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火の見やぐら700本目のキリバンだが、残念ながら変わったやぐらではない。
しかし,青空にすっくと伸びた佐久市茂田井の火の見やぐらは700本目にふさわしい立派で大型の火の見やぐらだった。
中山道の茂田井間(あい)の宿の、旧国道142号線の諏訪神社近くの佐久浅間茂田井支所の敷地内にあったもの。
(2019年4月16日)
1枚目: 学校の校庭のように思われる広場の片隅にあった火の見やぐら。
隣には元校舎か講堂と思われる木造の建物と、農協の倉庫が。(763)
2枚目: 木造の校舎様の玄関の横には満開の桜も。(765)
3枚目: 四脚四丸丸型の全11段にも及ぶ大型火の見やぐら。
ハシゴも3本に分割されている。(766)
4枚目: 見上げると。
中段踊り場は完全な円形ではない。(769)
5枚目: 銘板。上田市川原柳町の高田鉄工所製で、消防ロー(多分、楼だろう)という名前がおもしろい。
電話番号はこのころは上田市でも3桁だったのだ…。(768)
6枚目: 浅間山をバックに。
渦巻き状の装飾も凝っている。(770)
7枚目: 旧校舎みたいな木造建物は現在公民館として使われているのか…。
(771 S撮影376)
8枚目: 隣の農業倉庫とのコラボ。リフトの建屋もついている。
この地方でも養蚕業が盛んだったのでまゆ倉庫だったのかもしれない…。(772)
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火の見やぐら(長野県)
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火の見やぐらは、古き良き日本の共同生活の姿、消えゆく日本の原風景として日本一周の大好きな構築物である。
残念なことにすでに大半の役目を終え、現在は撤去されるのを待つだけの姿ではあるが、集落の中心のランドマークのように風景に溶け込んで立つ姿は、農村の生活共同体としての消防団活動とともになつかしき姿でもあった。
鉄道日本一周は今まで一番多く残っていると思われる長野県内、および長野県以外について688本もの残存する火の見やぐらの記録を撮ってきた。
これからも1000本達成を目指して、見かけたらどんどん撮っていきたい。
今回は早春の飯山線の撮影時に見かけたものを4本ほど。
(2019年3月2日)
1枚目: 長野から飯山へ、千曲川に沿って下る飯山街道がある。
現在の国道117号線はバイパスになっているが、その旧道である飯山街道の中野市上今井地区のほぼ中心部にあったもの。
旧街道にふさわしい10段もある立派な火の見やぐら。
2枚目: 四本脚で、屋根は八角形、見張り台は丸型。火の見やぐら分類としては四脚八丸型と称している。
長い間、この集落を見守つてきたのだろう…。
高さもあって、見ごたえのある火の見やぐらだ。
半鐘は2個、スピーカー8個付き。
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長野市豊野町蟹沢100-6にあった簡易型の火の見やぐら。
ここは国道18号線の築堤の下にあった。
蟹沢という地区はかつて信越本線、飯山線などの鉄道が開通する前には千曲川の水運を利用していた川舟の港だったところ。
島崎藤村の夜明け前にも出てくるが、このやぐらの場所からは数100メートル離れている。
(2019年2月5日)
1枚目: 平行型の三脚無無型の火の見やぐら。
脇には器具庫があって、長野市消防団豊野第五分団中島器具置き場とある。
2枚目: すぐ後ろの石垣の上は国道18号線。
3枚目: 塔頂部。
半鐘の上の屋根は切妻だが、北側に雪除けがついているのが変わっている。
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日本一周の火の見やぐらシリーズで取り上げていた火の見やぐらが、消失しているのに気が付いた。
須坂市本郷町の県道沿いにあった背の高い立派なやぐらだったが、1月10日に通りかかったらきれいさっぱりなくなっていた。
寂しい…。
長野県では、撤去後に新らたに近代的なものが建てられることもあるので、これからの推移を注視したい。
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鬼無里から国道406号線に出て、長野市街地方面へ向かう。
鬼無里の中心部から約800m長野寄りの、長野森林組合鬼無里事業所の向かいにあった火の見やぐら。
(2018年5月29日)
1枚目: 火の見やぐらというよりも鉄アングル製の掘っ立て小屋という感じの、四脚切妻四型の火の見やぐら。
半鐘は一人前についている。
2枚目: 車庫とのコラボ。長野市消防団鬼無里中央第一分団新倉車庫とあった。
3枚目: 何か見張り台みたいな火の見やぐらだ。
4枚目: 塔頂部。やぐらの上の作業台みたい…。(S撮影)
5枚目: こんなのも悪くない。(S撮影)
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