|
車で1時間半のところに、大刀洗平和記念館がある。
そこに1機のゼロ戦が展示されてあった。
そして、複数の遺書。
幼い我が子へ向けてのカタカナだけの手紙。
たくさんの御遺影。
ゼロ戦の横にはハシゴが用意されていて、コクピットを見下ろす位置まで行くことが出来た。
必死に手を伸ばして撮った写真がこれです。
戦争末期、数多くの先輩方が爆弾を抱えて特攻したと聞く。
この照準器の向こうに猛射してくる敵艦を見据えて、どんな気持ちで突入したのか。
私たちの今の生活は、すべてこの方々の犠牲の上に成り立っていると思う。
心から感謝し、そして、安らかな眠りを祈らずにはいられない。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



これがドイツから提供されたユンカースの射爆照準器ですね。
ちょっと一部部品が欠けているようですが、
これを睨んで突っ込んでいった行ったのかなァ、
この悲惨を隠して教育した若者たちが渋谷の交差点で嬌声を上げている。
えせ教育委員会の偉大なる陰謀です。
ゲームに現を抜かすこのバカ、いや若者たちに、
国民皆兵の兵役義務赤紙が届くのももうすぐ、
その時になって、聴いてないよォ〜と絶叫しても遅い
おまえらは、侵略の夢よもう一度…という国家や財閥の陰謀で
大量生産された兵役ロボットなのだ。
着々と、不戦憲法を弄って大日本帝国に押し戻そうとしている
現政権のしたたかさに、気づいてないだろうおまえら…。
渋谷の交差点でハイタッチしてるときじゃないんだ。
2014/7/1(火) 午前 7:14
これ、ユンカースも照準器なんですか。部品が欠けてるとか、よくご存知ですね。
突入するときは、照準器は使わなかったんですか?
今月のそろばん教室の便りに、この写真のせて似たような文章を添えてしまいました。
間違えなら早々に訂正しなければ。
私たちも、学校教育では、戦争の悲惨さというものの本質を習った記憶はないですねぇ。
ただ、年配の教師の体験を聴く機会は多々ありましたね。
旦那が大和に乗っていたとか、グラマンの機銃掃射を受けたとか、妹さんが空襲で亡くなったとか。。。
とにかく、どんなことがあっても、戦争をはじめてはいけない。
そういう意識が薄らいでいる今は、非常に危険な気がします。
2014/7/1(火) 午後 10:41
私も詳しくはないですよ、
しかし、ドイツ機の優秀な射爆照準器を輸入して
参照制作して爆撃機じゃなく
戦闘機ゼロに載せたとか聞いています。
それまでのスコープを覗くような窮屈な姿勢でなく
覗きこまなくても広い視野で照準できる
革命的なもの…だったらしいです。
突艦するときに照準器は使わないでしょうね。
とにかく、ボウリング三昧も英霊のおかげです。
ありがとう。
2014/7/4(金) 午前 6:27
じゃじゃ丸さん。
紅の豚で見た覗くタイプから、この照準器への変化は大きかったでしょうね。正直、この手の照準器が載っていたことは知りませんでした。
それと、操縦席の狭さも予想以上でした。
どんな気持ちだったのか。。。
本当に感謝です。
2014/7/5(土) 午前 0:19