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《岩崎重義さんと父岩崎航介さんのこと》
三条鍛冶が、伊勢神宮の式年遷宮に当たって、使用する和釘を製造していることついての記事を投稿しましたら、案外、三条鍛冶のことを知っておられる方が少ないようですので、伊勢神宮の和釘づくりの指導者の一人、岩崎重義さんの父、岩崎航介さんのエピソードを岩崎さんのHPからコピーして紹介させていただきます。岩崎航介さんは、全国でも、その道で知られた立派な方で、小説も書くほど、文筆にも長けておられました。
興味があったら、HPをお訪ねください。
http://www.kakuri.co.jp/iwasaki/profile.html
{吉川英治と岩崎航介の出会い}
朝日新聞に連載される吉川英治の小説「宮本武蔵」の中に描かれている日本刀観のでたらめさに腹がすえかねた岩崎航介氏は、人を介して吉川英治氏の自宅に直談判に押しかけ、ちょうど居合わせた海音寺潮五郎と吉川に口角泡を飛ばし刀剣談義をしたところ、吉川氏は真剣に耳を傾けてくれた。
得意になって引き上げてきたが、連載の武蔵が江戸へ出て来て馬喰町の安宿へ泊まるあたりになって、厨子野耕介という貧乏研ぎ師が登場し、先日彼が吉川に向かって説教したことと同じことを武蔵に向かって説教している。
(当時東大工学部副手の傍ら逗子の学校で教鞭をとり逗子に住んでいた)岩崎氏の意を十分に反映している内容で感謝したが、その後の文章に、その耕介が相手を武蔵と知って、よもや武蔵様とは知らず、先ほどから釈迦に説法も同様な過言、どうぞ真っ平お許しの程。
とあるのが癇にさわって、私がなんで詫びる必要があるのか、と手紙で抗議すると、すぐ返事がきて「しばらくお許しあれ」と人柄のにじみ出たような文面で、以後、亡くなるまで交際が続いたそうです。
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愉快なお話ですね。ところでホーム研ぎ器を買うことにしました。
2008/2/25(月) 午後 1:00
物書きと職人。このようなものです。でも、歴史家は、物書きの方便(文献)の方を重んじて歴史を解こうとする。僕は、職人の方を信じます。言葉がつたなくても、物を生み出す力は真実以外のなにものでもないのです。
2008/2/25(月) 午後 7:20
こんばんは。小説や時代劇で扱われる日本刀像は、実際のものとは随分かけ離れているように思います。あまり、現実的にしすぎると物語として面白くなくなるという部分もあるでしょうからリアルであれば良いというものでもないと思いますので、それはそれでよいと思います。
欲を言えば、歴史小説、時代劇ファンの方は、実際はどうなのかということに少し興味を持って頂けると嬉しいです。そうすることでより深く小説や劇を楽しむ事が出来ると思いますから損はないと思います。
2008/2/27(水) 午後 6:31 [ - ]
訪問、コメありがとうございます。今ほど、貴ブログの「 私が書いた新聞記事 」の1,2,5を読みました。とても平易な文体で、かつ、歴史を踏まえた考察は、素人にも分かりやすく、感心させられました。地元三条にも、刀剣に詳しい方がおられますが、1、2度、話をお聞きしてもなかなか、覚えられるものでもありません。折角、五島美術館などで名刀の展示などがあっても、眺めてくるばかりです。時に貴ブログを訪問させて下さい。今後ともよろしく。
2008/2/27(水) 午後 8:02
ありがとうございます。日本刀は難しいというイメージを持つ方が多いのは、伝える側の努力が足りないせいだと思っています。
目で見て、触って、感じて分かる刀剣講座を目指して今年も頑張っています。また、是非ご訪問ください。
2008/2/28(木) 午後 5:36 [ - ]
刃物全般を扱う業界紙・日本刃物工具新聞と申します。
岩崎航介さんのエピソードは有名ですね。三条鍛冶の誇りと言っていいと思います。
重義さんは、最近あまり表舞台には出られないようなのでさみしいです。鍛冶道場の主だったイベントで見かけるとホッとします。
2008/10/15(水) 午前 11:42 [ 日本刃物工具新聞 ]