熊本方面市内

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下宿の界隈

今度、東京に戻る前に熊本の「子飼本町=こがいほんまち」という界隈に行ってきました。

昔、七軒町と言っていましたが、今はこう呼ぶのだそうです。
(この写真の家は、われわれが下宿をしていた隣のおばさんの家。)

当時は50代の半ばでしたから、今は90代の半ばです。
青梅雨や下宿屋てふ昭和去る     而今
(あおつゆやげしゅくやというしょうわさる)
イメージ 1


さすがに空き家になっていました。

最後にたずねたのが5年前。

今は施設にお入りになったようです。

われわれの青春は、この界隈にありました。

おばさんとお酒を飲んだことも、おじさんとマージャンをしたことも
路地から路地へ、勝手に出入りさせてもらったことも昨日のようです。
どこが自分の住処かはわからないようになっていました。

もう会うこともないでしょうが、施設に手紙でも出してみようと思っています。

若いころは俳句結社に所属していたことがあると聞いていましたから、いくつかの句を添えて。
熊本駅の近くの北岡自然公園に出向きました。前回の訪問から15年振りくらいでしょうか。
イメージ 5

細川家の菩提寺がありますが、それよりも阿部弥右衛門の墓を,また見たくなったからです。
イメージ 1

鴎外の「阿部一族」で小説化され、映画にもなりましたが、殉死の仲間はずれにされ 行動が裏目、裏目に出て、ついには一族は屋敷に立て籠もり壮絶な「斬り死」に至ります。

どうしてももう一度その歴史の匂いを嗅ぎたくなって出かけたることにしたのでした。
(きっかけは今日間違って出社したんです。休みと知ってそのまま熊本まで突っ走りチャンスをうかがっていたこの地へ。)

広い公園ですが今は植物も少ない時期のため、人影も無く何か得した気分になりました。

水仙と、すでに過ぎかけた梅はありましたが

水仙の向きは標か殉死墓所   而今
(すいせんのむきはしるべかじゅんしぼしょ)
梅林やほかに人無く名無し鳥   而今
(ばいりんやほかにひとなくななしどり)

イメージ 2



北の竜田山自然公園 http://blogs.yahoo.co.jp/nikonnmiyo/51415120.html 
と並んで市の南にあるこの北岡自然公園は国の史跡に指定されていますが
18人の殉死者とともに三代細川忠利公の墓がありました。二代は忠興の妻はガラシャ(明智光秀の娘)
ですから細川家は親子の代に跨いで穏やかではありませんね。
この関係だと忠利公は明智光秀の孫になりますね。

イメージ 3


殉死者の墓

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すこし離されて(これが問題なのですが)阿部弥市衛門の墓。
殉死とはかかれていない。







九州の仮住まいなので手元に本は無いが読もうと思えば最近はボランティアあの方が打ち込んだネットの「青空文庫」がある。ルビまで振ってあって。ひとまず確かめるときは都合がいい。著作権が切れてるものはだんだん増えていくそうな。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/673_23255.html
イメージ 1  
池田隼人、佐藤栄作もここで学んだと書いてあった。
法や文学部が校舎として使っていたが、今は記念館に。
日曜日は閉館らしい。

「武夫原(ぶふげん)=運動場
の伝統ある呼び名で五高寮歌の歌いだしになっている。」からスポーツクラブの学生の練習の声が聞こえていた。
イメージ 2

小泉八雲と夏目漱石の記念碑があったと記憶していたが移転したのかな?
景色は変わらないが、やたらと車乗り入れの規制が厳しいな。
軽音楽のバンドの練習音が聞こえる。
40年前と景色も音もまったく変わらず。音楽も下手。

イメージ 3

数百メートル離れた裏山へ。立田山。
そこに立田山自然公園もある。
その中に細川家の菩提寺も。
イメージ 4
池に映った紅葉の方が本物より鮮やか。
風流を極めた細川忠興の茶室がある。
風流は石灯籠と手水鉢を参勤交代のたびに運んだほどだという。
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ものすごい数のミソサザイとひよどり。驚くほどの鳴き声が続きっぱなし。
以前来た時もそうだった。







昔来たときの句
鵯の狂ひ啼きたるガラシャ廟    而今
もう何年たったかなぁ。今日の方がもっと狂っている。今回の記念に。
火を放つガラシャを見たり冬紅葉   而今
気丈なる人の 蹲冬木立     而今
(ひよどりのくるいなきたるがらしゃびょう)
(ひをはなつがらしゃをみたりふゆもみじ)
(きじょうなるひとのつくばいふゆこだち)
イメージ 6

季語で言う「残る紅葉」。つまり「冬紅葉」
イメージ 7
細川ガラシャの廟がある。細川家親子夫婦四人分あって「四つ御廟」と地元では言う。

イメージ 9


宮本武蔵がここに来る途中の坂で引導を渡されたと。

その渡した和尚と共に供養碑がられている。
イメージ 8

心の中で素振りをしてみた。
もちろん武蔵の
「二天一流」。

とにかく人と遭わない。入場料100円の小春の独り占め。
武者返し四温の天の青きまで .       而今
長塀を越ゆる木の葉の坪井川.       而今
縦長の狭間より冬の紅葉狩  .       而今
  
           武者返し=は熊本城の特徴ある石垣の組み方。上部は反って武者も登れない。
           長塀=坪井川に添う日本一長い塀建築の遺構。国指定重要文化財。
           狭間=「さま」といって矢や鉄砲を撃つ覗き窓。

イメージ 1.




城外に横井小南・坂本竜馬・勝海舟・松平春獄・細川護久の五人像ができていた。
イメージ 2.






そこにを車を停めて







西南戦争で功績のあった谷干城の銅像を見て
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不開門の方から入ることにした。(裏側)
イメージ 4.




誰も居ないこのコースからはいると、城の中腹を半分回って天守閣へ向かうことになる。
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途中石組みを実ながら見えてきたのが天守閣。    
二様の石垣
http://www.manyou-kumamoto.jp/contents.cfm?id=420#pagetop
と呼ばれる所を見ながら
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ここまでくると天守閣が大きく見える。
宇土櫓や新規に普請中の工事。
イメージ 6.



もうひと踏ん張りして400年祭の看板のある最終地へところに到着。

なんとまあ、きれいな空であることよ。
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ここで定番の正面からの写真を一枚。修学旅行のコースとは少し違うが。
中学の修学旅行記念撮影。

二回目は遊学で18歳の四月。

成人式の日も来た。
熊本を離れるときも。。。

イメージ 11.


こんどは頬当御門という正面へでる。    本当はここから入るんだけど。

振り向きながら武者返しの石垣など見て名残を惜しむ。
ここで一句
イメージ 12.


このまま右手にこんな景色、左に備前堀を見ながら坂をくだる。
繁華街の方へ。


真っ直ぐ行くと降りきった所に加藤清正像がある。

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備前堀を下りてこれと直角に交わる坪井川という外堀の役目の川沿いに。。ここは若い頃ころYMCAに通ったコース。

イメージ 10


坪井川のハレーションを見ながら元の場所へ。

結局熊本城半周。

.
. かって知ったるコースで、半分の時間しかかからなかった。天気もよかった。

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