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《和島での採集遺物を洗いました》
旧和島村の保内川右岸の排水路路肩などから採集した遺物を洗いました。須恵器の甕の口縁部などと、珠洲焼のすり鉢の小片など中世の遺物がありました。写真の三枚目。 古銭は、大きさなどから、寛永通宝ではないでしょうが、腐食が進み、何銭か見当が付きません。 採集の遺物が少量ですが、このあたりに奈良・平安時代や中世の遺跡が存在していることだけは間違いないでしょう。 それにしても、保内川、郷本川の右岸の排水路の路肩や、小島谷川の左岸の水田(下西遺跡)など、なぜ、和島の川岸周辺に遺物が散在しているのか。ともすると古い潟の縁辺部に川が残され、川の右岸、左岸の縁辺に自然堤防が生まれたのかもしれませんね。 とにかく、旧和島村は遺跡の宝庫であり、東西の丘陵と挟まれた島崎川流域の平野部の全体が、タイムカプセルのようになって、現在まで静かに眠っています。 考古学関係者にはたまらない魅力のあるフィルドです。なかなか、表面採集も、これで終わりということになりそうもありません。 写真2枚目の遺物は、写真1枚目の地図に示した三瀬ケ谷の沢に向かって右手の揚水機場や周辺の水田畦から採集した物です。 |
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