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第76回大会 発表者募集

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  第72回大会まであと4日になりました。会員以外の方の来聴も歓迎いたします。会員のみなさまには、ぜひ多くのお知り合いや教え子にお声がけいただきますようお願い申し上げます。
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 「日記文学研究誌」第十九号を発刊しました。昨夏のシンポジウム「藤原頼通の文化世界」の成果である五本の論考と、『建礼門院右京大夫集』をめぐる論考が掲載されています。今、ホットな研究課題である頼通文化圏をテーマにしたシンポジウムは会の内外から多くの注目を集めましたが、本号はその成果を集約し深めたものです。『右京大夫集』をめぐる論考も、分科会に関わるもので(一昨年には当該作品のシンポジウムもありました)、本会の地道な活動が着実に実を結んでいることが実感されます。

シンポジウム『藤原頼通の時代と文化世界』を開催して   横溝博
藤原頼通の文化世界                   和田律子
             ―文化発信と知の共有の基層―
和歌宰領者としての頼通                 加藤静子
             ―和歌六人党藤原範永という視座から―
頼通時代の後宮文化                   高橋由記
             ―『四条宮下野集』と皇后寛子―
作り物語の〈時代〉                   有馬義貴
             ―『狭衣物語』成立の背景―
『建礼門院右京大夫集』の『讃岐典侍日記』受容      小林賢太
             ―序跋・巻末追記を中心に―

第72回大会発表要旨

 今大会から運営委員会で合議の下、従来の研究発表と併せて、講演も依頼することになりました。最初の講演は高野晴代氏にお願いしました。

(講演)『更級日記』の和歌  
―日記における和歌を用いた表現方法をめぐって―
                日本女子大学 高野晴代
 
 『更級日記』は、連歌形式の一首を含めて八十八首の和歌を収載しており、作品全体の分量から考えると、『蜻蛉日記』よりも和歌が頻出する作品と言える。和歌を多数取り入れて、日記を執筆した作者の表現方法の特徴を明らかにする。
 日記の和歌は、物語の和歌とは異なり、自らの実生活にかかわる詠歌である。一方で、日記には作者の執筆意図に基づいて配置された和歌を載せている。紀行部分である「上洛の記」についての見解の一部は、拙稿「『更級日記』の「上洛の記」―『伊勢物語』東下りとの比較を通して―」(『更級日記の新世界』武蔵野書院 二〇一六)において、和歌史の視点から、和歌を散文の世界に活かそうとした作者の意識が見られることを指摘した。
 今回は、それを踏まえた上で、特に作者の贈歌を取り上げる。この詠歌は、いわゆる「女からの贈歌」にあたるわけだが、本作品中には、たとえば贈答歌の場面描写にあたって、返歌を載せない記述というかたちで表現される贈歌が多く見出される。これは、日記の和歌という表現形式を通して、さまざまな詠歌の方法を示し、和歌はどうあるべきか、という問に答える収載方法を選び取っているかのようにも思われる。このような観点を捉え、作者の詠歌の意識についても検討を行いたい。

第72回大会発表要旨

「歌のやうなる」ことばへの感応ということ
     ―『土左日記』楫取のことばから『和泉式部日記』諸本論へ―
                中央大学附属中学校・高等学校 金井利浩
 
 「朝日新聞」二〇一七年三月一〇日付朝刊の「文化・文芸」欄は、なにげない文章や風景のなかで、たまたま五・七・五・七・七となっている言葉の響き、世にいわゆる「偶然短歌」をネット上で味わい楽しむ動きの盛行を伝えていた。
 千年以上の時を越えて、かく同断の感覚的反応を見せる人間という存在の不思議を思うべきか、日本という風土に根ざして生きる人間にいつのまにか、しかし厳に組み込まれてきたDNAなるものの神秘を改めて畏怖しつつ欣喜すべきか、わたしたちは、かの『土左日記』の楫取が、「御()(ふね)より、仰(おふ)せ給()ぶなり。…」と発した「おのづからなることば」に、「歌のやうなる」として即感応した書き手の存在を知っている。あるいはそれと同じ列に、『古今和歌集』仮名序に対したいわゆる古注の記主、『源氏物語』は桐壺帝のことばに対した桐壺更衣、和徳門院の新中納言の君からの文に対した『十六夜日記』の書き手、といった存在を連ねることもできるだろう。
 さて、そこにさらに、『和泉式部日記』の「てならひのやうにかきたる」「女」のことばに対した「宮」を加えたい、加えるべきである、というのが、本発表の趣旨である。それは、こんにち定着ないし固着化しつつある和泉式部日記諸本論について、再考ないし解体を迫らねばならぬ事由の起点にもなるはずである。

第72回大会発表要旨

 第72回大会の発表要旨をご紹介します。まず最初の発表から、順次ご紹介していきます。

讃岐典侍日記下巻における追慕の限界
―鳥羽天皇の力を対置してー
                       早稲田中学校・高等学校 一之瀬 朗

 
本日記下巻中、作者長子は見るもの聞くことにつけて故堀河帝を追懐・追慕してやまない。
 しかし一方で「おはしまさましかば」(「香隆寺」墓参の段)と言うように、長子の欲求は、故人の現在すなわち〈堀河帝のいま〉を感受することに移りつつもあるようだ。
 とするならば、追懐・追慕という過去に向かう営みをいくら試みたところで、そこに〈堀河帝のいま〉など存在するはずもなく、彼女の欲求が満たされきれないのは当然といえる。
 以上のことから考えると、本下巻は言われるごとく確かに追慕の記ではあるけれども、それとともに、追慕の限界が綴られた記でもあることに気づかされるだろう。
 この点について、さらには鳥羽天皇の「うつくしさ」がいかに長子を慰めようとも、結局は彼女を堀河帝喪失の哀傷から救済し得ていない事例(「笛の譜」の段等)を引証しつつ、論じてみたく思う。

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