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〈三条市井栗、福楽寺の西の遺跡〉
写真の左上は珠洲焼の片口片、右上は珠洲焼の甕の底部、左下は、天目茶碗の口縁部、右下はスタンプ紋のない、やや黄色がかった青磁碗の底部で、高台は、丸みを帯びている
上の4点の遺物が出土した三条市井栗、福楽寺より西の排水路畦。
最近落慶なった古刹、福楽寺
福楽寺墓地には、かねてより、中世板碑とされる将棋の駒を縦長にしたような板碑がある。見当たらなかったが、早川家の墓の裏側に倒れた状態で置かれていた。上部に横線が刻まれているが、下の面には、文字を刻んだ跡がない。三条周辺の墓地で時折見かける板碑で、特徴的。
福楽寺墓地には、時代が判然としないが、五輪塔や宝篋(ほうきょう)印塔の残欠が、所々に集められている。同寺は、中世真言密教寺院として知られる加茂市長福寺地内の長福寺の末寺で、周辺の水田や畑からは、古代の須恵器や土師器、中世の珠洲焼、青磁などの土器片が採集されており、一帯が古くから開けていることが分かる。福楽寺の隣には、万葉集に出てくる万葉の藤で知られる伊久礼(いくれ)神社がある。井栗集落は、古くから開けていた村で、今後の遺跡調査に期待が掛かっている。小字名に「多聞院」「尼子」など中世的な匂いのする名前も見られる。
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