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第76回大会 発表者募集

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日記文学研究誌第19号

日記文学会の機関誌「日記文学研究誌」第19号の締切は来年の1月末日です。会員のみなさまには奮ってご投稿くださいますようお願いいたします。投稿規定の詳細はホームページの会則をご覧ください。
バックナンバーは以下のページです。お問い合わせは事務局までお願いいたします。


 第71回大会は、近年では珍しく発表者がお二人でしたので、参加者が少ないかと心配していましたが、夏のシンポジウムほどではないにしても、通常とさほど遜色ない数の会員と一般の方においでいただきました。質疑も大変活発で、とても盛り上がったように思います。次回の大会は通常の研究発表会の予定です。
 なお会員の方から、お葉書で12月の第3週の土曜日は高校の成績処理などがあって出席が難しいので今後検討してほしいというご意見をいただきました。教室確保のこともあるので確約はできませんが、来年の12月の大会は12月第2週の土曜日を第一候補で考える予定です。
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早稲田大学中央図書館25周年記念講演会「私と図書館」で綿矢りさ氏も言及したキャンパス16号館。

いよいよ明後日となりました。
再掲します。来聴歓迎です。

第71回大会 2016年12月17日(土)
会場:早稲田大学 早稲田キャンパス16号館
運営委員会 13:00〜14:00(16号館610教室)
          
研究発表会(受付は14時開始です)
14:30〜17:00(16号館308教室)

『蜻蛉日記』師尹五十賀屏風攷        
    早稲田大学大学院 荒井洋樹

阿仏尼の表現方法に関する一考察
―『十六夜日記』路次の記を中心に― 
    長崎大学大学院  坂井伸子

総  会    17:00〜17:45
懇親会    18:00〜20:00 大隈会館楠亭
阿仏尼の表現方法に関する一考察―『十六夜日記』路次の記を中心に―
                                               長崎大学大学院 坂井伸子
 
 『竹取物語』をはじめとして、古来日本には、「月」をモチーフにした多くの文学作品がある。「月は、文学と深い関係にある。これは、古く太陰暦を使用していたことと密接な関係にあることは言うまでもない。」(勝俣隆氏)と述べられているように、その関わりは深い。
 阿仏尼の作品にも、「月」が登場するのは例外ではない。特に『十六夜日記』は、そのタイトルに「十六夜」という言葉が用いられているように、「月」の表現は、特徴的である。しかし、『十六夜日記』の先行論の中で、「月」について考察しているものは、意外に少ない。その一つは、佐藤茂樹氏が自然描写に関しての論文の中で、自然描写に関わる文章を取り上げ、その文に含まれる「月」の描写について分析されている。菅野洋一氏の論、冨倉二郎氏の論は、ともに「いさよふ月」に特化したもので、作品全体の「月」について言及するものではない。そこで、本発表では、『十六夜日記』における「月」の描写に注目し、阿仏尼の表現方法について分析したい。阿仏尼の他作品における「月」についても分析することで、阿仏尼の表現の独自性に迫りたい。また、暦日総覧を参考にしながら、当時の「月」の様子についても検討し、『十六夜日記』の月に込められた思いについても考えていきたい。
12月17日(土)の第71回大会研究発表会の要旨を掲載します。来聴歓迎です。

『蜻蛉日記』師尹五十賀屏風攷

                                                               早稲田大学大学院 荒井洋樹

                                                         

 『蜻蛉日記』中巻、安和二年八月条に、「小一条の左大臣」の算賀屏風の記事が存する。「小一条の左大臣」すなわち藤原師尹はこの年、安和の変で失脚した源高明の後を受けて左大臣に昇進していた。
 当該屏風については、守屋省吾が上巻執筆の契機になったと指摘する(『蜻蛉日記形成論』笠間書院 昭和五〇年)など、『蜻蛉日記』の形成を論ずる上で重視されてきた。それは、屏風歌の詠進を依頼されたことは歌人として認知されたことを意味し、そのことを自負する気持ちが道綱母にあったとの解釈に基づく。以降、この屏風について言及する論は、ことごとくこの見解を踏襲しているといってよい。ただし増田繁夫は、屏風歌を詠進する歌人は多くが受領層であり、道綱母自身は快く思っていなかったと説いた(『右大将道綱母』新典社 昭和五八年)。歌の内容について詳細に論じたのは渡辺久寿だが(「『蜻蛉日記』研究ノート」『山梨英和短期大学紀要』二〇 昭和六二年一月)、あくまでも『蜻蛉日記』の枠組みの中での考究である。
 本発表においては、当該屏風を屏風歌研究の側から取り扱う。すなわち、選定された歌題やその構成を検討し、屏風歌としてどのような史的位置にあるかを確かめる。もちろん屏風製作の背景にも言及する。そのうえで改めて、『蜻蛉日記』中においてこの屏風歌はどのように位置づけられているのかを論じたい。

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