越後・蒲原平野の歴史と文化

小休止の後も、越後・蒲原平野の歴史と今にこだわり続けます。

音楽

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19日午後5時40分から、新潟県三条市にある、中小企業大学校三条校(志賀幸夫校長)の本館ロビーで開かれた「豊かな心を育む♪フルートとヴァイオリンの調べ♪」と題するコンサートを聴いてきました。開講中の女性リーダーの「部下指導・育成講座」の受講者と、無料開放で出席した一般市民合わせて50人ほどが、秋の夜長を、クラシックからポピュラーまで美しい調べを楽しんだ贅沢なコンサートでした。この日の出演者は、フルート奏者の松井美瑞さんと、ヴァイオリン奏者の松村牧子さんの2人。午後5時半を過ぎると辺りは暗くなり、蒲原丘陵に建つ中小企業大学校三条校校舎の明かりが、平野部からもシャトーのように美しく浮かび上がります。広々としたロビーがシャンデリアの灯りに浮かび上がっていました。ロビーの丸く太い柱やガラス張りの壁面を区切るサッシの幾何学模様が、一種、西洋風な雰囲気をかもし出していました。
イメージ 2イギリスの作曲家エドワード・エルガー(1857年〜1934年)が、ピアノの教え子だったアリスと婚約したときに書いた「愛の挨拶」でスタート。次の曲目、ドイツのバロック音楽を代表する作曲家、G・Fテレマン(1681年〜1767年)が作曲した2本のフルートあるいはヴァイオリンのための、「ソナタ第三番ニ長調」の演奏。宮廷音楽の盛んな時代の曲だけに、透き通るような音色、流れるようなメロディーで、まさに会場の雰囲気にピッタリ。チャイコフスキーの交響曲「悲愴」から、その一部を演奏、また、ヴァイオリンの楽器の紹介の後、バッハ作曲の「ガボット」を独奏、フルートの紹介の後には、ドビッシー作曲の「シリンクス」をフルートの独奏で聴かせていただきました。その間にも、「大きな古時計」、サウンドオブミュージックから「ドレミの歌」、あるいは「80日間世界1周」、「コンドルは飛んでいく」などスクリーンミュージックなどポピュラーな曲も演奏。
 あっという間の45分で、アンコールに応えて「見上げてごらん夜の星を」を演奏。館内の隅々まで澄んだ音色が響き渡り、戸外に出ると、松井さんが「灯りで外は見えませんが、多分、外では星が瞬いているでしょうから」と選曲の意図を話した通り、この夜の空には月はなく、星が瞬いていました。
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先日は、富永草野病院でのジャズコンサートのことを紹介しました。クリスマスシーズンなんですね。

今度は、三条市や燕市の人が、もちろん、病気の人が利用する燕労災病院で、戦後すぐのコーラスブームに誕生、長い伝統と、ドイツ遠征などのキャリアを誇る三条市内の合唱団「紫苑コーラス」が、美しい歌声を披露しました。

地元紙の「越後ジャーナル」に、簡単にその内容が紹介されていました。若い記者が取材したのでしょうね。紫苑コーラスのキャリアに触れていません。

とにかく、伝統があるだけ、メンバーは歳を重ねておりますが、実に誠実な人たちで構成されているコーラスグループです。
戦後、何の楽しみもなかったころ、音楽の先生が、軍国主義から解放されて、さあ、西洋の音楽だ、バレエだと、芸術の森に飛び出していった。今では、それも遠い過去のことです。

では、越後ジャーナル紙の記事を紹介します。

燕労災病院(田中隆一病院長)は、12日午後7時15分から、昨年に続き、三条市を中心に活動するコーラスグループ「紫苑コーラス」を招いて、クリスマスコンサートを開催。会場の外来ホール医事課前には、入院患者やその家族、地域住民など180人が集まり、その歌声に酔いしれた。
 
初めに田中病院長は「このクリスマスコンサートは、皆さんに少しでも楽しい時間を過ごして頂きたいと企画しているもの。ことしも昨年同様、紫苑コーラスさんにお願いした。どうぞご期待頂きたい」とあいさつ。コンサートへと移った。
 
コンサートは「鯉のぼり」「赤とんぼ」「もみじ」といった童謡に始まり、「川の流れのように」「真っ赤な太陽」「お祭りマンボ」の歌謡曲、そして、クリスマスにちなんで「きよしこの夜」「神の御子は」「諸人こぞりて」など、おうよそ1時間行われ、参加者は少し早いクリスマスの夜を、紫苑コーラスの歌声の中で過ごした。 

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きのう12月8日午後4時から、新潟県三条市の富永草野病院一階ロビーで開かれた第46回ロビーコンサート「君英夫カルテット+ジャズ仲間」を聴き、きょう9日午後1時半から、新潟県燕市の燕市文化会館大ホールで開かれた「つばめ『女(ひと)と男(ひと)』ふれ愛フェスタ 人間らしくイキイキと!」で、山本コウタローさんのトークと歌を聴いて来ました。

君英夫カルテット+ジャズの仲間は、新潟市を拠点に活躍しているバンドで、クリスマスのシーズンなので、きらめくイルミネーションの季節にふさわしいおしゃれなジャズの名曲とクリスマスソングを聴こうと企画されたもの。

同病院は病院の入院施設と老健施設が併設されており、入院患者、入所者はもちろん、希望者は無料で聴けることから、会場に用意された120席を超える数で、後ろには立って聴いている人も。

デューク・エリントンのヒットナンバー「A列車で行こう」でスタート。君さんは、昭和39年、東京オリンピックの年で、いつもは秋に行われる国体が、その年の新潟国体は、オリンピックのため、春に行われ、新潟国体が終えてすぐの39年6月16日に発生した新潟地震で、デューク・エリントンが、当時のお金で1千万円を新潟市に寄付して、新潟市の名誉市民になっていることを紹介。

シャンソンの名曲「枯葉」を、マイルス・デービスが、ジャズ演奏して、今ではすっかり典型的なジャズナバーになった「枯葉」を演奏。さらに、デューク・エリントンのスローナンバー「イン・ア・センチメンタル・ムード 」などを演奏し、クリスマスソングへと続きました。

今では、いずれもジャズの名曲として知られる曲ばかりで、演奏はゆったりとしていましたが、それがかえって比較的高齢者が多い入院患者、入所者や一般市民にちょうどよいテンポでした。

山本コウタローさんの方は、今は、フォークシンガーの現役であると同時に、白鳳大学の教授とあって、まずは、1時間にわたって、男女共同参画社会にとうテーマで講演を聞きました。男が変わらなければならないこと、時代の変化が、ヒット曲などにも現れていること、島倉千代子の「心で好きと叫んでも、口では言えず…」の歌詞の時代、そして「花嫁は夜汽車に乗って」の「帰れない、何があっても帰れない」と嫁ぐ女性の心の時代、やがて「神田川」で、「あなたの優しさが怖かった」、小椋佳の「シクラメンのかほり」、そして、松任谷由実の「ルージュの伝言」になると「浮気をあきらめない限り家には帰らない」となることなど、あるいは、同棲している映画評論家の吉田真由美さんとの約束事、「自分のことをしてもらったら『ありがとう』と言う」など、男性が変わらなければならないことを、楽しいスピーチで紹介しました。

その後、2曲のヒット曲のうち「走れコウタロー」を歌い、会場の入場者も一緒に、手拍子しながら歌ったり、「戦争が終わって僕らは生まれた/戦争を知らずに僕らは育った…」で始まる「戦争を知らない子どもたち」、新曲の「ミュージシャン」などを披露、最後は「岬めぐり」をみんなで歌い、定刻をオーバーして終えました。

山本コウタローさんは昭和23年、千代田区の生まれで、59歳。掃除、洗濯、食事など「自分のことは自分でする」という「家事は自事」の言葉。定年退職した後、家庭ですることのない男性を、自分の父親の姿の中に見て育ったという山本コウタローさんの男女共同参画の話に、僕も共鳴するところが多かったです。

最後に、知り合いのお宅の玄関に、かわいらしい人形の楽団がクリスマスソングを演奏していましたので、あわせて添付します。ご声援ください。

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ブログで知った、岐阜県のKanoさんが、岐阜県立図書館に出向く楽しみの一つに、作者は黒川晃彦さんの、ベンチにかけてサックスを吹くおじさんと猫の像があるのです。
Kanoさんのブログを訪ねてびっくり。

これ、新潟県加茂市の加茂川べりに、いつもベンチにかけて、夏はもちろん、冬でも、上半身、裸でサックスを吹いているおじさんと瓜二つ。猫まで…。
僕も大好きなおじさんで、時折、前を通ると、挨拶?しています。

冬になると、きっと寒いと思って、近所の人が、冬囲いをしてくれるのです。今年も数日前、急に雪が降りました。冬囲いは途中までですが、雨にも負けず、汗を流しながら演奏を続けていました。

猫は今はやりの「ねこ鍋」に入れるほど小さくはなく、おじさん同様、堂々としているネコです。もちろん、これは雄だ?

さあ、何の曲を吹いているのでしょう。テナーサックスでなく、アルトサックスならコルト(雨・レイン)レーンのナンバー「至上の愛」といきたいのですが…

KanoさんのブログのURLを添付しますので、比べて見てくださいね。
URL: http://blogs.yahoo.co.jp/g2lens_kaji3/27618775.html

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三条は、元和9(1623)年、時の藩主、稲垣重綱が大坂城番となり、三条藩が廃藩になりました。寛永8(1631)年、ついに三条城が廃城、土塁の果てまでことごとく取り壊されました。
それ以来、城が築かれることはなく、他藩の分割支配の下に、明治を迎えています。このため、三条市民は、商工を生業とし、心のよりどころは、宗教に依存することになりました。
旧三条市だけで、寺院が60カ寺に及ぶ寺町で、三条城主山吉氏はもとより、上杉謙信、あるいは、江戸時代には幕府の庇護の下に繁栄した法華宗総本山本成寺や東本願寺(大谷派)三条別院などがあり、街の中核をなしてきました。

《僕は、親戚の葬儀で行けませんでした。以下は地元紙「越後ジャーナル」の記事です》

今回、三条商工会議所青年部(長岡信治会長)が、まんなか活性化事業として、11月28日、29日の2日間、門前町の本寺小路のシンボル、東別院をライトアップ。初めての試みでしたが、天候に恵まれ、2日間で延べ1000人ほどが見物に訪れました。
また、29日には、本堂でスペシャルコンサート「冬の夜長のコンサート」が開かれ250人が来場し、オペラやフルート・ギターの演奏に酔いしれました。
スペシャルコンサートの開会にあたって行われたオープニングセレモニーで、長岡会長は「この事業は、この中心市街地に人を呼びたい。活気ある本寺小路であってほしいという思いで行っている。そして、この事業を東別院で行うことで、三条の歴史に触れて頂きたいと思う。きょうは、音楽を聞きながら幻想的な雰囲気に酔いしれて頂きたい」とあいさつしました。

中心となって事業の準備を進めてきた同青年部のまんなか活性化委員会の中條耕太郎委員長が趣旨説明。「本寺小路(ナイトスポットです)の活性化は、東別院の活性化なくしてはあり得ない。そして、三条を活性化するには、三条に住んでいる人たちが、三条をもっと好きになってもらわなければいけない。地元のラブ、三条ラブで盛り上げて頂きたい。そして、盛り上げて頂いて、このライトアップの常設ができればと思う。きょう参加して頂いた方には、コンサートに酔いしれて頂いた後は、本寺小路に流れて頂いて、うまい酒、うまい料理を楽しんでもらえればと思う」とあいさつしました。

その後、真宗大谷派三条別院の高山芳文輪番の講話に続いて、いよいよコンサートのスタート。
第一部は、三条市出身のオペラ歌手、永桶康子さんとピアノの森田雅代さんがカッチーニ作曲の「アベマリア」などを披露。
第二部では、フルート奏者、浅利守宏さんとギター奏者、中村博さんがゴセック作曲の「ガヴォット」などを演奏。参加者は冬の一夜、すばらしい音楽を楽しみました。
               (以上)

永桶さんのオペラを聴きたかったなぁ〜。

写真は、ライトアップした本堂と「アベマリア」を歌う永桶さんとピアノ伴奏の森田さん。
本堂は、越後の冬は厳しく、堂内でコンサートが行われていましたが、風をよけるために、扉が閉ざされていて、殺風景で物足りない感じです。

大きな本堂ですが、三条は火事の名所で、良寛が生きていたころの文政11(1828)年の三条地震や、文政13年の大火、天保8年の大火、明治に入ってからも、2700戸を焼いた明治13年の糸屋万平火事など、江戸時代から明治に掛けて大火が相次ぎました。

この本堂は、明治13年の大火で焼けて、明治41年、7年がかりで再建され竣工、入仏式、大法要が営まれました。

外見は、一見平凡ですが、本成寺とともに、新潟県内屈指の規模を誇る木造建築の本堂です。

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