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豊津の天井川隧道

昨日、祖父が手術にあたって入院するのでお見舞いに行ってきました。
ついでに以前から気になっていた豊津(吹田市)の天井川のことを聞いてきました。

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大正12年の豊津駅周辺です。
真ん中に上之川、東に糸田川が流れています。どちらも天井川のようです。
東西に走る吹田街道は上之川を隧道として越えています。

イメージ 2
高度経済成長期の昭和42年には既に土地開発のため上之川が撤去されています。
豊津駅の少し北あたりから阪急に沿って新しく川を掘って糸田川と統合したというわけですね。
ちなみに母方の実家がこの地図のすこし西あたりにあります。

興味深いことに、この一連の出来事に祖父が関わっていたことが分かりました。
洪水対策という意味はあまりなかったようで、新しく土地を作って合理化するという考えがあったようです。

ウェブで検索してみると隧道があった場所の現在の状況がわかります。
しかし肝心の隧道については殆ど情報がなく、当時の写真もありません。
聞いたところによると、コンクリート造りで断面は方形で、扁額があったということです。
隧道の名前はあまり覚えていないようですが、地域の主要道路だけにそれなりに力が入ったものだったのでしょう。

大正12年でコンクリートを使ったトンネルであれば、現存していれば近代文化遺産は間違いないと思います。
最初は煉瓦隧道であったとしても、それはそれで面白いです。

豊中の方には今なお現存する天井川隧道があり、それと似たような雰囲気である可能性もあります。
こちらはウェブで簡単に見れます。

近いうちに吹田市の郷土史か何かで当時の写真を探してみたいと思います。
イメージ 1

今日は熊野街道の阿倍野〜墨江の間を撮りまくってきたのですが、結構ネットでの公開や研究がすすんでいるようなので、ルポはしないことにしました〜!(爆爆爆
当たり前と言えば当たり前だよね〜 なんせ熊野詣での道なんだし…

だって、すでに写真があるのに記事にするのもアレでしょ?
どうせやるなら、名前と道の経路しか分かっていないような道をやってみたいよね!
うるせぇさっさと記事にしやがれ!って方がおられましたらコメントで宜しくお願いします(^^; いないと思うけどww

私の旧跡ルポはとことんマイナー志向でいきますよww

それと、yahooのルートラボってやつすごいねぇ!大仏線の地図まであった!ありとあらゆる廃スポットが地図になってる…
さっきマイナー志向とか言ったけど、これじゃあ俺の出る幕ねぇなwwwオワタ\(^o^)/

なんか大阪市内とか近郊にええ物件ないすかね?
空手の大会が終わった後に探訪しました。
私自身初の廃道ルポということになります。

地図を眺めていて偶然発見したもので、あわせて廃線跡(南海電鉄大浜支線)も見つけたのですが、その廃線跡調査に失敗してしまい(道間違えたww)ましたので、道路だけ紹介します。


・歴史                               
イメージ 1
(昭和52年二改)
通称「臨海線」である府道29号は最初、大浜公園を分断する形で開通した。

イメージ 2
(昭和62年修正)
このとき、阪神高速4号湾岸線が出島ランプまで開通した。南海本線も高架化されている。

イメージ 9
(平成7年修正)
ここで路線変更がされた。大浜公園を分断していた道路が消滅し、堺港沿いに公園を取り巻くように道路が新設された。
実はこのとき、大浜から三宝(上部図外)に直接接続する府道29号のバイパスが開通し、阪神高速湾岸線の大浜ICが改修された。わざわざ国道26号を経由することなく、新なにわ筋へ出ることが可能となったのである。
大浜公園を分断していた区間は、「大浜ICへのアプローチ道路」としての役割に絞られ、現在のように改修されたというわけだ。



・調査                               

イメージ 10
上の地図に従って解説する。

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イメージ 11
さて、分岐点に立った。南西の方角を向いている。ここからレンガの門が見える右奥に向けて道路跡がある。
ちなみに正面に真っ直ぐな道があるが、これは南海電鉄大浜支線の廃線跡である。

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イメージ 12
昭和62年修正の地形図にも載っている橋がある。この下を4車線のアスファルトの道路が走っていたのだ。
現在は遊歩道になり、市民の憩いの場となっている。

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イメージ 13
しっかり4車線分の幅がある。たまに軽トラが通る。

 4 
イメージ 14
広場があるが、ここで道路跡はカーブして南に進路をとる。ここから少しの間砂の道になる。(写真左から正面奥にむかってカーブする。)
ちなみにこの広場は南海大浜支線の大浜公園駅跡でもある。

 5 
イメージ 3
ここでも4車線分の広さの道がある。現在は駐車場など、多目的に使われているようだ。

 6 
イメージ 4
フェンスがあるが、通り抜けできる。右の建物は共同溝工事のもの。

イメージ 5
道路跡の5分の4ぐらいが植え込みになっている。

 7 
イメージ 6
しばらくこのような風景が続く。右手には新道が走っている。
こんな使い方したら旧道かどうかわからないじゃないか…(爆

 8 
イメージ 7
ここで新道と合流する。正確に言うと、花壇が道路跡である。
徹底した道路の再利用だったねぇww



今日の最高気温は28℃だ。上記の道を探訪した昨日は25℃。春が来なくて夏がイキナリ来たんだねw
もちろん半袖半パンでの調査。あ、それとデッキシューズの履き心地が良かった。
イメージ 8
Top Siderのデッキシューズ。定番ですけど、これ良いですよ(^^
裸足で履くと臭くなるので(ちょw)、チビソックスを履いてます。
チノのハーフパンツにデッキシューズ、どんだけリラックスしてんね〜ん!!(爆爆
あっ!足太いとか言わないこと!空手+アメフト+テニス+剣道+チャリで鍛えられたんだからしょうがないでしょ〜っ!


後悔すべきは南海大浜支線の調査失敗おお!道あるやんけ!と思って写真撮って帰って調べたら、思いっきり間違ってたという惨事

今日また行こうかなと思ってたけど、しんどいのでや〜めた。ww
またいつか機会があれば、その時こそちゃんと調べてくるよ!

新御堂筋はその昔…

大阪北摂を南北に走る新御堂筋は、国道423号線に指定されています。1970年の大阪万博への交通手段として、地下鉄とともに建設されましたが、その当時は国道ではありませんでした。1982年に国道に昇格する以前は、大阪府道9号箕面池田線だったのです。
その名残が残っていました。

イメージ 1

この歩道橋はwikipediaにも掲載されています。なぜこの道が府道だったのかは謎です(爆爆

大阪市電 静態保存

イメージ 1

去年の冬に撮った写真です。大阪市住之江区の某幼稚園に、今は亡き大阪市電阪堺線の車両を見ることができます。
今は幼稚園児の遊具となっているようですが、「北加賀屋町」停留所の駅標も一緒に保存されています。

パンタグラフも旧式のもので、ここまで綺麗に残されているのも珍しいと思います。

思わぬ発見でした(^^

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