越後・蒲原平野の歴史と文化

小休止の後も、越後・蒲原平野の歴史と今にこだわり続けます。

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《四つ割菱の押圧紋のある中世須恵器の壷》

このほど、新潟県燕市佐渡山(さどやま)の助次郎遺跡周辺で表面採集中、豆畑に転作した水田面に、中世須恵器の壷片を発見。

泥に汚れている時から、櫛書きの波状文が数条あるのは分かりましたが、帰宅して、泥を洗い落としましたら、くっきりと、四つ割菱の紋が浮かび上がりました。

能登半島の「珠洲」の中世窯で焼かれた珠洲焼研究の第一人者吉岡康暢の著書「中世須恵器の研究」の加飾法に、さまざまな押圧紋のなかに、紋章の押圧紋があると指摘されているが、四つ割菱は、取り上げられていない。

四つ割菱は、別名武田菱とも呼ばれ、助次郎遺跡に、武田氏ゆかりの人たちが入植、この壷を注文して焼かせたのだろうかなどとも、思ったりしている。

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閉じる コメント(4)

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近くの打越の沢将監との関係は? 沢家家紋は違い鷹の葉ですが元は武田の家臣ですから。

2012/4/5(木) 午前 10:44 [ rpm*m*19 ]

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なるほど。とにかく、越後の沖積平野は、中世には、沼地が多く、逆に言えば開拓の余地が多かったせいか、信州、越前などから、入植してきた人々が多いようですね。それにしても、村上義清や、武田氏関係者は、多いようです。謎が解けるといいのですが。

2012/4/11(水) 午前 7:19 kodaizin

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突然です、お久しぶりですが、如何お暮らしですか ?
頭の体操です、ガンバリましょう・・・ !
ガンバッテ居ます。

2012/4/16(月) 午後 9:50 常夜灯

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面白いものを発見しましたね!
武田の関係者がこの地にいたのでしょうか??

2012/8/20(月) 午後 0:29 臣(しん)

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