越後・蒲原平野の歴史と文化

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歴史一般

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講師の井沢元彦さん


地元紙「越後ジャーナル」に掲載の井沢元彦さんの講演要旨を転載します。


《歴史は民族の履歴書、「知恵」が大切》

井沢元彦さん、加茂商工会議所新春講演会で講演


加茂商工会議所(阿部大爾会頭)は、10日、加茂市産業センターで新年会員事業所の集いを開催。新春講演会には、作家の井沢元彦さんを講師に迎え、「日本はなぜ変わらないか」のテーマで話を聞いた。

井沢さんは、1954年生まれで、名古屋市出身。早稲田大学法学部卒業後、TBSに入社。報道局(政治部)記者時代に「猿丸幻視行」で第26回江戸川乱歩賞を受賞。31歳で退社し、作家活動に専念。歴史推理、ノンフィクションに独自の世界を開拓している。

週刊ポスト「逆説の日本史」は500回を超え、今も連載中。作家活動の傍ら、NHK「歴史発見」や日テレ系「ウェークアップ」、TBS系「ここがヘンだよ日本人」などにレギュラー出演したほか、積極的に講演活動を行っている。日本史から宗教、マスコミ論にまで精通するマルチ作家として活躍中。

井沢さんは「今の歴史の教科書は良くない。私は日本の歴史教育に非常に不満を持っている。中国や韓国が文句をつけるなど面倒な政治問題もあるが、外国を気にせず純粋に国内だけ見ても、ちょっとピントがボケている」と述べ、日本の歴史学者が素人より歴史に詳しくない理由として、常識がないことを挙げた。

井沢さんは「常識とは知恵。学校で学べるのは知識。知恵とは人間としてこの世に生まれ、何年も経つうちに自然に身に付いたもので、常識を判断する力」とし、「ない」と考える根拠として、上杉謙信と武田信玄を例に説明。

第4回川中島の合戦で、謙信がたった一人で信玄の陣に切り込み、三太刀浴びせたという話について、江戸初期に成立した「甲陽軍艦」にそう記されているが、歴史学界では、その書物自体の信用性が低く、「歴史上の事実としては疑わしい」とする定説に「個性を見ていない。学者先生は謙信だろうが信玄だろうが同じに考え、それを常識的判断という」と反論。

井沢さんは「経営者が、これをやったら死ぬかも知れないという時、ためらう理由の第一が自分の命が惜しい。次は妻子が路頭に迷う心配。経営者としては、自分が死んだら会社はどうなるのか、せっかく社長になったのに、この地位を捨てるのはもったいないと思う。

しかし謙信は違う。毘沙門天の化身で不死身だと思っているし、家督相続のための養子はいるが、愛する妻子がなく身軽。1度、国内のゴタゴタがいやになって、越後国司の座を捨て出家しようと思っていたし、実際に出家した。地位や財産、名誉への執着がない。大将の責任もある。物理的にも可能。

山本勘助の『キツツキの作戦』で兵を二手に分けた。それを謙信が見破り、自分たちの軍より少ない方を攻めれば優位。しかしもう一つの軍が戻ってくれば不利になるので、時間がなかったので単騎切り込みしかない。その時、まれに見る大混戦だったことは、信玄の弟の典厩信繁も勘助も討たれたが、誰が討ち取ったか分からないことからも分かる」などと一つずつ検証した。

また、「甲陽軍艦」の信ぴょう性について、「小幡景憲が甲州流軍学を立ち上げるために勘助を使い、でっち上げたという学者もいるが、それなら大将の周りに誰もいなかったという恥でもある単騎切り込みまで書いたのか。これから軍学を広めるなら削除すればいいこと。

それにこの書物は誰が見ても武田家よりのもの。それなのに武田の戦略失敗を書くか。実際にあったから隠すことはないと思ったので書いたのではないか。意外と信用できる」などとし、「学問と言うが常識が忘れられている。歴史の見方がおかしい」と述べた。

また、談合について「日本は談合文化。談合は法律違反だが、日本人の心の感覚ではダメなことではない。例えば談合はダメだという先生も、生徒のAもBもCもみんな頑張っているので、みんな同じに手をつないでゴールしようと言う。これも談合。右も左も関係ない。日本人は競争が悪いことだと思っている。そして高校野球で延長18回までやって決着がつかないと、どっちも優勝にしようと言う。こういうのが好き。それを『和』と言う」と話した。

聖徳太子が制定した十七条憲法を例に「人間にとって一番大切なのは協調を保つこととうたっている。しかし人間はエゴイズムで、自分だけ良ければいいと思うし、党派心があるので和が乱れることもある。でもみんなで誠意を持って話し合いをし、決めたことは必ず正しいし、うまくいくと書かれている。しかし話し合って決めた結論が正しいのか。そんなことはない。ただ話し合いをすればうまくいくと信じている。天皇、皇太子でも物事を独断で決めてはいけないということ」と説明。

教科書が無償なことについても「よくない。1冊5千円とかにすればいい。歴史の教科書に誰も文句を言わないのは無料だから。ある程度、値段をつけた方がいい。交通遺児など経済的に厳しい家庭には、教科書代を保証すればいい。この感覚が役人には分からない。役人の善はコストを下げること。ではコストを下げることは、すべていいことなのかと言えば、必ずしもよくない」との考えを示した。

最後に、井沢さんは「例えば、皆さんが人間ドックに入り、胃が悪いと言われたら、きっと胃に負担がかからない生活に変えるなどするはず。欠点や弱点を改善しようとする。歴史もそう。歴史は民族の履歴書であり、診断書。悪いところを直し、いいところを残す。ただ日本の場合、残念なことに、その見方がおかしい。知恵がない。一生学校に行ったことのない人でも知恵のある人はいる。世間知が大切。そして人間には個性があることを忘れないでほしい」と講演を締めくくった。   

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そうだよねぇ。。歴史って客観的に伝える
べきなんだけど、文化省が歪曲してる感は
否めないよねぇ。。

2008/1/12(土) 午後 0:23 セーラーかな

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そうです。いや、文部省だけでなく、それぞれの地域も、もっとも有名だった権力者の時代ばかり強調して、本当の歴史を掘り下げようとしないきらいがあります。権力者の歴史は、書類があったり、伝承があるので、庶民の歴史より調べるのが楽。それに、いつの時代も、それぞれの時代の権力者は、それ以前の権力者の歴史を抹殺したがる。市民の目を自分に向けさせ、正当化するために。そのせいもあります。でも歴史は、特定の権力者を美化、正当化するためのものではありません。真実を問う学問です。素人は、その点拘束がなくていいです。

2008/1/12(土) 午後 10:10 kodaizin

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こんばんは!
私は大河ドラマなど中心人物を美化してしまう所があまり好きではありません。でも、あくまでもドラマという観点でとらえれば作者はこう考えるのかと思い、私ならこう考える。でも実際はどうなんだろうかと思うと歴史というのは深いですよね。

2008/1/13(日) 午前 2:10 [ 小名浜っくす ]

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洋の東西を問わず、人は勧善懲悪を好みます。しかし、戦などは、勝てば官軍で、例えば、江戸時代は徳川が源氏の新田義貞の流れということで、平氏はもとより、足利などの評価が低かったとされ、今日まで、その流れはあります。ところが、明治になると、逆に天皇美化で、楠正成などは評価され、徳川の治世を封建制度として切って捨て、廃仏毀釈を推し進め、歴史は抹殺されてきました。どちらがいい悪いではなく、歴史が分かりにくくなるのは、そうした意図的な解釈が行われるからで、僕なども、子どものときは、講談の世界のことが一般的になって、疑ることがなかったような気がします。郷土史もそうです。中世で滅んだ城の町に住んでいますから、他藩の支配に甘んじ、ついには郷土の歴史が分かりにくくなっています。残念ですが、郷土史関係者の苦労はなかなか実りません。まあ、藩が早くなくなっただけ、城下町のような身分制度の名残もなく、実におおらかに歴史を語れます。それが真実を求めるのになによりですから。

2008/1/13(日) 午前 8:37 kodaizin

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ご訪問ありがとうございました・・
今日も盛岡は朝から雪です。雪は軽くて雪かきが楽ですが・・
朝から冷えてー5度を下回っています。
今後ともよろしくお願いします。

2008/1/13(日) 午前 11:48 [ 福ちゃん ]

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そうですね。蒲原は、朝、外気、零度、正午ころには日が差してきて、1度。R8の路面の雪は溶けました。越後の雪は湿っていてとにかく重いのです。

2008/1/13(日) 午後 0:14 kodaizin

私も井沢説に賛成で、川中島の戦いが終わった後、武田軍は勝利の凱歌を挙げている。しかし弟や名だたる武将が討たれた。人は石垣といい、城を造らなかった信玄には負け戦だと実際思ったのではないか。兵の数で有利な状況で、きつつき作戦により謙信に一歩先を攻められた。謙信にもう少しの時間の余裕があれば信玄は討たれていたという作戦の失敗だと思う。私も武田側の小幡官兵衛が単騎攻め込まれて周りに誰もいなかったという恥を書くはずがないと思う。

2008/1/14(月) 午前 11:53 カッチン

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納得です。「常識」が、学界だけの常識なのか、人間社会の常識なのか、そこを問うているのですね。

2008/1/14(月) 午後 1:56 kodaizin

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井沢氏の言うことも、ステレオタイプ的な意見としては、わからなくありませんが、越後で謙信を持ち上げていること自体、どうかと思いますね。謙信が敵の包囲の中、後詰めに向かった城に入場したのは少数だから。多数の兵を危険に晒すことは、ないですよ。そもそも所謂、川中島の戦いがあんな推移なんて、ありえないと考えています。混戦、乱戦はあったと思いますし、当時の泥湿地の中に島のようにあちこちに固い地面が点在する地形でしょうしねぇ。

2008/2/10(日) 午後 8:23 [ nak**oya*atok*ta ]

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nakanoyamatokitaさん、コメントありがとうございました。今ほど、貴ブログを訪問、2回にわたる、川中島の合戦の記述を読みました。少年のころから、疑問を抱きながら、構想されてきた案の一端が述べられていましたが、今後も、研究を重ね、「想像」の部分を、検証して、より充実した意見を構築してください。期待しております。

2008/2/11(月) 午前 7:03 kodaizin

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大変興味深く読まさせて頂きました。
特に、川中島の戦いの所は、なるほどなあと感心しました。
私も謙信の切り込みはあり得る話ですか。
それから、教科書に関するくだりもなるほどなあと思いました。
5千円は少し高いかもしれませんけどね。

2008/2/25(月) 午後 6:33 jtg1126

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歴史は、限られた文献資料を基に想定するところが多く、なかなか決定的な論拠が出てこないですね。現代でも、謎が多いのですから、当然でしょうけれど。いろいろな見解があっていいのでしょう。目の前で起きたことも、3人いれば、それぞれ見る角度や、思いが違いますから、違った証言が出る。芥川龍之介の「藪の中」(うる覚えで後で確認したいと思いますが)の世界でしょうか。

2008/2/25(月) 午後 6:55 kodaizin


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