすり潰し、以後の戦局に重大な悪影響を与えた歴史の繰り返しになります。
 
また、被災地でのボランティアのコーディネーターとして働けそうな「調整力」のある人を天下り団体から臨時にかき集めて被災地に派遣することはできないでしょうか。
天下りする人といっても、何も50代ばかりではありません。
出世競争に敗れ、早い人は30代後半から出向、転籍という人がいるそうです。
「出世競争で敗北=無能」と限らないことは、このブログをごらんの皆さんも職場でお感じになられているものと思います。
 
発想の転換というやつで、天下り団体を税金の無駄使いと考えず、人材がプールされている場所(勿論、本当に「出された人」もいるでしょうが)と考え、そういう人材を被災地に派遣すればその能力を発揮できるのではないでしょうか。
 
交替要員が必要なのは、自衛官・警察官・海上保安官・消防官の方々だけではありません。
 
職員の皆さん、どうか仕事だと思って休んでください。
住民の皆さん、どうか職員の方々が休めるように声をかけてあげてください。
被災地の皆さん、よろしければ、ご参考にどうぞ。(次のブログをご覧下さい)
 

「支援したのに制裁延長」=日本政府を批判−北朝鮮研究員

 【ソウル時事】北朝鮮外務省日本課の魯正秀研究員は7日までに、平壌を訪問した浅野健一同志社大教授とのインタビューに応じた。浅野教授によると、魯氏は、北朝鮮が東日本大震災を受けて10万ドル(約800万円)の見舞金を送った後、日本政府が対北朝鮮制裁措置の1年間延長を決定した点を挙げ、「(北)朝鮮に対する敵視政策が骨の髄まで染み込んでいる」と批判、「敵視政策」の即時撤回を求めた。
 魯氏はまた、核問題の6カ国協議や南北会談について、「前提条件なしに対座して、討議する意思がある」と強調。一方で、米韓が北朝鮮に対し、会談開催の前に非核化への誠実な姿勢を示すよう求めていることには、「同時行動原則に反し、通じない」と述べ、応じない考えを示した。(2011/05/07-14:24)
時事通信


こんばんは。
この時事通信の記事を読んで思ったんですけど、朝鮮半島の人達は南北を問わず、義捐金(見舞金)を送ると見返りがあるのが当然と思っているんですかね。
 
先日書かせていただいたブログ(韓国の支援に対し「日本が友情で答える番だ」そうです http://blogs.yahoo.co.jp/nihongotakeo93l929/29304338.html)で取り上げた中央日報の記事もそうですが、日本と彼の地では常識というか感覚が違うようですね。
 
しかも、韓国はスマトラ沖地震の際、5000万ドルの義捐金を申し出たが、いつのまにか610万ドルにかわり、それも実際に支払われたのは295万ドルとか(http://blog.goo.ne.jp/pandiani/e/082e0ddd817666e9b951f76d4ec07957)。
 
当時日本が5億ドルの支援を申し出(当然、全額支払い済み)たことへのライバル意識で5000万ドルといったものの、世間の注目が薄れたから減額したのでしょうか。
こういう考えた方というか行動が出来る人達なら東日本大震災向けと称して集めた義捐金を竹島占領強化のために使っても不思議じゃないですね。
 
いや、国が変われば考え方もちがうんですね。
 
そのくせ、見返りを要求。
 
いや、面白い人達です。
実にいい勉強になりました。
朝鮮半島の皆さん、ありがとうございました。
皆さんへの未練が完全になくなりました。
 
ただ、私はめんどくさい人は苦手なので、もうこれ以上、日本にかかわらないで下さい。
そして、南北で戦争が始まったら、日本からの支援を一切あてにせず、難民も玄界灘を渡らせないで、自分たちだけで完結して下さい。
 
さようなら、朝鮮半島の皆さん!
二度と、こっちを向かないで下さい!

「牛を見捨てられぬ」餌運び続ける 原発事故警戒区域

http://www.kahoku.co.jp/img/news/2011/20110504041jd.jpg
人恋しそうに集まってくる牛に餌をやる村田社長=4月29日、福島県浪江町のエム牧場浪江農場(提供写真)
 「300頭以上の牛が腹をすかせて待っている。行かなければ死んでしまう」。福島第1原発事故で立ち入りが禁じられた20キロ圏内の警戒区域に、今も牛の餌を運び続ける畜産農家がいる。丹精込めて育ててきた牛への愛情と、日々の営みを突然奪った東京電力や国への怒りが、農家を突き動かしている。

<重なり倒れる>
 「人が行かなくなった畜舎は悲惨。成牛も子牛も折り重なるように倒れてる。生き残った牛もがりがりにやせて、力のない目でこっちを見る。もう、いたたまれない」
 20キロ圏内の牧場の様子を切なげに話すのは、二本松市の農業生産法人「エム牧場」の村田淳社長(56)。同社は県内7カ所に牧場があり、和牛約1200頭を飼う。原発事故で職員が避難した後も数日おきに、原発から14キロの浪江町の牧場にトラックで餌を運んできた。
 浪江農場は敷地約30ヘクタールと広大な主力牧場で、震災前は328頭を飼育。畜舎を増設するなど規模を拡大中で、近く600頭まで増やす計画だった。
 場長の吉沢正己さん(57)は国が3月12日、20キロ圏内に避難を指示した後も踏みとどまった。しかし、原発の状況が悪化したため17日に退避した。「原発が爆発するたびに、どーんと重い音が響いた。双眼鏡で見ると白い煙が立ち上って、もうこれまでかと泣く泣く牛を置いてきた」と振り返る。
 その翌日には必死の思いで農場に戻り、畜舎の牛を放牧場に放した。浪江農場の牛をどうするか、社内で激論が交わされた。出荷できない牛に経費をかけて維持し、何の意味があるのか。国の指示に従わず、危険を冒す必要はあるのか―。
 「結論は命を見捨てて、同じ生き物として恥ずかしくないのかということ。できる限りのことはしたい」。率先して浪江に餌を運ぶ村田社長は語る。吉沢さんも「東電が事故を起こし、国が住民の意見を聞かずに立ち入り禁止の線を引いた。牛や農家は何も悪くない。ひるんで逃げるのは嫌だ」と強調する。

<細い山道抜け>
 通り道の浪江町と南相馬市には立ち入り許可を何度も求めてきたが、認められていない。「なぜ駄目なんだ」と村田社長は憤る。やむを得ず、検問を避け、細い山道を抜けていく。帰りは必ず被ばくの有無を確認するスクリーニングを受けるが、異常値が出たことはないという。
 今、20キロ圏内では春の日差しの中、放された牛や豚がのどかに草をはみ、その脇の畜舎では逃げられなかった家畜が無残な姿をさらす。「まさに天国と地獄だ。本当は家畜を放すのも良くない。でも仕方がなかった。畜舎を閉じたまま避難した農家にも事情がある。正解なんかない」と村田社長。
 餌を積んだ車が到着すると、放牧場に散っていた牛たちは甘えた声を上げ、集まってくる。中には生まれたばかりの子牛も。「牛飼いをやってて良かった、餌運んで良かったって実感する」と村田社長は言う。

2011年05月05日木曜日
河北新報
 
こんにちは。
今日は、いつも勉強させていただいています、ふーまんさんのブログにすばらしいお話がありましたので、ご本人さまの了解をいただき、転載させていただきます。

尚、文中に登場する方、ならびにふーまんさんからのご依頼がございましたら、即削除いたしますので、あらかじめご了承下さい。
http://sns.mynippon.jp/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=217038&comment_count=26より

過去にもあった 陸上自衛隊、知られざる活躍
 
先日、『頑張れ日本!全国行動委員会岡山』の関係で、岡山県総社市の前市長竹内洋二氏(現日本会議岡山議長)と頑張れ日本岡山の役員を交えた会食の場に同席させてもらいました。
私のような者が同席を許されること自体が奇跡ですが、普段は絶対に口にする機会のない季節の味覚を堪能しながら、竹内氏のお話しに聞き入りました。

非常に多岐に亘る興味深い話題が続く中で、今から10年前(平成13年)の3月12日に発生した砕石現場崩落事故の時のお話しには、箸もグラスを持つ手も止まってしまいました。

岡山県の方なら当時の悲惨な事故をご記憶の方もおられるかと思います。
高梁川に面した砕石現場の斜面が高さ250メートル、幅150メートルにわたって崩落し、2名の方が死亡、1名の方が行方不明になった痛ましい事故です。
当時のテレビや新聞でも大々的に報じられましたが、実はそこで陸上自衛隊の皆さんが決死の活躍をされていたのです。
もちろん、マスコミがそれを報じる事もなく、総社市のすぐ近くを仕事で回っていた私は噂さえ聞くことなく、会長
【テル爺】さんや事務局長【hodakaichirou】さんでさえご存じなかったのです。

以下、竹内氏からお聞きした内容を、私の記憶が薄れない内に書き綴り皆さんにご紹介します。
なお、この場に記事として投稿することは、竹内氏に了解を得ています。都市名や竹内氏の実名を伏せようとしましたが、「事実を伝えるのに、そんな配慮は不要」とのことでした。
また、文中登場する人たちの事を貶めるつもりなど毛頭ない事を予め申し上げます。
長くなりますが、お時間の許す方はお付き合いください。
文中生々しい表現もあろうかと思います。これも予めご了承ください。
また、文末に「〜そうです」が頻発しますが、これもご容赦ください。そもそもボキャブラリーが乏しいのと、のんびり考える余裕がありません。


当時の市長が竹内氏(以下市長)で、事故の一報を受けると直ちに車を現地へ走らせ、消防長よりも早く到着されたとか。
現場では近くの消防隊が駆けつけるものの手がつけられない状態で、それでも、ひっくり返ってキャビン内が砕石で埋め尽くされた重機の中から、どうにか一人のご遺体を発見したそうです。

直ちに市役所へ引き返すと同時に、現地へ対策本部の設置を命じ、市長の判断で自衛隊へ災害派遣を要請したそうです。本来は県を通じて派遣要請を行なうのですが、そんな悠長な状態でなく条件反射的に要請したそうです。
その事に対して、県の責任者は「勝手にやってもらっては困る」と市長に詰め寄ったそうですが、市長は反論することもなく、とにかくひたすら頭を下げ続けていたそうです。

岡山県北部の奈義町にある陸上自衛隊日本原駐屯地から、派遣要請からわずか3時間ほどで200名以上の隊員がトラックを連ねてやって来てくれたそうです。地元だからわかりますが、日本原から総社まで3時間で展開するのは驚異的な早さです。

着くや否や中隊長の「捜索開始!」の号令で、既に打ち合わせをしていたかのような機敏な動きで、直ちに民家ほどもあるような巨岩の間に身体を突っ込んで、隙間に生存者がいるかもしれないと、消防隊と一緒に「おーい、おーい」と声をかけて捜索を開始したそうです。
この後も出てきますが、本当に号令一つで何をすべきか瞬時に理解して、一切無駄のない素晴らしい行動だったそうです。

お話しの内容があまりにも衝撃的で、以後時系列が前後するかもしれませんが、どうかご容赦ください。

日が暮れても捜索は続いていたところ、真っ暗闇で次の小さな崩落が発生し、2次災害の危険があるからと、一旦捜索中止の理解を求め、集まった被害者の家族に丁寧に状況説明を行いました。
時間は23時頃で、日の出まで待ってもらうよう懇願しても被害者の家族はいきり立って「見捨てるのか!」などと興奮状態が収まらなかったそうです。
お断りしておきますが、被害者の家族であれば「もしかしたら生きているかもしれない」とういう一縷の望みをかけているわけですから、常軌を逸した言動になるのも当然かと思います。

らちがあかない状況だったのを横で見ていた中隊長が無言で立ち上がり、テントの外に出ると「2(3?)列縦隊集合!」「ただ今より捜索を再開する!」と発令し、危険を顧みず捜索を再開したそうです。
市長がお礼を述べると、中隊長は「我々は銃弾が飛び交う中を想定した訓練をしています」「石の一つや二つどうということはありません」とおっしゃったそうで…。
その様子を見ていた被害者の家族も声が出なくなったそうです。

捜索過程で他のエピソードがあります。
捜索を続けていると、少し離れた場所でご遺体を発見したそうです。その方は迫りくる岩石から必死で逃げていたのでしょう。
ご遺体の状態はここでの表現がはばかられるのですが、自衛隊の皆さんはご遺体を取り囲むようにして立ち、今度は一斉に岩場に這いつくばってご遺体の全てを回収すべく、髪の毛1本までビニール袋に集めたそうです。その捜索方法は、いささか刺激が強すぎますので割愛します。
とにかく、ご遺体を少しでも完全な姿でご遺族に引き渡そうとの、強い意志の現れです。

また、他のエピソードもあります。
捜索が4日目ともなると、現場に詰めている職員も心身ともに疲労困憊状態になり、婦人会の皆さんが炊き出しで用意してくれるおにぎりを見て、市の職員は思わず「また、冷たいおにぎりか…」と呟いたそうです。
公務員と言えども何も訓練をしていない普通の人ですし、寒い中風呂にも入らず不眠不休で対策にあたっているから、悪気がなくとも出てしまった言葉でしょう。
市長もその事を責めている訳ではありません。「誰でもそう思う」とのお考えです。
一方、自衛隊の皆さんは婦人会の方にビシッと敬礼して「いつも美味しい食事をありがとうございます!」と言ったそうで…。

約2週間現場で捜索にあたってくれた自衛隊の皆さんが引き上げる時には、ご婦人方が思わず「私、ついて行きたいわ」と言ったとか…。

自衛隊については後日談があります。
その崩落事故の翌年、今度は総社市内で大規模な山火事が発生しました。
当然市長としては対策本部の設置を検討したり、やる事は山のようにあるわけです。
と、そこへ誰も呼んでいないのに1台の自衛隊のジープが駆けつけたそうです。そう、前年決死の捜索をしてくれた日本原の自衛隊です。
隊員は市長に敬礼をして「中隊長の命令により、何かお役に立てることはないかと思い、やってまいりました」と挨拶し、消化剤を散布するヘリが必要とわかると即座に連絡し「翌朝0900、海田(広島県)より6機で消火作業にあたります」と回答があったそうです。
実際、翌朝6機(内1機は偵察用らしい)のヘリが飛来して、消化剤を散布するとたちどころに鎮火したそうです。
自衛隊側から総社市に求められたのは、「消化剤を補充しなければならないので、その実費だけ負担してほしい」というものでした。

以上で、皆さんにご紹介したい内容は終わりです。
もっと文才があれば立体的に簡潔にお伝えできるのですが、それができない己を悔やむしかありません。
拙い駄文が続いて申し訳ございません。

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