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《中之島地区の中野東集落、西の水田、畑の圃場整備現場から古墳時代などの遺物》 中之島地区、中野東の集落の西側で行われている圃場整備事業現場から古墳時代から近世までの遺物が採集された。緑色の〇で指示。 同集落の善正寺の南の水田より採集の古式土師器片、高坏の破片か。 水田の土砂をブルで押した土の塊から採集。奥は土砂を盛り土した新しい畑。 さらに南の盛り土した道路より、赤色の土師器片が、微細ながら多数採集された。古墳時代と見られる。 盛り土された道路。 南側の畑が多かった一帯の土を盛り土した場所や、排水路掘削土の中から、土師器片や須恵器、近世陶器片などを採集。奈良・平安時代と近世の遺跡が存在した可能性がある。 遺物を多く含む盛り土。 地元農家の話では、いずれも、圃場整備に伴う周辺の土で、他地域からの搬入土はないという。
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2008年07月31日
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《集中雨の後の夕日》 遅くなりましたが、前線の活発な活動で、越後も、一時は、集中豪雨に見舞われるのでないかと心配するほどの降りようでしたが、南下が早く、大きな災害になりませんでした。その分と言うか、関西、中国地域では集中豪雨の被害が出たようです。 30日はよい天気で、夕刻、早くなった日没ですが、弥彦山の左手に沈んでいた夕日は、この日、さらにグッと左手(南側)によって、御館の乱では、上杉景勝方についた、弥彦の山岸一族が立て籠もった黒滝城のある山に沈みました。 結局、今年は、空が黄金色に染まったり、赤く焼けるような夕日を見ることができませんでした。せいぜいがこの程度の夕日でしょうか。 30分待って、9枚の写真に収めてみました。時間軸で掲載しますが、写真が明るくなったり、暗くなったりは、デジカメを自動露光にしており、アングルをズームアップしたりするので、遅い方が明るくなることがあります。 |
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《多治見の岐阜県現代陶芸美術館と木曽路の旅 2》 順次、旅のつれづれを紹介しようと思っていましたが、時間のたつのが早く、タイミングを失いました。この1週間、新潟県央工業高校の甲子園出場や大したことにはなりませんでしたが、前線の活発な活動による集中雨などで、せわしない日々。ブログアップも滞りがち。 とりあえず、写真をアップしていきます。セラミックMINOでの写真から トンネル内の芸術作品のひとつ 岐阜県陶芸美術館の陶壁 安藤工の志野茶椀 山田正和の織部花入れ 森正洋のコーナー 青山双男の白陶茶盌 |
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《新潟県央工業高校が甲子園出場を決めて、はや1週間》 |
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