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耶馬溪鉄道は1913年開業し、後に大分交通耶馬溪線となった。
廃線跡はかなりの部分でサイクリングロードになっている。
津民 - 耶鉄柿坂間には沿線随一の名所第2山国川橋梁があったが、2012年7月の九州北部豪雨でほぼ半分が橋脚も含めて破損流失した。
(2013年10月23日)
1枚目: 国道212号線沿いを走っていると突然現れる半分流失した鉄橋。
これが旧耶馬溪鉄道の第2山国川鉄橋だ。
2枚目: 南側半分は流失せずにサイクリングロードとして残っている。ただしこの橋にはもちろん立ち入り禁止。
3枚目: 流失部分のアップ。左岸の橋脚も見える。
4枚目: 右岸の橋詰。
5枚目: 少し下がって右岸上流側より。(S撮影)
6枚目: 橋のそばには旧耶馬溪鉄道時代の写真も。
写真に写る気動車は、以前第二のふるさと和歌山県の紀州鉄道で乗車したことがある。
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何とか観光資源として保存できないものでしょうか。
お金かかるので、むずかしいかなあ・・・
でも、橋脚がしっかりしているように見えます。
2013/11/18(月) 午前 10:11
瓦礫は撤去されても、橋の復旧は無さそうですね…
耶馬溪線のハイライトの場所だっただけに残念です。
まだ廃線探索初心者の頃の拙いものですが、
橋が完全だったころの記事をトラバさせていただきます。
ところで、耶馬溪線の車輌が保存されている、
中津市内のレストラン兼旅館“汽車ポッポ”には行かれましたか?
そちらの様子もトラバさせていただきますね。
2013/11/18(月) 午後 5:51 [ Kitaro ]
フリードッグさま、
一応、近代土木遺産に指定されていますのでそう簡単には撤去されることはないかと思いますが、国からの補助もしれていますので資金難が一番心配ですよね。
2013/11/18(月) 午後 7:26 [ 日本一周 ]
あつdesuさま、
2件ものトラバありがとうございます。
橋の復旧は客観的に難しいかもしれないですよね。
あつdesuさまの撮られたときはまだサイクリング道として健在のときだったのですね。
汽車ぽっぼ館、貴記事で知ってはいましたが、寄るだけの時間が取れませんでした。
旧型のキハが保存されている点で、今後ますます貴重となるかも知れないですね。
2013/11/18(月) 午後 7:55 [ 日本一周 ]
こんばんは。
昨年の豪雨の爪痕がこんなふうに残っているんですね。。。
廃線跡となると復旧はかなりむずかしいかと思いますが、ほんとうに観光資源として何とかならないものでしょうか。
2013/11/20(水) 午後 7:56 [ 花子 ]
花子さま、
そうなんですよね。このサイクリングロードの鉄橋が流出したのは去年のことだったのですよね。
現役の鉄道の鉄橋でないので復旧はたぶん難しいのではと思います。
ここは壊れた橋脚だけでも保存して、豪雨の教訓にするのがよいのではと思います。
2013/11/20(水) 午後 8:32 [ 日本一周 ]