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ブログ友の亀さんさまが東海道本線の清水谷戸トンネルを抜けるなつかしいEF58の荷33レ手荷物専用列車を公開された。
その中に毎日車で通られている環2の上からの撮影の可能性について書かれていたが、10年ほど前にここから撮った写真があったのでお目にかけたい。
(2008年3月28日)
1枚目: 写真上のコンクリート橋が環状2号。
亀さんさまと同じ方向からで、撮影場所の高さが異なる。
列車は211系の快速アクティ。
2枚目: 環2には駐車場所がないので車を置いて、1枚目の上の歩道へ回ってみる。
環2の歩道から標準レンズで。
3枚目: 望遠でひきつけて。今はなき211系を。
山桜が満開だ。
4枚目: 後追いで、シャッターのタイミングを誤ったが…。
このアングルが一番いいようだ。
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あの日の…
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久しぶりの鉄道今昔物語。
日本一周が昔に撮った場所を、何年か後の今、改めて撮ってみるシリーズ。
年月を経てどんなふうに変わったのか、変わらないのか、なかなか興味深いが…。
今回はしなの鉄道北しなの線(旧信越本線)の牟礼駅。
1枚目: 今、しなの鉄道牟礼駅の2番線から黒姫山方面を望む。
駅の中線も撤去されていて、何となく広々とした駅構内。
踏切脇のヤマハオルガンの看板の商家はなんと昔のまま残っていた。
(2018年4月13日)
2枚目: 53年前のほぼ同じ場所。もちろん線の名称は信越本線。
D51の重連の貨物列車がつないできたワム1両を駅の側線に押し込んでいる横をディーゼル急行の名古屋行き赤倉(?)が通過していく。
ロープ上降式の踏切が遮断機に代わっている。
(1965年3月31日)
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北陸新幹線の上越妙高駅は、かつては現駅から100mほど東に信越本線の脇野田駅として存在していた。旧脇野田駅の記録は、
新幹線開業時、在来線を少しひん曲げて新幹線と並行する形で新幹線乗り換えの便を図った。
(2017年11月10日)
1枚目: 脇野田駅の駅舎のあったあたりから新駅を望む。
旧駅の面影は全く消え失せていて、当時を思わせるものは何もない。
2枚目: 中央奥の道路あたりから立ち位置あたりに向けて、信越本線のレールが走っていた。
立っている場所がおそらく旧線のレールの上だろう。
3枚目: 旧駅構内の中心あたりから上越妙高駅を望む。
4枚目: 中央の桜の木がおそらく旧駅北の踏切横にあったものだろう。
5枚目の移転前の写真の桜の木なのだろう。
5枚目: 4枚目とほぼ同じ辺りからの、新幹線開業前の風景。
(2013年4月16日)
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昨日の記事で信越本線入線当初のEF62の塗色について、ご贔屓さまのSL-10さまよりコメントいただきました。
EF62は青の国鉄一般色だけかと思っていましたが、その前後の写真を探していたところ茶色のEF62 12号機の写真が見つかりましたので、アップさせていただきます。
1枚目: 信越本線長野電化開業日の1966年10月1日、長野機関区でD51を追いやって、顔を突き合わせて並ぶEF62 12号機(茶色)と45号機(国鉄一般色)。
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年内の湿った雪が降りしきる中、出庫の準備に余念がないEF621号機ともう1機。
信越本線専用機だったEF62が投入されたばかりのころの長野機関区にて。
(1968年12月31日)
1枚目: バックは、まだD51主体だった長野機関区の給炭用の大型ホッパー。
晩年の東海道、山陽時代の手荷物専用列車のころと比べて、気合いいっぱいの様子のEF62だ。
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