越後・蒲原平野の歴史と文化

小休止の後も、越後・蒲原平野の歴史と今にこだわり続けます。

歴史一般

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この投稿を入力し始めたのが、12月31日午後11時35分。ブログアップするころには、2008年の新しい年を迎えることでしょう。

大晦日は、早い夕食を済ませて、コタツでひと寝入り。起きて、susakami8さんのブログを、午後6時ころに訪問して、以前から興味を覚えて、読ませていただいている古田武彦先生の論文や、ついには、古田史学会のHPを訪問して、会報や講演記録を次々と読んでいるうちに、この時間になってしまいました。

遺物の表面採集という観点から、現場を歩いていますが、古事記、日本書紀、あるいは記紀以前の日本の中央集権的な考古学には興味があまりないので、勉強をしてこなかっただけに、古田先生の歴史観に強く引かれて、夢中で読んでいます。

少し疲れたので一休みと思ったら、もう2年参りに出かける人は、外に出る時刻。僕は、もう着替えて、雪の積もるまちに出る気もなくなり、慌てて、年末から年頭に掛けての挨拶を兼ねて、ブログ三昧。

早く、打ち終えて、また、古田先生の論文や講演記録を読んでおきたい。翌日のことを心配することのない、まとまった時間というのはそう多くはないのです。
感想については、今後の活動の中で書いていくとしても、まず、susakami8さんのブログによって、古田史学会の存在を教えていただいたことに感謝いたします。

また、古田先生を支えている関係者、特に、東日流外三郡誌などの問題を経た後も、古田先生の研究姿勢を支援しておられる古田史学会の皆様に感動し、拍手を送ります。古田先生も、もう80歳を超えておられるはずです。

権力志向ではなく、あくまでも、在野的な視点から、歴史をとらえる姿は、まるで時の権力、時流と戦う研究者の姿そのもの。僕など一市民としても共感を覚えます。例えば、米沢市や置賜郡などに行きますと、一方で、上杉家を中心とした歴史観がありますが、捨て置かれたような、それ以前の歴史的な遺物、さらには高畑などでは、上杉家に批判的な声すら聞きます。

時の権力によって消されていく従来の権力、いや、広い意味での従前の歴史と言い換えた方がいいのでしょうか。

庶民の歴史の観点からすれば、いつも消される側にありますが、それでも、遺物、遺跡までは破壊しきれるものではなく、真実を語ってくれる何かがそこにあるはずと信じて、新しい年も、越後平野の蒲原・三島郡などを歩き回ります。この雪が根雪にならなければいいがと祈りつつ、新しい年を迎えます。

ブログでめぐり合えた多くのブロガーの皆様にとって、新しい年がよい年であります様にご祈念申し上げます。                      2008年元旦


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