|
《大山治郎さんのコレクション(3) 棟方志功と大矢紀》 きょう2月20日、蒲原平野は、朝突然雪が降り始め、積もるかと思いましたが、お昼近くには止んで、暖かな春の陽が差しました。そかし、その後、雨が降ったり、それが霰や霙に変わるなどめまぐるしい天気でした。 温暖な地域の方のブログには、すでに「春時雨」などの季題の俳句が登場している季節。僕も「春時雨」と言ってみたかったのですが、雨が急に霰に変わったりすると、まだ早いかなと戸惑ってしまいました。 と言うわけで、雨に濡れてまで写真も取りたくなかったので、大山治郎さんのコレクションをブログアップします。お楽しみください。特に、棟方志功と大矢紀の作品を選んだのに理由がある訳でありません。 ただ、棟方志功の作品いついては昔か好きで、時折、南魚沼市の六日町駅の棟方志功のギャラリーに作品を鑑賞に行っています。特に、吉祥天など、ふくよかな肢体や顔、赤い色合いなど大好きな作品です。今回の作品は、やや赤い色が弱い仕上がりになっています。 大矢紀さんの「富貴」は、見ての通りの美しい作品です。 棟方志功の作品「御菩薩図」 大矢紀の「富貴」 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2008年02月20日
全1ページ
[1]
|
《「大漢和辞典」を編纂した偉大な漢学者諸橋轍次博士の生家も雪の中》 三条市教育委員会のHPより ■諸橋轍次記念館紹介 【諸橋轍次】 生涯を通じて、漢学研究に情熱を傾けた諸橋轍次博士は、明治16年6月4日、下田村に生まれました。東京高師卒業後、都内の大学教授を経て、戦後は都留文科大学学長に就任。この間50余年にわたり儒学を研究、大漢和辞典編さんという偉業を成し遂げました。 昭和40年には文化勲章を受章。昭和57年12月8日、100歳で亡くなるまでに遺した数々の著書や書跡、日記等からは博士の自愛に満ちた人柄が偲ばれます。文学を愛し、郷里をこよなく愛した博士は、今なお住民に深く敬慕されています。 五十嵐川が長い年月かけて削りだした河岸段丘。庭月地内の河岸段丘の上に、諸橋轍次博士の生家が、今も大切に保存されています。諸橋博士は、晩年まで、ふるさとをこよなく愛し、夏にはこの家に帰って過ごされました。地域の人たちが、庭の草などを刈って、諸橋博士を迎えていました。 合併前の下田村で、諸橋博士を顕彰して建設した「漢学の里」の案内板です。
読み安く、大きく拡大してみました。
諸橋先生の直筆です。止軒は諸橋先生の号です。 漢学の里では、2月いっぱい、地元の子どもたちの書道展が開催されています。 |
全1ページ
[1]


