越後・蒲原平野の歴史と文化

小休止の後も、越後・蒲原平野の歴史と今にこだわり続けます。

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つぼみ膨らむ桜

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もう1、2日で花開くラッパスイセン

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新潟県庁正面玄関のチューリップ

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新潟県庁東回廊入り口に掲げられた番場画伯の「山村雪晴」


《もうしばらくお待ちくださいとラッパスイセン》

きょう3月26日、越後平野は、小雨模様で、気温も久しぶりに10度を割りましたが、もう春です。雨に打たれながらも、桜の蕾は膨らみ、ラッパスイセンは1日と言わずに成長し、午後には、蕾の先が黄色く色付きはじめました。

いつ咲くか、時間の問題です。椿は、ようやく固い蕾が膨らんで、いつパッと花開くか、毎日チェックが必要です。

新潟県庁の正面玄関には、またまたチューリップが。もちろん、外で咲くのはまだまだ先のことです。

新潟県庁3階東回廊の入り口に、番場画伯の「山村雪晴」が掲げてあります。以前から撮影しているのですが、絵柄が雪の風景の上に、ガラスが反射してなかなか気に入った状態にならなかったのですが、今回は何とか絵に成りましたのでブログアップします。今シーズンは、越後ももう雪景色にさよならですから、最後は、この作品で飾りたいと思います。
《ランチは新潟市(旧白根市)の瑞雪楼で》

自然により近い庭の造りが好きで、味もいいので、休日の夕食などに使いますが、新潟市の帰り、お昼に寄りましたら、平日限りのお得なメニューもあってなかなか結構。

毎日、昼食を外で食べるとなると、1食2000円、2500円だと高いのでしょうが、たまにしか昼食を外で食べない僕などには、手ごろな値段です。味と器、庭の風景が最大のご馳走です。


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テーブル席の部屋からは、東側の庭が望めます。落葉樹は、まだ芽がでず、下草がお昼時の春の日を浴びていきいきしています。なかには雪割草も咲いていました。

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せせらぎのように流れる水が光を浴びてまばゆく輝きます。時に小さな錦鯉も上ってきて姿を見せます。野趣に溢れていて落ち着く風景です。

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「気まぐれセット」は、幾つかのメニューのなかから1品ずつ選べる趣向で、そばと、タコとミズナのサラダ、ハタハタの揚げ煮、それにご飯とお汁、コーヒーが付いて2000円。

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そば茶のお変わり。気の利いた土瓶に入れて出されます。冬期間は、冷めないようにコンロの上に上げて出されます。

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デザートの胡麻プリンが付くと500円アップです。
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薬師峠の中腹にある二十三夜塔

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薬師峠からの展望図

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薬師峠からの大パノラマ 1 (拡大して見てください)

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薬師峠からの大パノラマ 2 (拡大して見てください)

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ショウジョウバカマもまだ蕾が膨らみ始めたばかりです

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残雪の下から澄んだ雪解け水が流れはじめます。やがて、この水を集めて、魚野川や信濃川の緑色の大きな流れに変っていきます。




《小千谷市の薬師峠から望む大パノラマ》
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上杉謙信の伯母の「砂子(いさご)の前」の塚の伝承を記す看板です。

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塚の全景。この塚の上から中世珠洲焼の壷片を採集しております。

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塚の上には五輪塔の残欠が草に覆われていました。

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草の中から取り出し撮影した五輪塔の残欠です。

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酒呑(しゅてん)童子の生誕地と伝えられる場所は竹藪に覆われています。

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酒呑童子の伝承を記した看板です。(拡大してお読みください)

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3月22日、砂子塚(すなこづか)の集落では、ニホンスイセンが満開でした。

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同じく菜の花が咲き始めたところです。

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梅の花も満開でした。


《上杉謙信の伯母「砂子の前」の塚》

春が来ましたら、一気に花が咲き乱れ、僕の、遺物の表面採集も含めた歴史探訪も急に忙しくなり、ブログアップが追いつかず、ついつい、順序が逆になってしまいました。砂子塚の集落を訪問したのは、先週の土曜日22日のことです。すでに花などはすっかり咲きほころんでいるでしょう。

上杉謙信の伯母の「砂子の前」が、燕市(旧分水町)の砂子塚に至って、病に倒れ、亡くなったことから、住民が塚を築いて供養したという伝承が残っているそうです。

砂子塚という地名は、それ以前は砂子板と呼んでいたともいいます。砂子塚は、大昔の信濃川だったと言われる信濃川の分流、西川の右岸に開けた古い集落で、平安時代、京都で大暴れした酒呑童子が生まれたという伝承もあって、その生まれた場所が現在でも、竹薮となって保存されています。

また、砂子塚の周辺には、土錘、須恵器、土師器などの土器が大量に出土している高畑遺跡などもあり、古代から人々が住み着いていたことが明らかになっています。また、砂子の前を葬ったという塚は、すでに盗掘されていますが、その塚から、珠洲焼の甕の破片を採集しました。

遺物の年代と、砂子の前の死去した時代とを比較検討して見なければ成りませんが、古い塚であることだけは確かな訳です。それにしても、泥棒は塚を暴いて、何を盗んだのでしょうか。骨壷と思しき、珠洲焼の壷は、色も黒く、ましてや完形ではなったでしょうから、何の役にも立たず、その辺に捨て置いたものでしょう。

僕ら考古学に関心を持つものにとっては、これほどありがたいことはありません。もちろん、盗掘されないのが一番ですが。すの珠洲焼片は、収蔵しおり、すぐに取り出せませんので、まずは、砂子の前の塚の状況と、砂子塚集落で見つけた八重咲きのニホンスイセンやウメなどの花をブログアップします。

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