|
俺は出発の準備が出来ていたが、ポーターはまだ来ない。まだ夜明け前だから仕方ないと思うかもしれないが、ゴレパニから1時間弱ほどのぼったプーンヒルという丘から朝日を眺めたかったのでこれほど早く起きたのだった。
俺はポーターを昨日まで誠実な男だと勝手に思い込んでいたが、昨晩の寝島に突然部屋にやってきて、「村のかわいい女の子を見つけて、これから泊まりにいくことになった。せっかく部屋代を払ってもらって悪いが、明日の朝また迎えに来る」といい、そのまま今日の朝になっても来ない。
プーンヒルへは一人で行ってもよかったのだが、そのままはぐれっぱなしになるのも面倒だったので、他の登山客がプーンヒルに向って出発するのを見送りながら、少しばかりイライラしながら待っていた。
空が白んできた頃、あわてて彼が迎えにきた。明らかに寝起きの顔だ。「まあ、昨日女の子と楽しみすぎて疲れたのだろう」と自分を納得させ、プーンヒルへ出発した。
また3000M以上まで登ったはいいが、曇り空でしかも霞がかかっていたため、何も見えなかった。本来であればアンナプルナの山脈が見渡せるということなのだが、これは残念だった。昨日のフランス人もおり、少しばかりへこみ気味だった。
見えないものは仕方ないので、ゴレパニまで降り、荷物をまとめて下山することにした。
今日はガンドルンという村まで降りて一泊する予定だったのだが、ポーターからこんな提案をされた。
「実はマオイストの影響で、ここ数日中にカトマンズとポカラで大規模なストライキが起きるかもしれないらしい。君はもし下山後にカトマンズに向う予定なら、寄り道はしないで早くポカラまで戻った方がいい。一度ストライキが起きてしまうと、ポカラからカトマンズ行きのバスも足止めされてしまうので、動きが取れなくなってしまう。」
それはとても困る。ストが起きる確証はないが、こればかりはネパリにも予測できないことだ。事実、これまでにも何度かストはあった。それだけ政情が過敏だということなのだろう。俺は、ガンドルンを諦めるのが辛かったが、「もしストがおきたら…」という不安を抱えながら旅をするのも嫌だったので、ポーターの助言に従い、今日ポカラまで一気に下山することに決めた。
と、そこまではよかったが、ポーターはさらにこんなことを言い始めた。
「もし今日ポカラまで行く予定なら、自分の友達も同行させてほしい。彼らもカトマンズに行くつもりだから、早くポカラまで降りてしまう必要がある。いいか?」
見ると、5人くらいの青年たちがいる。彼らは俺の存在を認識していたが、特に仲良くする様子もない。俺はあまり乗り気はしなかった。別に彼らに挨拶をしてほしいとかそういうことではなく、自分の下山のペースを崩されてしまいそうな気がしたからだ。しかし、そうはいってもカトマンズに行くことは変わりがない。俺は仕方なくOKをした。
そして出発をした。20分ほども歩くと、そんな嫌な予感は的中した。俺は道中、よく立ち止まってはカメラを取り出して風景を撮影したりするのだが、ポーターの友達はそんなことはお構い無しにどんどん先に行く。それだけならまだしも、ポーターも友達のペースで進んでいってしまう。ポーターは俺の荷物を持っているので、それでは俺が困ってしまう。
いたるところで景色を眺めて楽しみたかったのだが、彼らにとっては飽きるほど見た風景だ。ポーター以外は俺に何の義理もないので、彼らのペースでしか歩かない。そんなことを繰り返しているうちに、ポーターは友達とばかり話をし始めた。まだ10代の青年だから、気持ちもわからなくはなかったが、それでも俺はキッチリと金を払う契約をしている。だんだんと納得がいかなくなってきた。
そこで俺はポーターに提案した。
俺「君もカトマンズに行く予定なら、友達と一緒に行ったらいい。俺は自分のペースでゆっくり下山したいので、ここで契約終了させてくれ。お金は半分しか払えないが、いいか?」
ポーター(P)「いや、契約は下山までだからお金は全額払ってもらわないと困るよ。何か気分でも害したか?」
俺「契約をしていることを自覚しているなら、ちゃんと俺のペースにあわせてくれ。」
P「それでもストがおきては困るから、友達も急いでいるんだ。仕方ないじゃないか。」
俺「君はポーターの仕事をせずに、友達と話してばかりいるじゃないか。」
P「あなたはおかしな人だな。俺はポーターだから荷物をちゃんと持っているじゃないか。そういう文句はガイドに行ってくれ。俺はガイドじゃないんだ。でも、ポーターの仕事はちゃんとしているよ。」
彼の言い分にも確かに理屈はなくはないのだが、朝から彼に募っていた不信感もあり、ものすごく頭に来てしまった。
俺「君の仕事はいい加減だ。昨日までは誠実な人だと思っていたが、今日の朝も約束を守らないし。大体契約金には部屋代も含まれているのに、君は外泊して部屋を使わなかったじゃないか。納得がいかなさすぎる。」
彼の表情も変わってきた。
P「納得がいかないのは俺の方だ。仕事をしっかりやっているのに金を払わないだと。今まで色んな旅行者の荷物を持ってきたが、そんなことをいうのはお前ら日本人だけだよ。」
俺「違う。いい加減な仕事をしているお前に問題があるんだろう。もういい、話にならない。君はクビだ。早く荷物を置いて友達と一緒に行ってしまえ。」
P「嫌だね。荷物は返さない。お前は嘘つきだ。」
彼も本当に腹を立てていた。もはや彼は俺のペースに合わせる気遣いの欠片もなくし、俺の荷物を人質にとったかのように、友達とズンズン進んでいくではないか。彼が友達においつくと、友達は「どうしたんだ。」という感じの表情をしていた。彼はおそらく「あの日本人がわけのわからないことを言い始めたんだ。」というようなことをいっているのだろう、みんなで「やれやれだな」という顔をし、チラチラとこちらを見やっていた。
こうなってしまうと、どれだけ俺が意地を張ってゆっくり歩いても無意味なことだ。いつの間にか立場が逆転し、俺が彼のペースに合わせなくてはならなくなっていた。もはや周りをみる気すら起きず、とても嫌な気分に包まれていた。
しばらく進むと、ロッジが一つ見えてきた。彼らはロッジを無視して通り過ぎようとしたが、俺は大声で「ここで休憩する。止まらないなら金は払わないぞ!」と叫び、彼らを呼び戻した。
ロッジに入っても当然同じテーブルに座るわけでもなく、一人でチャイをすすっていた。とても悲しく、寂しい気分だった。この1週間の旅のしめくくりにこんな形で終わってしまうことや、ずっと1人で旅してきたにもかかわらずなぜか孤立していることを考えるとそんな気分になるしかなかった。
そして何より、別にどちらが悪いわけではないのが最も悲しかった。ポーターにしても友達にしても、好きでこのような状況にしているわけではなかった。そもそもマオイストがいけないのだ。いや、マオイストが活動するのは政情に問題があるからだ…。という風に、どこに責任追及をすればよいかわからなかった。このような政情下で暮らすネパール人は、常にこのようなやるせない気持ちに包まれて生きていかないといけないのだろう。
結局、ポーターを憎んでも何にもならない、ということだけは自分の中で整理がついた。少し納得がいかなかったが、俺は2日分の契約賃金を彼に支払い、自分の荷物を背負い彼らより先に店を出た。いずれにしても、もう俺は彼とは一緒にいたくなかった。
改めて一人で歩くと、何だか開放された気分になった。後1時間ほどくだればポカラ行きのバスが出るバス亭に到着する予定だ。山すそに広がる棚田がとても綺麗だった。また、下山間際では、インドとの国境スノウリで部屋をシェアしたイタリア人がこれから登山するところをすれ違った。相手の幸運を祈りながら進み、バス亭に到着した。ポカラに戻った俺は、町の大きさに戸惑いつつ、久方ぶりのネパリステーキをおいしく頂いた。
計6日間にわたり入山していたジョムソン街道のトレッキングがこの時点で終了した。初日の朝から盗難騒動でバタバタし、不安定なプロペラ機にのりながらそのまま高山病まがいで不眠となり、ろくに人と話さず4日間近く風呂にも入らず、温泉でスッキリしたと思ったらポーターと大喧嘩だ。
チベット的な痩せた土地を見て心を空っぽにしたかと思えばマオイストがいる現実を突きつけられる。ただ山を登り、降りただけなのだが、この6日間は今振り返っても貴重な6日間だった。
写真1「何も見えないプーンヒルと、ジャンレノ嫌いの仏人(右端)」
写真2「棚田 遠景」
写真3「棚田 近景」
写真4「下山口近く」
|
昔自分もこのような旅をしたいと思っていて、自分も当然旅に出るつもりでした。いつの間にか結婚し、2児の父となってしまった今、自分に旅に出る勇気は無く、このように他の人達の旅の話を聞いて想像を膨らませています。。。^^
2008/2/7(木) 午前 0:21
>だほじさん
コメントありがとうございます。この旅行記も実際はもう4年前の旅を振り返って(当時の日記を見ながら)書いているものです。
いまや社会人になり、なかなかまとまったたびの時間を取れないのが現実です。
いつかお子様がたと旅に出られるようになると良いですね!
2008/2/7(木) 午前 7:21 [ nil**ive*7020*0 ]
ありがとうございます^^家族連れだとやはり治安の安全な場所を選んでしまいますね^^生活パワーにあふれるアジアやアフリカ、南米に興味がありますが、いずれもあまり安全とは言えない場所かもしれません^^
2008/2/7(木) 午後 11:52
>だほじさん
やはりご家族の安全が第一かと!
でもたまたま最近読んだあるアメリカの学者さんの本では、その人は10歳くらいの息子さんを含めたご家族を連れてアマゾンのジャングルに入っていったといってました。お国柄なんでしょうかねぇ。
2008/2/8(金) 午前 1:00 [ nil**ive*7020*0 ]