│・ω・`)。o0(にこにこの為替分析・・・)

一目均衡表で為替の予測をしています(´・ω:;.:...

人はなぜ相場を張るのか?

一目均衡表をある程度マスターしたと思った時、「これで儲かる」と思ったが、現実はそうはならなかった。
 なぜなら、いかなる罫線も未来を当てることなど不可能なのだ。仮に、予測できたとしても人間は罫線通りには到底取引できない。

 しばらくして、一目均衡表の原典を見直してみると、欲望についての記述がある。印象的なのはロシアの文豪トルストイの「人間はどのくらい土地が必要か?」という民話を引用していることだった。書店で見かける株式やFX本においても「儲かる話」ばかりでその半面、リスクや欲望について深く記載されている本はまれである。否、「儲かる話」ばかりの本はそのものが「欲望」なのだ。
 つまり、一目均衡表の本質的意味は損切りすることで、「欲」に対して対処する罫線のように思えた。儲かるという罫線ではないということだ。
 
 NHKライブラリーで「マネー革命」という単行本がある。それは相場のリスクを科学的に計算する経緯を綴ったもので、ノーベル経済学賞までも授与されていた。しかし、有識者達が関わった相場は結果的にはリスクを全く制御できなかった。本でははっきりとは明言していなかったが、たとえ現代のコンピューターの進化で「欲」を数値化したところで、人間の本能は変わらないと訴えているようにも思えた。
 
 新約聖書において「天に富を積みなさい」(マタイによる福音書6章19-24節)と書いてある。つまり、聖書において、「お金があったところで幸福にはなれない。それどころか、財産をあてにしていては神の国にも入れない。財産はすべて貧しい人に分け与えよ」と書いてある。

 しかし、現代において生活するには金は必要だ。金無くしてどうやって食っていけというのか?まるで相場参加者の考えと相反している。
 
 ポジションを取ると、どうしても値動きを追いかけてしまう。これは「値動きがお金に見えている」からだと思う。これに対抗するためには「お金を儲けるためにポジションを取ってはいけない」ということだ。しかし、ポジションを取るというのはお金が欲しくてポジってるに決まっているから、これは明らかに矛盾している。しかし、値動きに一喜一憂しているようでは儲かる気はしない。投じた金は天に積む覚悟でないと駄目なのだ。
 
 ユダヤ人は金持ちで、相場が上手だという印象がある。ユダヤ教である旧約聖書においてはソロモンの栄華で知恵こそ富をもたらすと書いてある。きっと知恵こそが重要な要素なのだ。
 
 しかし、わかっていてもまだ値動きを目で追いかけている・・・。

 目先の値動きをお金に見えないようにするにはどうしたらいいのか?そのために「知恵」は必要なのだと思う。その考察においてはまだ道半ばである。そこに鍵があるような気がするのだ。


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