|
2002年の初秋、九州 by Airの旅行で長崎空港に降りたち、九州内は青春18きっぷで回った。
まずは大村線で佐世保へ。ここでやってきたのがキハ66+67。
この車両は、国鉄が1974年から筑豊地区の輸送改善を目的に設計・製造した気動車で、当初は水平対向12気筒の過給器付DML30HSHを搭載した。しかし、このエンジンは整備性・燃費が悪く、後にDMF13HZAに置き換えられた。
現在シーサイドライナーとして活躍であるが、1編成が国鉄色に戻されてイベントなどに活躍している。
(2002年9月5日)
1枚目: 大村線大村駅に入ってくるキハ66。
2枚目: 松原駅ですれ違うキハと特急シーボルト1号。
3枚目: 川棚駅でのすれ違い停車時に。
4枚目: キハ66 14号の車内。
|
キハ58系の走った路
[ リスト | 詳細 ]
|
キハ58系は前回でひとまず完了。
あと58系の発展形ともいえるキハ90, 91, 65, 66, 67を少しだけ。
キハ90、91はそれまでのDMH17系エンジンから、新規の高性能エンジン300PSのDMF15HZAを積んだキハ90と、500PSのDML30HSA形エンジンを積んだキハ91の試作車両。
(1968年12月31日)
1枚目: スイッチバックの篠ノ井線姨捨駅を通過するキハ91系の急行きそ。
姨捨駅にはDD51牽引の普通客レが待機中。
(1969年1月2日)
2枚目: 雪の長野運転所で休むキハ91系。
3枚目: 運転台のサイド窓が曲線のキハ90-1号車とキハ91の連結部。
キハ90-1号車は中央西線での各種試験の結果、出力不足に起因する勾配均衡速度の低下の問題がわかり、後にキハ91形と同一のエンジン・変速機に交換されてキハ91 9となった。
|
|
篠ノ井線姨捨からずっと南へ下がって、中央西線でのキハ58系を3題。
1枚目: 吹雪の奈良井駅を発車する下り普通列車。
(1969年1月4日)
2枚目: 南へ下がって落合川−坂下間の変則複線区間を行く長野行き急行。
この区間は複線電化のために新しい下り線が完成したばかりのころ…。
(1969年5月1日)
3枚目: ほぼ同じ位置から上りの普通列車を。
上り線(旧線)は木曽川の谷あいを縫うように走っていた。
(1969年5月1日)
|
|
四国の鉄道が割り込んでしまってキハ58系が走った路シリーズが中断していたが、四国シリーズの完了に伴っての復活。
とはいっても補として数件残っているだけだが…。
後から出てきた写真から、篠ノ井線姨捨付近での雪景色のキハ58系。
(1969年1月2日)
1枚目: 前日の夜積もった雪の中を姨捨への急こう配を快走する名古屋行きの急行。
2枚目: カラマツに積もった雪も見事だ。
3枚目: 雪の中でも柿の木には実がついているのか…。暖房がしっかり効いた長野行き急行。
4枚目: 姨捨−冠着間のスイッチバックの羽尾信号所を通過する名古屋行き急行。
このスイッチバック信号所は数年前に惜しまれつつ廃止になった。
5枚目: 冠着トンネルを抜けてくるキハ58系急行。
手前左下の線路は羽尾信号所の引き上げ線。
|
|
これも月曜日午後からの盛岡での出張。前日の日曜日に横浜を出て釜石線、岩泉線経由で宮古に1泊。
(2000年11月19, 20日)
1枚目: 前日の日曜日、岩泉線に乗車のため茂市駅でのひと時。茂市駅に入ってくる盛岡からのキハ58系快速リアス3646D。
2枚目: 盛岡行きの快速リアスが茂市駅停車。
3枚目: 紫煙を残して、盛岡に向けて出発していく。カラマツの黄葉が美しい。
この後岩泉線へ入る。列車はもちろんキハ52の単行。
(以上2000年11月19日)
4枚目: 翌日は仕事のため山田線快速リアスで盛岡へ向かう。サミットの区界駅では11月だというのに雪模様だった。
途中、上米内駅にて上下の快速リアスがすれ違う。
盛岡行きの先頭車はキハ58 1507のようだ。
5枚目: 盛岡よりやってきたのも盛岡色のキハ58系快速。
6枚目: 岩手の駅らしい上米内駅とキハ58。
(以上2000年11月20日)
|







