越後・蒲原平野の歴史と文化

小休止の後も、越後・蒲原平野の歴史と今にこだわり続けます。

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《四つ割菱の押圧紋のある中世須恵器の壷》

このほど、新潟県燕市佐渡山(さどやま)の助次郎遺跡周辺で表面採集中、豆畑に転作した水田面に、中世須恵器の壷片を発見。

泥に汚れている時から、櫛書きの波状文が数条あるのは分かりましたが、帰宅して、泥を洗い落としましたら、くっきりと、四つ割菱の紋が浮かび上がりました。

能登半島の「珠洲」の中世窯で焼かれた珠洲焼研究の第一人者吉岡康暢の著書「中世須恵器の研究」の加飾法に、さまざまな押圧紋のなかに、紋章の押圧紋があると指摘されているが、四つ割菱は、取り上げられていない。

四つ割菱は、別名武田菱とも呼ばれ、助次郎遺跡に、武田氏ゆかりの人たちが入植、この壷を注文して焼かせたのだろうかなどとも、思ったりしている。

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《土師質土器の甕に円形の教えてください》

日曜日の4月1日午前、新潟県三条市柳沢の、昔は上流部を三途の川と呼んでいたそうですが、水戸川(みとがわ)流域で表面採集を行ないました。
といっても、たまたま、水田の排水路にU字溝を埋設するために掘削した土を積んだ畦をチェックしただけですが。その際、中世珠洲焼の甕片と、古代の土師質土器の甕片が採集されました。
もともと扇状地形の、その川の流域には、古墳時代から奈良・平安時代、そして中世の遺跡が点在しており、古くから開けたことがうかがえます。

ところが、その土師質土器を洗ったら、肩付近の叩き目の間に、小さいが、○の形のマークのようなものが浮き出ていました。

はじめて見る文様であり、いつごろ、どこで焼かれた土器に見られるものなのか、ぜひ、経験豊富な方々から、ご教示いただきたいと思い、ブログアップします。宜しくお願い致します。



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文様を拡大してみました。

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