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「あれは弟ですの・・」 ナナは、ニコリともしないで、はっきり言った。 「同い年の弟さんなのよ!」 おばちゃまがフォローしてくれた。 (なーんだ、そうだったんだ!) 「へ〜・・双子だったのぉ?」 タカユキは悪びれずに聞いた。すると、ナナはニコリと笑っただけで再び携帯に目を落とした。 「彼も大学生なの?」 彼がナナさんと姉弟だと分って一気に打解けた気分になってしまった。 「あっ、余計なこと聞いちゃってゴメンナサイ!」 おばちゃまは微笑みながらタカユキの様子を窺っていた。 その時点では、おばちゃまにもナナと彼とが異父姉弟であることは知る由もなかった。 「あっ、噂をすれば・・」 おばちゃまが声を上げた。 タカユキが振り返ると、部屋の入口には彼が立っていた。 「明くんありがとう・・」 ナナの顔がうれしそうに輝いて見えた。 「ナナさん、ガーゼが取れたんだね」 「うん、もう痛みもほとんどなくなったわ」 「でも、まだメールなんかしてはダメだよ!」 「だって、明くんが心配なんだもん・・」 恋人のように弾むふたりの会話がタカユキを居辛らくさせた。 「おばちゃま、それじゃあおやすみなさい!」 挨拶するとおばちゃまは黙ったまま頷いた。 タカユキは、彼の後ろを後退りするようにして、そっと部屋を出た。 (つづく)
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小説・片想い
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その日の昼下り、タカユキは、談話コーナーで見た光景に頭が真っ白になったまま玄関ホールに立っていた。そこで、見た光景はショックに追い討ちをかけるものだった。 駐車場から出てくるなり、颯爽と目の前を通り過ぎる真っ赤なポルシェ、なんと、ハンドルを握るのはあの美樹先生だった。しかも、その横には・・。 「ざわわさん、お夕食すみましたか? わたしは済みましたよ!」 おばちゃまからのラブコールだった。 タカユキは、昼間見た光景がいくつも消えては表れるので、気が重くなって、ナナさんに会いに行こうか迷っていたところだった。 「ハイッ!いま行きます!」 おばちゃまに聞いてみよう・・、タカユキは、意を決して行くことにした。 「こんばんは〜・・」 タカユキは、おばちゃまとナナさんのふたりに声を掛ける様に部屋に入っていった。 ナナさんは俯いた格好でケイタイメールを打っているようだった。 「どうぞ、ここにお座りなさい・・」 おばちゃまは、また、ナナさんが見えるように椅子を置いてあった。 「愛ちゃんは、きょうは早く来られたんですね」 タカユキは、昼間見たことを話し出した。 「そうなの、愛のボーイフレンドと一緒に来てくれて・・」 「かわいい子でしょ!?ヒロシ君って言うのよ!」 「えぇ、とても明るい少年に見えました」 (ボーイフレンドだったんだぁ・・) タカユキは、元気を振り絞るようにあかるく言った。 (そうだったんだ、ボーイフレンドだったんだぁ・・) タカユキは、なんども胸の中で繰り返した。 顔が青ざめてゆくのが自分でも分ったが、ナナさんに見られずに済んだのが幸いだった。 「ざわわさん、どうかしたの?・・」 流石はおばちゃまだった。タカユキの顔色の変化を見逃さなかった。 「愛ちゃんも、ナナさんも素敵なボーイフレンドがいるんですね〜・・」 タカユキは、羨む気持ちを素直に白状した。すると、メールを打っていた手を止めて、顔に貼ってあったガーゼがとれた、いつもの美しいナナさんが、タカユキのほうに顔を向けた。 (つづく)
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なーんだ、美樹先生もいなくなるのか・・でも、美樹先生が居なくなってもナナさんがいるからさ・・。 タカユキは、ナナさんに希望をかけることにした。 タカユキが病室に戻っても、携帯にはナナさんからのメールも着信記録もなかった。 (あの微笑みは一体どんな意味だったんだろう?・・) 病院は携帯の使用が禁止だっていってるけど、どの医師も平気で携帯で話しているし、あのおばちゃまだって使っているのだから、ナナさんだけが真面目を通しているなんて考えられなかった。 な〜んだ、片想いだったんだ〜・・。タカユキは、ナナさんが自分に関心を寄せていると勝手に思っていた。 な〜んだ、勘違いだったんだ〜・・。タカユキの胸中に暗雲が漂い始めた。 (でもいいさ、かわいい愛ちゃんがいるじゃん・・) こういう時の切り替えの早さが、良くも悪くも自己中タカユキの真骨頂だった。 「おばちゃま、ぼくは、来週ごろ退院かも知れません。おばちゃまの退院は何時ですか?」 タカユキは、おばちゃまへメールを打った。愛ちゃんへのアタックに、おばちゃまが頼りの綱だった。 「ざわわさん、退院が決まってよかったですね。わたしはまだなのよ。また、遊びにいらっしゃい・・」 おばちゃまからはすぐに返事が来た。タカユキは、もう一度、ナナさんと話したいと思った。なので、「夕食後におばちゃまの部屋に行きます」と返信したのだった。 ところが、この日の3時過ぎ、面談時間になるとナースセンター前の談話コーナーには、愛ちゃんがお友だちとおばちゃまを見舞いに来ている姿があった。おまけに・・、片瀬ナナさんまでお友だちと馴れ馴れしく談笑しているのを見てしまったのだった。タカユキは、地下の売店に下りて行くふりをしながらエレベーターを待った。 ふたりの様子を横目に、タカユキの心臓は、もうドキドキぱくぱく、破裂しそうな鼓動を必死に抑えた。 (つづく)
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きょうは主治医の吐州先生の診察を受ける日だ。 診察を受ける前に、いつものように瞳孔を開いて、かなり精緻な視力検査を受けた。裸眼では0.1だがレンズを通すと0.4〜0.5位まで読めた。反対側の視力は、裸眼でも0.7あったから自動車の免許は更新できると、退院できることよりもうれしかった。 看護師さんから、入院の順番待ちの患者さんがあるようなことを、それとなく聞いていたし、視力もそんなに違和感を感じなくなるまで、よくなっているように思っていたので、きょうあたり、退院の日が決まるかも知れないと思っていた。 暗幕に囲まれた診察室には、吐州先生のすぐ横に、美樹先生がくっつく様に座っていた。 「おはようございます・・」 「やぁ〜・・、どうだい? もう痛くはないよね・・」 痛くはないよね・・とは、あれから何日も経っているのに・・。 先生は、いったい、どういう積りで言っているのだろう? そばで美樹先生がクスッと笑った。な〜んだ、そういう意味だったのか・・。 吐州先生がそんな言い方をするのは珍しかった。 「どれっ、見せて・・」 例によって、乱暴に細隙灯で覗き込んだ。 「うん・・、もう大分いいね!」この吐州先生、若いのに偉そうな言い方をするんです。 第一、名前が変っている。「としゅう」だなんて初めて聞く名前だった。 「孔が塞がったみたいだ!」 まるで他人事、意外だっていう感じの物言いだった。 「えっ、ホントですか?冗談でしょ!」 手術してもよくはならないよ!いま以上に悪くならない様にする手術だから、と言っていた癖に・・。 「え〜、だって、まだ血の固まりみたいのが見えるけど・・」 もしホントだったら奇跡みたいなもんだ。まだ、退院もしたくないし・・。 「いや、なくなるには時間が掛かるし、多少残ってしまうかもしれない」 「来週の月曜にもう一度診てから決めよう」よかった、これで、もう少し愉しんでいられる・・。 そんな、不謹慎なタカユキには構っていられない風だった。 「あ〜・・、それとね、今度、本院へ異動になるんだ・・」 「今度の先生は女の先生だけど、ちゃんと引き継いでおくからね・・」 「えっ、じゃあ、美樹先生なんですか!」 「いやー、美樹先生も一緒なんだ」 「えっ!・・」 「そしたら、ボクも本院へ異動してください!」 「何をバカなこと言ってるんだ・・」 吐州先生に怒られて驚いた顔をみて、美樹先生がもう一度クスッと笑った。 「えっ、それじゃ何ていう先生なんですか?」 タカユキは、真顔になって聞き返した。 (つづく)
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これ以上長くいると、話が途切れてしまいそうなので、部屋に戻った方が得策だと思ったタカユキは、おばちゃまのやさしい配慮で、ナナさんと話すことが出来ただけで十分だと思った。 「それでは、ぼくは、これで失礼します」 おばちゃまとナナに笑顔で挨拶すると、興奮した面持ちで部屋に戻った。 戻り際、おばちゃまから渡されたメモ用紙に自分の名前の下に、携帯の番号とメルアドを書いて渡すことも忘れなかった。 それにしても、偶然とは言え、3人が同じ学校の出身とは・・。 愛ちゃんは、おばちゃまが井上っていう姓なのだから、井上愛っていうのかなぁ・・。 片瀬ナナさんは、何年生なんだろう? 大学では、何を勉強してるのかなぁ? バスケの選手だなんて思わなかったなぁ・・。 タカユキは、この日、知ったことを日記に綴りながら、ふたりのことを思い巡らすのだった。 ナナには、翌日の朝も化粧室で会わなかった。きっと、ナナさんの目に貼られたガーゼが取れていないからだ・・、とタカユキは勝手に想像していた。 部屋に戻るときにおばちゃまの部屋を覗いたら、ふたりはまだ寝ているらしく、仕切りカーテンは閉じたままになっていた。 (ナナさん、起きたらメールくれるかなぁ・・) こうして、タカユキは、ナナからのメールがいつ届くんだろうと、ドキドキわくわくしながら、待ち始めるのだった。 (つづく)
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