越後・蒲原平野の歴史と文化

小休止の後も、越後・蒲原平野の歴史と今にこだわり続けます。

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きょう3月23日の目的の第一は、小千谷のそばどころ福枡のへぎそばです。福枡の周囲には、まだ雪が残っていました。

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小千谷市市街を流れる魚野川。雪解け水がとうとうと流れ、奥には、真ん中、手前のとがった山が八海山、その右手が中岳です。

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河原の雑木が残雪とあいまって美しかったです。

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魚野川に架かるあさひ橋。

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雪国の象徴「雪の結晶」

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小千谷と言えば、山古志と並んで「闘牛」

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泳ぐ宝石「錦鯉」。カラーでないのが残念。

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橋の自転車道のマークに、錦鯉が。白と赤の2色は「紅白」と呼びます。これに黒が入ると「三色」で、このほかプラチナとか、いろいろあるようです。

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西脇順三郎作詞の校歌の一節。いいですね。


《春特有の異常な暖かさに浮かれて2日間、遊びまくりました》

3月22日、23日と越後も好天に恵まれ、特に23日は、車でドライブしていても、暑くて、窓を開けて走ったほど。22日は、遺物の表面採集に、23日は、小千谷市の蕎麦どころ、福枡さんへ。

福枡さんは、ブログでJ−onda1969さんから、教えていただいたものです。何でも小千谷の市街地に店を構えていて、火災のため、郊外(桜町という丘陵地の一角)に移転されたということで、物好きの虫が騒いで行って来ました。

お勧めの通り、格別、街角に大きな看板を出しているわけでもなく、パンフレットを作るでもないのですが、人気で、午前11時半を回ったころには、もう、席が塞がって、しばらく待たされました。

福枡さんのお店のこと、へぎそばのことなどは、後でまた詳しく書きます。福枡さんに向かう途中、小千谷駅により、分かっているつもりですが、もう一度、観光コースなどをチェック。

まず、信濃川に合流する魚野川に架かるあさひ橋を渡りながら、橋からの風景が気に入って、橋の畔に車を止めて散歩。雪解け水を満々とたたえた川の流れ、岸辺には、雑木が生い茂り、根元には、まだ雪が残っていました。

橋の歩車道の分離帯の手すりに、10枚のきり絵が、スチールでカットして飾られていました。橋からの風景と、きり絵のなかから数枚、そして、親柱のところに、詩人の西脇順三郎の作詞した小千谷西高校の校歌の一節が刻まれたいましたので、それをブログアップします。西脇順三郎については、詩人に憧れを抱いた青春時代の思いでもありますが、それはいずれかの機会に。

蕎麦を食べた後、薬師峠へ。そして、山あいの街道を越路町へ。霊験あらたかで、信者の多い宝徳稲荷、その近くの朝日百塚遺跡を訪ねてきましたので、追ってブログアップします。

とにかく、忙しい2日間でした。
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道の駅の観光物産館の入り口には、赤べこのお父さんがお出迎え。なかにはお母さんや子どもの赤べこも。赤べこを見ると会越国境を超えて会津に来た気になります。

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地元の建設業者が協力して道の駅駐車場には、雪の滑り台と「ぶよキャラ」が。ぶよキャラの名前が分からなかったのですが、脇に立てられていた看板を見て分かりました。今冬は柳津も雪が少なくて、トラックで雪を運んできて滑り台などを作ったそうです。

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滑り台では、もっぱら子どもたちが、尻で滑り降りていました。橇やスキーは危険なので置かなかったのでしょう。その脇では、どんど焼の準備が進められていました。

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こんなところに、良寛を描いたポスターが張られていました。よく見ると、出雲崎町が、昨年10月の中越沖地震で海底から大量に浮き上がってきた縄文時代の樹木を欲しい人にプレゼントしているのですが、海から離れている山合いのまち柳津の人たちにもプレゼントしようという企画です。写真の右手に置いてあるのが、その浮いてきた木片の見本です。

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特設ステージの前にはテント席が設けられ、多くの市民が、周りに出店している模擬店から思い思いの食べ物を買ってきて食べていました。観光シーズンでもないので、車のナンバーも会津がほとんど。きっと、食べている市民も会津の人が多いのでしょう。

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蕎麦どころ「ふなき」。全国的な有名店を除けば、地元の人に尋ねて店を選ぶのが、知らない土地で美味しいものを食べるコツ。ガイドブックは、ともすると広告との兼ね合いがあって、当たり外れがあります。ここも、やはりいいお店でした。大盛りの天ざるを頼みましたが、特にカラッと揚った大きな天ぷらがよかったです。


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新築間もない店で、材木は、自らの山から切り出したそうです。柱の太さは何寸なんでしょうか。「欅でなくて、楢材です」とご主人は謙遜しておられましたが、柱も長押も杉材で、床柱もよかった。1本の柱の節を抜いて、瓢箪が埋められています。明治時代に活躍した石川雲蝶という三条の彫刻師が、魚沼の開山堂の彫り物を彫ったとき、廊下の板の節を抜いてこうした植物や動物を彫って、節のところに埋めたのを見ていますが、なかなかおしゃれですね。

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「愛」という字が、額に収まっていました。もちろん、ピンときたのは、与板城主、直江兼続の「愛染明王」からとった「愛」の字ですが、この字は、それとは関わりがないようです。清水寺貫主の森清範大和尚と銘が入っています。拡大して見てください。


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喉越しがいい蕎麦でしたので、お会計で、「つなぎは?」と尋ねましたら、「十割蕎麦ですが、つなぎを入れる代わりに、水に少しお湯を加えてこねています」と、2代目の若い兄さんが答えてくれました。お店の方たちが人当たりがいいので、猫までいい。僕が、得意の本物の猫の声で何度か「ニャ〜オン」と鳴きますと、右側のブチのサバトラの猫が、鸚鵡返しに鳴きながら寄ってきました。猫まで「ありがとうございました」と鳴いているようでした。

《冬まつりの柳津にドライブ》

2月2日は、越後も会津も天候に恵まれ、絶好のドライブ日和でした。五泉市経由で、途中、磐越道で、福島県の柳津へ遊びに行ってきました。目的は、斉藤清美術館と道の駅での「やないづ冬まつり」、そして、蕎麦。

斉藤清美術館は何度か訪ねています。決して大きな美術館ではありませんが、そのつど、展示換えが行われいますので、気軽に楽しめるのがいいのです。福島県立美術館で、1月20日まで、「生誕100年 斉藤清展」が開かれていたのですが、あちこち行っているうちに見逃してしまったこともあります。斉藤清美術館はあとでブログアップします。

今回は、雪国越後を抜け出して、柳津の道の駅で見た冬まつりの様子や、斉藤清美術館の受付の女性に尋ねて紹介していただいた蕎麦どころ「ふなき」のことなどをブログアップします。

磐越道会津坂下・柳津のインターをおりて、国道49号線を突っ切って、柳津の道の駅へ。途中、蕎麦どころが目に付きますが、まずは、冬まつりと斉藤清美術館を見学することにしました。

道の駅の観光物産館入り口には、赤べこが。そして、広場には、雪で造られた「ぶよキャラ」と2基の大きな滑り台が。子どもたちが大喜びで滑っていました。野外特設ステージでは、午後1時過ぎから歌などが披露され、県内はもちろん、新潟県からも出店している模擬店などが駐車場の周囲に並び、まつり気分を盛り上げていました。

天気もよかったので、斉藤清美術館で聞いた、蕎麦どころ「ふなき」まで5分ほど歩き、建築間もない新しいお店へ。創業13年ほど。しかし、奥会津では、戦後も、蕎麦が常食だったそうで、ご主人は、昔からそばを打っておられたし、商売を始める前は、時間的な余裕もあったので新潟県のそばどころ、十日町や小千谷までそばを食べに行っていたそうです。

気さくなご主人で、「どちらから」と尋ねられ「三条です」と答えたら、「そうですか。うちは、材料を三条の大竹商店から買っています」と言います。「○のなかに光のマークの大竹商店さんですね。有名ですよ」と言いながら、うれしくなりました。ここまで来て、三条の食材卸の店の名を聞こうとは。それにしても、金物卸に限らず、三条商人は、全国、世界とどこへでも飛んでいくのには感心させられます。

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