歴史問はず語り

日本史と世界史にまつわる不思議について語る倉西裕子のブログ

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2012年6月12日に、長岡京市埋蔵文化財センターと奈良文化財研究所は、宇津久志第一号古墳(5世紀前半から1988年に出土していた重層ガラス玉3点について、成分分析の結果、帝政ローマ時代(1世紀から4世紀)に、その領域内で製造されたものであることを発表しました。すなわち、重層ガラス玉は、古代ローマ製であったそうなのです。
 
古代ローマと日本との関係には、実に興味深いものがあります。かつて、私は、日本史と世界史、東洋と西洋を結ぶ古代史のミッシングリンクを探すべく、その出発点として、法隆寺に安置される謎の仏像、百済観音像と救世観音像の歴史的背景に注目し、『仏教伝来の源流 −百済観音と救世観音が結ぶ東洋と西洋』を著し、古代ローマの影響を論じました。平安時代に成立した『宇津保物語』は、主人公、清原氏(『日本書紀』を総裁編纂した舎人親王の末裔)は、7つの岡のある国を訪れたと語っているのですが、7つの岡のある国と言いましたならば、それはローマに違いありません。
 
重層ガラス玉は、どうやら、その物的証拠となってくれそうです。「宇津保物語」に「宇津久志」といった点にも興味惹かれるものがあります。日本の古代史については、島国ということもあって、世界史的視点を欠いた議論がなされる傾向にありますが、古代世界は、私たちは想像する以上に、密接な交流のもとで成り立っていたと考えて日本史を眺めてみると、日本史をめぐる多くの謎が解けてくるのではないでしょうか。

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