越後・蒲原平野の歴史と文化

小休止の後も、越後・蒲原平野の歴史と今にこだわり続けます。

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ブログ「徒然物草」主宰の「kattin」さんとコメントを交換するなかで、今度、佐渡に旅することを書きましたが、見附市坂井町地内の国道8号線バイパス建設に伴い平成3、4年度の2ヵ年計画で、坂井遺跡発掘調査を担当、発掘調査の内容を精査し、平成18年10月に報告書をまとめた小田由美子さんが、現在、新潟県教育庁文化行政課世界遺産登録推進室副参事の席におられることから、9月25日、新潟県庁16階にある同推進室に小田さんをお訪ねしました。
もちろん、坂井遺跡について話をお聞きしたかったからですし、佐渡金山の世界文化遺産登録の事業についても、これまでの経過をお聞きしたかったからです。
坂井遺跡関連については、報告書の「要約」の項で、『中世の坂井遺跡は、農村部の「散村」であったと考えられるが、出土遺物の中に若干威信材的なものが含まれ、「下屋敷」、「腰巻」、「馬場野」などの小字が確認できるため、15世紀頃、付近に居館が存在していた可能性がある』と指摘しておられます。
そのことで、当ブログではまだ発表していませんが、関係者にメールで報告済みの、当研究所が、見附市坂井町周辺の表面採集を行ってきた中で、下屋敷地内にあった「高梨家墓地」の周辺から大量の珠洲焼、あるいは「威信材的」と指摘されている青磁碗などの破片が発見され、その近くに古代の遺跡が横たわっていたことなどから、意見交換させていただきたかったからです。
もっとも、小田さんは、まだ、メール配信した当研究所の高梨家墓地の周辺での表面採集の状況を知っておられない様子だったこと、9月23日に、佐渡のアミューズメント佐渡大ホールで開かれた「佐渡世界遺産シンポジウム」の直後だったことなどで、坂井遺跡関連の話は十分突っ込んでできませんでした。
しかし、初めて小田さんにお会いできて、今後、佐渡金山の世界文化遺産登録のこととあわせ、坂井遺跡について意見交換させていただければと思っております。
ここでは、これくらいにして、近々、メール配信済みの見附市坂井町の高梨家墓地周辺の状況、佐渡金山の世界文化遺産登録の経緯などを、当ブログで報告させていただく心積もりです。

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ブログを立ち上げて、1カ月ほどが過ぎました。はじめから、アクセス数より、少しでも考古学や歴史に関心を持っておられる人たちと、ネットを通じて交流ができればという考えでしたから、こつこつと活動の経過や結果を投稿してきました。
ただ、考古学関係ではありませんが、長くブログを続けている友人が、「大体は始めて1カ月で止めていく」と、ブログの傾向を話しておられました。確かに、訪問者のなかから、少しでも意思の疎通が可能な人のブログを探そうと心がけてチェックしていますと、立ち上げて間もないブログの多いことに気づかされました。
1カ月間続けてみて、僕なりに、最初の危機は乗り切れたと感じています。というのも、とにかくわけの分からないたくさんの訪問者の中から、少しずつ、すばらしいブログとの遭遇が始まっていますし、マイペースでやればいいのだと腹を決めて、投稿したいときには、1つでも2つでも投稿し、多忙で投稿できない時は休んでいます。
さて、ブログを立ち上げて一番よかったことは、HPを訪ねても分からなかったことが、ブログを訪問することで理解できたり、あるいは、メールと違い、同じ原稿を入力しても、ブログは公開されていますから、思い掛けない人から激励されたり、情報をいただけることが実証されたことです。
これまでで、特にうれしかったのは「新発田歴史談話会新潟県北部の史跡」のブログを主宰しておられる「ぼんぼこさん」と情報交換していただけるようになったことです。
「ぼんぼこさん」は、そのブログを見ればすぐに分かることですが、郷土史、特に考古学、遺跡などに詳しく、専門的知識を持っておられるし、郷土史研究では、先進地の阿賀北の研究グループのなかで、川上貞雄先生とともに中核をなしておられるお一人であることが察しられます。
僕が、文献史学の分野からの中世研究では、蒲原地域でも第一人者になっておられる丸○さんや、三条市教委のTさんと、三条の中世の遺構、歴史の解明などを熱っぽく語り合ううちに、遺跡発見に夢中になってきた経過から、やはり、中世史では、出湯温泉にある華報寺(けほうじ)の中世五輪塔などの石造物、あるいは、新潟県内でも、古代の須恵器窯に始まり、中世須恵器窯にまで続く唯一の窯業地としての阿賀北地域、特に北沢遺跡群の中世窯群などの存在、延暦14(西暦795)年の実年代の記された木簡なども出土している発久(ほきゅう)遺跡などすばらしい遺跡が存在し、早くから調査が進んでいましたことに魅力を感じておりました。
高校時代から考古学に興味はもっていましたが、自分で実際に表面採集と取り組んだのが1993年からと遅いのです。
始めて間もない頃、少しでも、目を肥やそうと、何度か、わざわざ、笹神村の郷土資料館を訪ねて、華報寺の中世五輪塔をはじめ、遺物の実物をこの目で確かめました。
そのときに、1991年発行の新潟県笹神村教育委員会刊の「発久遺跡発掘調査書」と、1992年新潟県と豊浦町教育委員会刊の「北沢遺跡群」の報告書を買い求め、ピンクのペンで、これはと思うところに線を引いて独習させてもらいました。
今、「ぼんぼこさん」のブログを訪ねて、「ぬたりのきさん」に、「発久遺跡の報告書があれば…」などと書かれているのを読みながら、あわてて自分で書棚から取り出してきて確認しているほどです。まるで、10数年の時間が一気に縮まった思いです。
川上貞雄先生は、中世須恵器の研究家で知られた吉岡康暢さんと交流があったことなど、中世須恵器の研究において、阿賀北の中世須恵器窯の研究が大きな役割を果たしていることが、今もって痛感されます。
もちろん、遺跡発見と取り組みはじめて10数年といっても、あくまでも余暇利用で、所詮、素人の域を出ません。蒲原、古志各地の埋蔵文化財関係者と合わせて、ぜひ「ぼんぼこさん」はじめ、阿賀北の皆様からも、ご指導、ご鞭撻を頂き、表面採集という地味な活動が、少しでも意義あるものになることを、願って止みません。
とにかく、ブログを通して、一人でも多くの方々から情報、並びにご指導をいただくことで、僕のブログの継続も幾分かは長く続くのでないかと思う今日この頃です。

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新潟県南魚沼市、と言うよりも、「北越雪譜」や「秋山紀行」などで知られる鈴木牧之の塩沢町と言った方が分かりいいかもしれませんが、そこに住む佐藤雅一さんが、魚沼丘陵を超えて隣の津南町教育委員会に勤務、埋蔵文化財保護の仕事をしながら、企画、運営に当たっている津南町の「農と縄文の体験学習館なじょもん」へ、9月22日、初めて行ってきました。
佐藤さんとは、昔から親戚付き合いをしている中で、遺跡発見の趣味に関わってからは、Tさんとともに、よきアドバイザーとして指導を受けてまいりました。もっと早くに伺わなければならなかったのですが、僕は縄文時代の遺跡の発見にはあまり熱心でなかったことから、腰が引けて、訪問が遅くなりました。
この日は、津南町の歴史民俗資料館を久しぶりに訪ね、土器の整理が時代順によく整理されていました。
その足で、なじょもんに向かい、国道117号線から少し丘陵部に入ったところに立派な建物がありました。
ちょうど観光バスが入って、30人ほどの観光客が、縄文土器づくりの体験学習をしていました。
連絡をしないでの訪問で、まさか佐藤さんがおられるとは思っていなかったのですが、佐藤さんが、地元で、石造物などを研究している方と話をしている最中で、ご挨拶し、早速、開催中の秋の企画展「火炎土器前夜」の土器群の解説を受けながら、見て回りました。
津南町の出土品はもちろん、近隣の県から出土した縄文土器を展示して、火炎土器の生まれた背景を浮き彫りにしておりました。
本当は、29日、30日に下記のシンポジウムが開かれるので、それに出席したかったのですが、所用でいけないので、1週間早く訪問したのです。

<津南シンポジウム3>「火焔土器前夜」は、

司会

佐藤雅一・清水克彦

パネラー

長沢展生・阿部昭典・山岸洋一・鹿取渉
寺内隆夫・山口逸弘・布尾和史・榎本剛治

会期 / 平成19年9月29日(土) 13:00〜17:00
平成19年9月30日(日)  9:00〜15:00
会場 / マウンテンパーク津南
〒949-8201
新潟県中魚沼郡津南町上郷上田甲1745-1
TEL
025-765-2040
問い合せ / 津南町教育委員会
文化財担当 TEL 025-765-2299

の内容で開かれるものです。

とにかく、佐藤さんと久しぶりにお会いして、感激して、場内の写真を撮影するのも忘れてしまいました。やむなく、なじょもんの案内パンフを掲載します。
企画展並びにシンポジウムの内容は、「なじょもん」のHPで見ることもできます。
ぜひ、縄文時代、特に新潟県特有の火炎土器に興味のある方は見学してください。
僕は、火炎土器は、信濃川流域の津南、十日町、長岡など妻有郷や、魚沼丘陵に展開しているものと思っておりましたが、佐藤さんの説明では、三条市など蒲原丘陵でも、同じ技術の影響下で土器が作られていたということを再認識しました。
蒲原丘陵でも、三条市吉野屋の松原遺跡などでは、縄文時代の長い間、人々が暮らし、特には破砕された土偶が大量に出土していることでも全国的に知られた遺跡ですし、もう少し、縄文時代に注目しなければと、肝に銘じています。
義務教育の教科書に「縄文時代」が復活することも、佐藤さんらには朗報で、喜び合いました。
訪問記にしては、少し長くなりましたが、佐藤さんが三条市出身で、縄文時代の研究、遺跡保存に尽力されていることから、あえて、少し長くなるのを承知で、書いてみました。信濃川流域に展開した縄文時代の文化は、極めて豊かだったことが、火炎土器に象徴されているのであり、まだまだ研究が進められていくことと期待しています。
パフレットの左下に、津南町の堂平遺跡から出土した国指定重要文化財の火炎土器2点が掲載されています。十日町市の笹山遺跡の火炎土器、長岡市関原、馬高遺跡の火炎土器など、いずれ劣らない傑作です。
とても実用的とは考えられない、このデザインが何に触発され、何の目的で作られたのか。現代人のデザイン感覚に勝るとも劣らない優れたものと思えるのですが…。津南町歴史民俗資料館のHPの火炎土器の写真をここで転用し、添付させていただきます。

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