越後・蒲原平野の歴史と文化

小休止の後も、越後・蒲原平野の歴史と今にこだわり続けます。

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火づくりする7代目梅心子圀光の梅田効作さん

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一仕事済ませたばかりの梅田効作さん

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篆刻刀4本組の箱書き

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篆刻刀4本組の中身



《刃物鍛冶の7代目梅心子圀光を訪ねる》

梅田効作さんは、昭和31年7月25日生まれで、昭和55年に、6代目梅心子圀光の父親興造さんの家業を継ぎ、現在、7代目梅心子圀光(ばいしんしくにみつ)として、製作に励んでいます。

梅田家は宝暦年代(1750年代ころ)から続く鍛冶職人の家系で、先祖の小右エ門さんが出色の刃物を世に出して「梅心子圀光」の作銘が広くしられるようになりました。その子常次郎さんは刀匠栗原信秀につき焼き入れの秘法を学びました。

僕は、亡くなられた5代目の梅田常造さんや、6代目の梅田興造さんと、30年も前から知己があり、常造さんから、戦前の昭和の大恐慌のころの三条鍛冶の仕事ぶりを聞いたことがありました。話が長くなりますのでそこは省略します。

興造さんは、80歳に近く、今でも本職用の小刀を主に、製作しておられます。もちろん、彫刻刀、篆刻刀も製作。効作さんは、彫刻刀や篆刻刀などを主に製作。昔ながらの手工業で、もちろん、熱処理など、各工程で機械化していますが、肝心の刃付けなどは、手作業です。

金物のまちで、戦後間もなくまで、大工道具や刃物などを作る鍛冶職人の多かった三条ですが、機械化による量産体制から、どんどん本職用の大工道具、刃物などの鍛冶職人の数は減っています。作る人と本職用が欲しい人との情報の交換が進んでいないことや、価格の折り合いなどミスマッチが目立ちます。ますます少なくなる鍛冶職人の中で、50歳近くで「若手」と呼ばれる梅田効作さんなどに頑張ってほしいものです。

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