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このあたりからDD13のような近代的ディーゼル機に近づいてきて、徐々に洗練されてくる。
だが、まだまだ日本一周のアルバムには写真は無い…。
例によって、誠分堂新光社の機関車ガイドブックから掲載させていただいた。
1枚目: DD11の1次車、1〜3号機。
簡易線用に設計された、凸型車体にロッド式のかわいらしいディーゼル機関車だ。
気動車用のDMH17Bエンジンと液体変速機を搭載。
2枚目: DD11の二次車、4〜9号機。
入れ替え専用に設計しなおされたもの。
3枚目: これは流線型の一度見たら忘れられない形状のDD12形。
終戦直後アメリカ陸軍が持ち込んだもので、国鉄に入籍されて品川と久里浜などで活躍したといわれる。
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親父の方です。
DD12は、所属は「品川」と言われますが、「茅」のプレートを着けて茅ヶ崎で、周辺の駅の小入れ替えに従事していたのが最後ではなかったかと。小生、辻堂で、小学生の頃良く見ましたが、S43頃から休車?で、茅ヶ崎に、DD11とともに留置されていました。
18番線の2013.1.1の記事もご参照ください。
2015/9/26(土) 午後 1:49 [ 五十鈴 拓磨 ]
こんにちは。
DD13が製造される前のディーゼル機関車は、いろいろな形状、いろいろな試みが楽しいところですね。
2015/9/26(土) 午後 1:59
五十鈴拓磨さまの親父さま、
DD12、たしか、貴ブログで拝見したことがあったような気がしました。茅ヶ崎でしたか。
航空燃料を相模線経由で厚木まで運んだのでしょうか?
どなたかのブログで相鉄経由だったとか聞いたこともありますが…。
2015/9/26(土) 午後 7:09 [ 日本一周 ]
YASUZIROさま、
蒸機にしても電機にしてもディーゼル機にしても、技術開発の経緯を調べるとなかなかおもしろいですよね。
需要に追われつつ、いろいろやりくりしながら、知恵を絞って開発されているところは興味深いです。
2015/9/26(土) 午後 7:25 [ 日本一周 ]
再び親父の方です。
航空燃料の件は、知りませんでした。私の知っているDD12は、入れ替え専門で一日に2〜3回(一回は夜間)、ホイッスルでなく、タイフォンが特徴で、家に居ても解りました。
辻堂の引き込み線も、その存在を知る世代は、もう定年間近です。
2015/9/26(土) 午後 7:56 [ 五十鈴 拓磨 ]
DD11は模型の短編成をけん引させるのに1台欲しいカタチですね。
それとDD12は、アメリカ大陸の超大型DLをそのまま縮小した感じで、
見方によっては愛嬌のある姿だと思いました。
2015/9/27(日) 午前 2:17 [ Kitaro ]
五十鈴拓磨さまの親父さま、
いや、航空燃料輸送は勝手な推測です…。
いかにも占領軍然としたスタイルですが、身近で見られたら結構好きになりそうですよね。
2015/9/28(月) 午後 1:57 [ 日本一周 ]
あつdesuさま、
DD11の1次型のラジェーターグリル、なかなかいい感じですよね。
ロッドがチョコチョコ回る姿、想像しただけでも楽しくなります。
DD12は末期には正面のナンバープレート付近に白っぽい帯が入って、少しだけ日本の機関車っぽくなっているようでした。
2015/9/28(月) 午後 2:11 [ 日本一周 ]
DD11が早岐機関区を根城に佐世保で活躍していたという話は私も聞いたことがあります。 走っていた路線も心当たりがあります。 その路線、残念ながら今はもうありませんが、鉄橋やトンネルだけは昔のまま残されています。
2015/10/1(木) 午後 9:47
Noriさま、
DD11が早岐にもいたのですか…。それは知りませんでした。
西九州にもかなりの炭鉱路線がありましたが、ほとんど廃線になってしまいましたよね。
廃線跡、産業遺産もゆっくり訪れてみたいのですが、なかなか実現できません。多久のホッパーには行きましたが…。
2015/10/2(金) 午前 10:57 [ 日本一周 ]
こんばんは。
記事の本体はED17なのですが、そのED17がいた久里浜構内で同じ日に撮影されたDD11とDD12に残念写真がありました。トラックバックさせて下さい。
2015/10/29(木) 午後 6:44
まつしまさま、
一連のたくさんのトラバありがとうございました。
DD11とDD12も関東圏で結構長いこと活躍したにもかかわらず、写真がなくて、歯抜けをお埋めいただき感謝しています。
2015/10/29(木) 午後 10:13 [ 日本一周 ]