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釜石市の橋野鉄鉱山は、文明開化の日本の産業遺産として九州の軍艦島などとともに全国8か所とともに世界遺産に登録された。
開山の父、大島高任の偉業を記念して鉄の歴史館が作られていて、少し時間があったので立ち寄ってみた。
ここには209号タンク機関車も保存されている。
手っ取り早く全体を理解するために総合シアターも見学してみた。
(2018年10月28日)
1枚目: 釜石湾と釜石大観音を鉄の歴史館の展望台から。(S撮影)
2枚目: 鉄の歴史館にあった鉄鉱石(マグネタイト)の塊。
鉄の源はこんな石なのだ…。
品位は60%ということで、かなり高い。
3枚目: 釜石鉱山鉄道の釜石―大橋間で活躍したC-1形209号蒸気機関車。
戦前の1943年製だら。
4枚目: 釜石鉱山鉄道の機関車形式は、Cは軸配置、20は自重、9は号機らしい。
5枚目: 209号機は、1943年の立山重工業製の762mm軌間のタンク機関車。
ナローでは最大級の機関車だそうだ。
6枚目: キャブ回りも。
手入れは場所柄か、かなりいい。
7枚目: バック側からも念のため。(S撮影)
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廃線跡、産業遺産
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陸中大橋駅から仙人トンネルのほうに少し上ると釜石鉱山跡にでる。
釜石鉱山は、享保時代に発見されて安政年間に大島高任が高炉を作ったのが始まりで、以降日本の製鉄業をリードしてきた日本有数の鉄鉱山だ。
陸中釜石駅からここまで、社宅や高炉がずらりと並んでいたのだが、現在は整地されて更地になっている…。
(2018年10月27日)
1枚目: 山の中腹に現れるコンクリート製の廃墟。選鉱場跡か。
コンクリート構造物の上部の平らなところあたりには、鉱山からの専用軌道が走っていたらしい。
2枚目: 銅選鉱場と鉄選鉱場が並んであったようだが…。
3枚目: 現役時代はここにどんな構築物があったのだろうか。
4枚目: 工場のような建物も残っている。(S撮影)
5枚目: コンクリート造りの建物は当時の釜石鉱山事務所で、現在は国の登録有形文化財に指定されて展示室として公開されている。
6枚目: 山の中腹には中ノ沢堆積場の廃土のダムができていた。
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廃線となった岩泉線の岩手刈屋駅跡。
元は古い木造駅舎があったのに…。
(2018年10月27日)
1枚目: 岩手刈谷駅の駅舎は撤去されて、駅舎のあった場所は更地となっていた。
ここにも素敵な駅舎があったはずなのだが…。
2枚目: 駅の前には、昔のものと思われる家々や倉庫も。
この駅からは現役時代、木材の搬出があったようだ。
3枚目: 中里方面の線路跡。すでにレールもないが、線路があった感じはありあり…。
4枚目: ガラ―ンとした駅前広場に新たにポツンと設置されたトイレ。
トイレ左側の6本の針葉樹は現役時代にホーム脇にあったものらしい。
5枚目: まさに駅舎があっただろう位置での1枚。
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廃線となった岩泉線の中里駅跡。
一時は10駅もあった○○中里駅の本家(?)ともいえるこの駅。
現在は九州の松浦鉄道にある中里駅と、越後中里(上越線)、羽後中里(秋田内陸縦貫鉄道)、津軽中里(津軽鉄道)、上中里(京浜東北線)、中佐都駅(小海線)のみのようだ。
(2018年10月27日)
1枚目: レールバイクの折り返し点となっている中里駅。
現役時代からこの形だったようだ。
2枚目: 岩手和井内方面は、レールバイクで使用のせいかきれいなレールが伸びている。
黄色の設備はレールバイクの折り返し用か。
3枚目: 岩手刈谷方面は、レールは残っているが草生している。
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廃線となった岩泉線の岩手和井内駅。
岩泉から押角峠を越えてくると、この辺りから渓谷から山里へと風景が変わる場所だ。
(2018年10月27日)
1枚目: 国道沿いにあった岩手和井内駅跡。
旧駅舎は2004年に撤去されてしまったが、今は立派な建物が新たに建っていてレールバイクの基地となっている。
2枚目: 現役時代の駅名標か。
3枚目: ホームにはたくさんのレールバイクが停まっていた。
茂市側の次の駅中里まで足で漕いで行ける。
乗って見たかったけど、雨は降るし、先は忙がしいし…。
4枚目: 中里方面。黄色の設備はレールバイクの方向転換台か。
ここから中里までは下り勾配で楽ちんだが、行きはよいよい帰りは怖い…だ。
5枚目: 押角方面。
まだレールも残っているが、草に埋もれている。
6枚目: ホーム跡の今はこんな感じ。(S撮影)
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