歴史問はず語り

日本史と世界史にまつわる不思議について語る倉西裕子のブログ

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 先日、『ピラミッド 5000年の嘘』というフランスのドキュメンタリー映画のDVDを観賞してみました。フランス語のタイトルの原文をそのままに直訳した『ピラミッドの黙示録』、もしくは『ピラミッドの啓示』としたほうが相応しい内容で、ギザのピラミッドは、なぜ今日に至っても解かれざる謎があるのかを明快に説明することからはじまり、結論は、世界各地に遺る古代の巨大石造物は、未来の人類へ、警鐘とも言える預言を遺すために建てられていた、とするたいへん興味深いものでした(多少、‘まゆつば’の部分もありましたが・・・)。
 
さて、映画のなかで、私が、もっとも興味惹かれたのは、ギザのピラミッド(いわゆる‘クフ王の墓’)、インカのピラミッド、イースター島のモアイ像をめぐる以下の4点です。
 
1.巨大な石材を長距離運搬する技術と、まったく隙間なく巨石を積んでゆく技術という同じ技術によって建造されている。
2.これらの3つの遺跡をつなぐと、一直線上にならぶ。
3.春分、夏至、秋分、冬至のいずれかを人々に示す役割を果たしている。
4.一時期にたいへん完成度の高いものを造りながら、その後、技術的に劣化してゆくか、途絶えてゆく。
 
3つの遺跡をめぐるこれらの4点は、偶然なのでしょうか。これらの共通点や遺跡の特徴から導かれてくる仮説は、「巨大石造物をつくったのは、高度な石工技術を独占していた一つの技術者集団であって、その集団が移住した先においては巨大石造物が造られたものの、その技術独占がきわめて徹底していたがために、この集団が去った後には、誰もその造り方を知らなかった」というものです。すなわち、その謎の技術者集団は、エジプト、インカ、そして、イースター島を転々としたというわけです。
 
 では、その技術者集団とは、誰であったのでしょうか。『聖書』には、ソロモンの大神殿は、ヒラムというフェニキア人によって建てられたとあります。フェニキア人は、航海技術に長けていましたので、大西洋や太平洋を渡ることはできたはずです。私は、フェニキア系の技術者集団こそが、世界中の巨大建造物をつくった人々ではなかったか、と考えています。もちろんストーンヘンジもその一つでしょう。
 
彼らの最終地点は、イースター島であったのでしょうか。それとも何処であったのでしょうか。偶然にか、イースター島は、復活祭の日(イースター)に発見されています。このことから、イースター島と名付けられたのです。しかるに、フェニキア人は、フェニックス、すなわち火のなかから復活するという不死鳥の語源ともなった人々です。また、『聖書』の「黙示録」は、最後の審判の日に、よき人々は復活するというものであり、フェニキア人の死生観を反映しているとも言えます。あるいは、インカにおいて、一大事件が起こり、フェニキア人たちは、太平洋へと漕ぎだし、イースター島で、再起を図ったのかもしれません。
 
現在の島民には、この技術は伝わっていないことから、どうやら、フェニキア人たちは、イースター島をも離れて、さらなる目的地へと向かったようです。復活した人々、フェニキア人は、最後にどこに辿りついたのでしょうか。荒唐無稽の説のようではありますが、人類の歴史には、まだまだ多くの謎が遺されているようです。

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