森の小窓から

子供はとことん遊ばせましょう

子は野に放て

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学ぶということ

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 去年、サンタの国から届いた贈り物は天体望遠鏡だった。例年になく高価なものを手にした娘たちは嬉し涙を目に湛えながら階段を駆け下りてきた。「お母さん、どうしよう。こんなすごいのもらっちゃった。」高ぶった感情を押し殺しながら上目づかいで長女が私にぽつりと言った。その後ろで喜びをこらえきれない次女が目をくりくりさせて私の様子をうかがっていた。

「今年はずいぶん豪勢なものくれたねえ。ちゃんと自分たちで組み立てられるなら今日からでも使わせてもらえば。」という私の言葉に待ってましたとばかり、さっそく二人でがさごそ箱を開けてあっという間に組み立ててしまった。 「お母さん、天体望遠鏡って全部さかさまに見えるんだね。」と興奮気味にレンズをのぞきこみ寒空の中、山や道行く車のナンバーを観察しては歓声を上げ夕暮れを待った娘たち。風邪引くから中に入れというのも聞かず遠い空を見上げてその時を待つ。

 夕暮れがすっかりなりを潜めたころ、おもむろに庭のほうが騒がしくなった。出たな。初日に姿を現してくれるなんてさすがお月さま。「お母さん、早く早く!」と言われ台所から濡れた手を拭きつつ外に出ると次女がさあどうぞとばかりに望遠鏡の所で両手を広げて私を待っていた。「どれどれ、こんなちっぽけな望遠鏡で何が見えるってのよ。」と一応フリを入れてからレンズをのぞく。「オヨ!」思わず私も感嘆の声をあげてしまった。薄黄色の月の表面にクレーターがくっきりと見える。そのあまりの美しさとダイナミックさに感動を覚え時間のたつのも忘れ見入ってしまった。振り向くと自慢げに私を見下ろす娘たちの姿があった。「すごいでしょ〜。」いかにも自分たちでこの望遠鏡を手に入れたように偉そうに言い放つ彼女たちが可愛くて嬉しくて心の中でサンタさんにお礼を言った。

 引っ越してきた当初は、あまりの星の多さに怖いと言って泣いていた娘たちが、今では毎晩天体図を手に星空を見上げて移りゆく本物の天体パノラマを楽しんでいる。今ではたいていの星座なら名前を言うだけでフリーハンドで紙にささっと描いてしまう。その興味はギリシャ神話、宇宙工学にまで広がり、今では小学校の図書館では物足りず私の勤務する高校の図書館から借りて来る本をむさぼるように読んでいる。ホーキング博士の”宇宙への秘密のカギ”などはは何度読みなおしたことか。

 学ぶとはこういうことなんだと逆に私が教えられる。だからといって理科の成績が良くなればなどとは思わない。目先の結果に振り回されてしまうと肝心な今の姿を見失ってしまう。好きだから学ぶ。知りたいから学ぶ。それでいいのだ。ずっと身近に感じていたものだからこそここまで真剣に学ぼうとしているのだと思う。怖がりながらもそおっと窓を開け見上げた夜空、遊び疲れて家路につくとき目の前に現れた一番星、秋の夕暮れに家族みんなで庭に椅子を置いて眺めた真っ赤な夕焼け、雨上がりに山の上にかかった鮮やかな二連の虹。

  塾に入れないのかと聞かれることがよくある。確かに小学校の高学年ともなると成績は気になるものだ。私は家の手伝い、読書、遊び。この3っつをする時間がなくなるなら塾などに入れてはいけないと思っている。頭をからっぽにしてあほほど遊ぶことで子供の心に新たな余白が生まれる。読書をすることで外の世界を知り生きるために必要な引き出しができる。働くことで自分は生かされていることを知り同時に人のために何かをする喜びと達成感を味わう。この3つが身について初めて学問は生きてくるはずだから。

 毎日早起きして登校前にそれぞれの持ち場を掃除をし、家に帰ったらお米とぎと風呂掃除し宿題をしたらあとは日が沈むまで遊び呆け、夕飯を食べたら家族でだらだらと過ごし8時半から就寝時間の9時まで好きな本を読む。と言うのが子供たちの日常だ。一日があっという間に終わってしまう日々などまっぴらごめん。

 一日のそこここに小さな余白をたくさん用意しておきたい。そうすれば日々の小さな変化に敏感になって思いもよらぬ発見が日常を潤してくれる。冬の澄み切った夜空に浮かぶ星たちが娘たちを大きな世界にいざなってくれるように、何気ない日常が私の心を豊かにしてくれる。






 

初めての運動会

我が家の赤子が運動会に出る。これは、どうにもこうにも想像できないことだ。「ついこの前産まれたのにい。」と、ばあさんくさいことを言う姉たち。でも、確かにそうなのだ。だってまだ、1歳なのだから。

3歳神話の呪縛から逃れなくては、と思いつつ、ついつい(3歳までは自分の手で見てあげなくちゃ可愛そう)などと思いこんでしまって・・・。でも、今回が最後のチャンス、そう思い父ちゃんの病気にあいまって思いきって入れた保育園。

泣きに泣いた1ヶ月。それでも、私の姿が見えなくなると機嫌よく一日中遊び、家にいるときよりよく食べよく寝てご機嫌で帰ってくる。今では、帰らないと駄々をこね暗くなるまで園庭でごろんごろんと転がって遊びまくっている。

「本の貸し出しで〜す。」と差し出されたバックを見て「貸し出しって、先生が選んでくれたん?」「まさか、ノンちゃんが自分で選んだんですよ〜。」1歳児が図書室の本を自分で選ぶ?まさかあ。

「今日は給食当番なんで、今お片づけに行ってるんです。ちょっと待っててくださいね。」
きゅ、きゅ、給食当番?

「朝の会の体操が大好きで、上手に踊ってくれました。」
あ、あ、朝の会?

友達と楽しそうにごっこ遊びをしたり、お散歩で消防署に行ったり、徒競争やお遊戯をしたり。1歳児だって色んなことを楽しめるんだ。まめに開いてくれる公開保育で見る娘の姿は、生き生きしていて少し大人びている。

なるほど、環境さえ整えば1歳児だってこんな風に親から離れてすごせるものなんだ。大人が勝手に可哀想とか、愛情が足りなくなるとか判断してはいけないのかもしれない。例え保育園に預けていても、家族さえしっかりその子を見ていてあげれば大丈夫なんだ。

目の前で友達達とダンスをしたり、徒競争をする姿を見ていてお姉ちゃんたちが泣いていた。「めっちゃ、感動や。あの、ノンちゃんがあんなこと出きるなんて。」あらあら、親の私も泣かないのにお姉ちゃんが泣くなんて。

父ちゃんなんて、お姉ちゃんたちが保育園で踊った曲を聞くだけで未だに泣いている。親子だねえ。

相変わらず、家では「おっぱいおっぱい」って私を追いまわしているけれど、気が済むまで飲ましたろ。
いったん断乳したので一滴も出なかったけれど、赤子の信念の強さにこの頃また復活し始めた母乳。「我が家の10大ニュースの第1位だ」て、父ちゃん。確かに我ながらやる気のなるおっぱいにびっくり。

子育ては本当にいろんなびっくりがついて来て人生を賑やかにしてくれる。

ど根性涙

食べ物の力は絶大だ。今週中に逆上がりができるようになったらバーベキューしたるよ!その言葉に我が家の姫達は連日の猛暑の中、二人で自転車で隣の部落の公園まで練習に出かけては猛練習を重ねた。

次女にいたってはその日のうちにできるようになって焦る長女のストレスはいかばかりだったか。4年生で153センチという長身に加え恐ろしく運動センスがない長女。どったんばったんもがきながら手にいっぱいまめをつくって必死に練習をした。

そうしてむかえた最終の土曜日、私の目の前でとうとうやってのけた。「やったよー!」泣きながら妹と抱き合う長女。その笑顔のすがすがしかったこと。思いきり抱きしめてほめちぎった。最近あまり誉めてあげていなかったからたくさんおまけして。

何をやっても長続きせずすぐ飽きてしまう子供たちだがそれでも励まし信じていってあげよう。そう改めて心に誓った。子供なんてそんなものだもの、今は御試し期間。色んなことをやってみて経験をつむ時期。ただ、時々はこうして追いこんで何かをやり遂げさせる機会も作っていかないといけないとも思う。何かと生ぬるいこの現代、苦労をあえて見つけて経験させる役は親がしなくては。かわいい子には旅をさせ。

さあ、喜んだのは父ちゃんだ。お隣も誘ってのバーベキュー、飲んで騒いで楽しい週末を過ごすことができた。何と御となりのご夫婦の結婚記念日でもあってなんとなく素敵な縁を感じた週末であった。

娘たちよその手のひらのまめのひとつひとつがあなた達の努力の賜物。どうかあの喜びを忘れずにいておくれ。母はあなた達を埃に思うぞ。

想い出は自分で掴め

夏休みも残り僅か、我が家の二人の姉達は宿題も終わり暇を持て余している。そこで彼女達は自転車で冒険に出かけてゆくことにした。自転車といってもこの山奥、どこをどう行っても狭くて見とおしの悪い厳しい坂ばかり。

出会い頭に事故なんて・・・きつい坂で次女の喘息発作が出たりして・・・、この暑さで熱射病とか・・・。

なんて気にしだしたらきりがない。「せっかくだから隣の部落の公園でさかあがりでもしてきたら?今週中にできたら週末は豪華なバーベキュウーにしたるよ〜。」とさらに追い討ちをかけてやった。目標ができた途端がぜんやる気になったらしく今日も暑い中二人で勇んで出かけて行った。(そう、想い出は作ってもらうんじゃなく自分で作るもの。)二人の背中を見送りながら心でささやいた。

私の両親は共働きだったから夏休みはいつも一人、しかもどこにも連れて行ってもらえず連日野山を駆けずり回っていた。それでも、100%楽しくて、毎日が輝いていて小さな想い出が今でも心にほっこり佇んでいる。

でも、今の子は両手を広げて楽しいことをくれと言う。どんなにお金を出してあちこち連れて行っても、いろんな物を買ってあげてもそれは自分が作り出した想い出ではないのではかなく霞んでしまい、要求だけはどんどんエスカレートしてゆく。そうしてしまうのは大人の責任だ。そのまま大人になって、人生の楽しみをお金で買うことしか知らない人生を歩むのか。

ものがないというのは、結構いいもんだ。なけりゃないで諦めがつく。ここのようにとことん田舎だとなおさらだ。つべこべ子供に言わなくてもかれらも重々承知だ。さて、果たして今週中にさかあがりできるかいな?

前からずっとバーベキューをしたがっていた父ちゃん、夕べ布団の中で「なあ、本当にさかあがりできなかったらバーベキュウせえへんの?」と心配そうに聞いてきた。しかも本気で心配している。そのつもりというとえらく落ちこんだので、「じゃあ、とく頑張りましたって事で、どっちにしてもやったろかねえ。」というと天使のような寝顔で眠りについた。うちは子供が4人やわア。娘らよ、どんなちっぽけな冒険でも冒険には違いない。どんどん冒険して父母を楽しませておくれ。

遊べわらべたち

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早朝の爽やかな風にふかれながら洗濯物を干していると。一歳9ヶ月の末っ子がパジャマのまま玄関から飛び出してきて庭のプールに飛びこんだ。まあ、よくあることなので気にせず洗濯物を干していると背後でばしゃばしゃと暴れる音がする。朝から元気な子やわ。でも、そんなところが嬉しい。物怖じせず何にでも向かって行く彼女が嬉しい。

そうこうするうち「かあか!かえゆ、かえゆ!」といって右手にカエルを握ってやってきた。無残にも体が伸びきったカエルをうれしそうに、いとおしそうに眺めてはなそうとはしない。

上の二人もそうだった。プールの中が緑になるくらいたくさんのカエルを入れて一緒に泳いでははしゃいでいた。カエルにとっては迷惑なことだろうが、子供にとってはこれほど楽しいことはないだろう。すっかり乾燥しきったカエルをそっと手からもらって田んぼに返してあげた。動き出すまでがドキドキだ。どうか、生きていますように。長い沈黙のあと我に帰ったカエルは一目散に逃げていった。良かった。ありがとね、ごめんよ。そう心の中でつぶやいて後ろを見ると、また怪しげな笑みを浮かべる赤子。今度はミミズ。うどん好きの彼女はつるっと食べてしまったことがあった。それでも、辛抱辛抱。じいっと見守る。それが私のモットー。さてさて、ミミズくん生還できるかな?

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