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旅行記をまとめていきます。

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第46回 カトマンズ

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2/29 カトマンズ

タメル地区の宿は、いわゆる沈没系のバックパッカーが多く、俺とともにポカラから移動してきた建築デザイナーも日がな一日マリファナを吸う生活を送っているようだった。

ジョムソン街道で長い間一人で歩き続けたせいか、早くまた一人になりたいと思うようになり、宿をダルバール広場前に変えたのだが、おかげで少し落ち着いた気分になっていた。今日は古都とよばれているパタンに行き、寺院などを見て回ろうと思っていた。

パタンは日本でいえば京都のようなところで、カトマンズの中では比較的整備された綺麗な町だ。適当にフラフラ歩いていると、家族連れとよくすれ違う。カトマンズ中心地と同じく、パタンにもダルバール広場というものがあって、そこに座って往来をながめていた。

ウォーという、ネパール版お好み焼きを出す店があったので昼飯を食べにいった。今ではもうその味も忘れてしまったが、おばあさんがセカセカとウォーを焼く店で、細長い入り口のあたりに座らされてそれを食した。

特に何が起きるわけでもなかったが、随分と落ち着いた1日を過ごすことができた。古都として落ち着いているせいだろうか。

写真1「パタン ダルバール広場の往来」
写真2「黄金寺院に祭られた猿」
写真3「カトマンズ市内の寺院」

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第45回 カトマンズ

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写真1:パシュパティナートのあやしいサードゥーたち
写真2:パシュパティナートの独り者のサードゥー
写真3:ボダナートの中央仏塔から広がるタルチョー

朝スワヤンブナートを訪れた自分は、同じ日にパシュパティナートというヒンドゥー教寺院とボダナートというチベット仏教寺院を訪れたいと思っていた。

○○ナートと付く寺院はカトマンズ市内に3つあり、どれもバスをつかえばすぐに見て回れる距離にあったため、できるだけ近いタイミングでそれぞれを見比べて、自分がどう感じるかを考えてみたかった。

カトマンズ中心部からやや東の位置に歩道橋をわたるとバスターミナルがあり、市内を走るバスはそこから出発していた。歩道橋の近くにはAMERICAN EXPRESSのカトマンズ支社があったため、俺はまずそこにたちよった。

その理由は、再発行を依頼していたトラベラーズチェックを受け取るためだ。実はヴァラナスィで200ドル分のトラベラーズチェックを紛失してしまっていたのだった。世の中というのは便利なもので、ヴァラナスィで紛失した際にアジアパシフィック窓口としてオーストラリアに電話がかかり、2月下旬にはカトマンズにいるだろうと伝えておくと実際にここでこうして受け取れる。さらにAMEXのようなオフィスは適度に冷房が効いているため、涼もうと思ったらこれほど居心地の良い場所はない。そんな形で資金源の補給をしてバス停にむかった。

バス停は、バスが止まる広場を囲むようにして露店が並び、他の街のターミナルと同じく活気のある場所だった。

バスで15〜20分ほど走ると、目的のバス停に着いたため、そこから歩いてパシュパティナートへ向った。入って少し進むと、すぐに川のような場所にぶつかる。通路があるのでそこを通って川を渡ると、自分が入ってきた場所を振り返ることができる。壁などがあってわからなかったが、川の入り口側では火葬をしていた。それも河沿いに5、6箇所の火葬台を設けて、それぞれで故人の遺体を焼いているのだった。

寺院をプラプラしているとサードゥーが列を成して座禅している。その目線は明らかに観光客に向けられており、その物珍しさに寄付をするお客もいた。かたやその一角から出ると、体を青白い灰でぬった独り者のサードゥーが回りを全く意に介さずに座禅をしている。

サードゥーも色々であろうが、当然ながら後者の独り者のサードゥーの方が、進むべき道を進んでいるように見えた。

日が傾き始めたので、3つめの目的地であるボダナートに向った。ここは中央に巨大な仏塔を配しており、その仏塔から寺院のいたるところにタルチョーをたなびかせていたため、それはどこかの国の大きなお祭りを彷彿とさせた。仏塔の一番高いところまで上がってみると、夕日に照らされた周りの素朴な町並みを眺めることができた。

また、眼下には、この仏塔に向って五体投地をしている人々が至るところで見られた。なんだか自分が頂点近くに立っていることが申し訳なくなってきたので少し降りることにしたが、そこから見上げるタルチョーは、夕日や町並みとカラフルに交じり合ってとても美しいものだった。

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第44回 カトマンズ

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第44回
2/28 カトマンズ

写真1「スワヤンブナートから見た朝日」
写真2「階段から見上げるスワヤンブナート」
写真3「スワヤンブナートの猿」

カトマンズ2日目。もはや夜明けとともに目を覚ますのが習慣になっていたが、今日は一層早く、夜明け前に目を覚ました。

理由は、スワヤンブナートというチベット仏教寺院で朝日を拝めたかったからだ。まだ暗いタメル地区を歩いて抜け、カトマンズを西の方に進む。ほの暗い道は、多くの路地が合流するに従ってぽつぽつと人が増えてきた。巡礼者のような人もいれば自分のような旅行者もいる。

街を抜け、開けた道に出ると、前方に高台が見え、その上にぼんやりととんがり帽子のような建物が見える。スワヤンブナート寺院だ。10分ほど歩くと寺院の境内の入り口にたどり着いた。境内の前にはいくつかの店が軒を連ね、屋台も点々といたので、一つの店で朝飯代わりにカレー味のスナックとチャイを腹にいれた。

腹ごしらえをすませたのでスワヤンブナート寺院に入ったのだが、寺院までの階段が結構急できつい。ひいひい言いながら登ると、さっきは遠くから見えたとんがり帽子がはっきりと目の前にそびえたった。それは大きな仏塔で、チベット仏教独特の目と鼻だけの絵が描かれていた。

巡礼者は仏塔に対して時計回りに巡礼をする。俺は仏塔の周りを回る前に柵の方へいき空を見上げた。しかし、カトマンズの空は曇って、太陽が見える気配がなかった。少し残念に感じ、仕方ないので仏塔の周りをまわることにした。スワヤンブナートはモンキーテンプルとも呼ばれているらしく、猿も大勢いた。寺院内を縦横無尽に走り回ったり、仏像が置かれている石塔の中を覗き込んだり、色々な猿がいてかわいいものだった。

俺はムクティナートでそうしたように、マニ車(仏典が書いてあってガラガラまわすやつ)をまわし、巡礼の真似事をした。太陽がいつか出ないだろうかと思いながら、1週しては猿を眺め、また1週しては猿を眺めた。30分ほどそうしていると、突然歌が歌われ始めた。

シンバルのような金物楽器や、鈴の音がゆったりとリズムを刻み、何人かの巡礼者によってやさしげな歌が歌われ始めた。俺は何となく立ち上がり、東の方へ向った。すると、空の雲間がじんわりと黄色く輝き始め、太陽が顔を出した。それはまるで夕日のように切なく、幸せな太陽だった。

雲に乱反射した太陽がその姿をあらわにするにしたがって、歌の力も込められていくようだった。しかし聞こえる歌声にはどこも力みがなく、幸せさだけが増幅していくような、不思議な感覚があり、それに包まれると全身の力が抜けていくようだった。

その明かりに照らされるカトマンズは、盆地らしく霧に包まれていた。

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写真1「タメル地区周辺1」
写真2「タメル地区周辺2」

バスは昼過ぎにカトマンズに到着した。泊まる場所を特に決めていなかったので、キマッている建築家に教えてもらうことにした。彼は前にもネパールを旅したことがあったのでこの土地には慣れているようだった。

建築家についていき、たどり着いたのはタメル地区と呼ばれる安宿街だった。バンコクでいうカオサンロードや、デリーでいうオールドバザールに近いところだ。建築家は部屋に入るなり、マックブックを取り出し、Itunesをスタートさせた。ちなみにこの頃の自分はItunesの存在など知らず、そのビジュアライザ効果にすこぶる驚かされた。

そして建築家の彼はドープな音楽の中で早速マリファナを吸い始めた。誰も聞いていないのに、「ああー、、、やっぱりジョイントが最高だね」とつぶやいている。

彼は一人で十分楽しそうだったので、俺は散歩がてら飯を食いにでかけた。カトマンズはごちゃごちゃした町だった。砂地の路地を抜けるとリキシャが往来している。白人旅行者や極東系旅行者を乗せて往来するリキシャの間を、マフラーをつけていない原付が走り回る。人ごみに突っ込む感じで走り、人波が割れる。原付の排気ガスは相当臭く、この匂いがカトマンズの匂いといってもいいほどだった。

フラフラ歩いていると迷い、穴倉のような狭い道を抜けると住宅地の真ん中にある広場に出る。どの通りにも面していない、その隔絶された広場で子供たちがサッカーをしていた。この雑然さは、アンナプルナのような人気のない山や、ポカラのような静かな街から来た自分にとっては新鮮だった。

ダルバートというネパリの常食を食べた。ダルバートはインドで言うターリーのようなもので、豆系のカレーをご飯にまぶして右手で食すものだ。ヨーグルトのようなものもついて80円程度だったと思う。俺は安くダルバートが食べられる店をみつけたので、カトマンズではよくここに立ちよった。

カトマンズにはダルバート広場と呼ばれる広場がある。飯のダルバートと同じ名前なのでわかりにくいが、雰囲気的にはフリーマーケットだ。売り物は主に神仏像などのみやげ物なので、特に自分が買いたいものもなかったのだが、夕暮れの中で暮れていくマーケットの哀愁が好きだった。

タメル地区のような場所も嫌いではないが、ダルバート広場のような、少し切なさを感じる場所の近くに宿を取りたいと感じた。人に話しを聞くと、この辺りにも安宿はあるとのことだったので、明日はダルバート広場周辺に移動をしようと決めた。

ポカラのバスターミナルはただの広場という感じだったが、1台限りのバスに多くの人が乗ろうとしていた。その大半は白人旅行者で、マオイストの影響でおこるストライキでポカラに閉じ込められる前に、カトマンズに抜けてしまおうという考えの人々だった。

白人旅行者の中にはこの寒い中半そでの人もいる。常々思うのだが、彼らの体温感覚はアジア人と異なるのだろうか?見ているこちらが風邪をひきそうな気分になる。

今日はこのバスにのってカトマンズまで行くのだ。そのために朝早くからこのバスターミナルへやってきて、この唯一のバスに乗る。「ストライキは今にも起きるだろうといわれていて、もしかしたらこのバスがカトマンズへいける最後の1便かもしれない。これ以降はまた1週間近くストライキに入ってしまうだろう。」そのヴィノの忠告に従うことにした。

アイスランド・ゲストハウスの宿泊者で今日そのバスを利用しようとしていたのは俺だけではなく、おとといの晩から酩酊し続けていた1人の男も同じく今日カトマンズに行こうとしていた。昨晩も相当キマッていたらしく、この早い朝は彼にとってはかなりきついようだった。

彼は日本では建築デザイナーをしているらしく、長い髪を後ろで束ねた、ある意味旅人らしい風貌の男性だった。その建築家はヴィノととても仲がよかったこともあり、ヴィノはターミナルまでわざわざ我々を見送りにきていた。

建築家は英語を話さないのでヴィノは日本語で会話をするのだが、このやり取りを見ていて面白いことを感じた。英語を話すヴィノはとても堂々としていたが、日本語を話すヴィノはとても卑屈だった。それは単に会話力の差が原因なのだが、その差が、彼の人間性を大きく変えていた。

彼は英語に比べてわずかに日本語が下手なため、いわゆる「怪しいネパール人」らしさがにじみ出てしまうのだ。一方、英語を話すときは、さすがホテルマンとして鍛えただけあり、「頼れる紳士」という感じだ。ヴィノが性格を使い分けているわけではない。言語のスキルの差がそうさせているのだ。

だから、俺にとって彼は「頼れる紳士」だったのが、建築家にとっては「怪しいネパール人」でしかないのだ。こういうギャップはおそらく旅路のいたるところに存在する。旅先で出会う日本人バックパッカーは、「あの怪しいインド人がさあ…」とかいう笑い話をする。そういう人に限って英語でコミュニケーションを取ろうとしない人が多いように感じた。

コミュニケーションが少なければ少ないほど謎が多くなるのは当然だ。しかし、そういう同国の旅行者を一概に否定するつもりは全くない。実際に怪しい人も多いし、そういう謎めきを敢えて楽しむ旅行者だっているからだ。ただ、英語を使ってインド人・ネパール人と話をする欧米などの旅行者と、日本語しか使わない日本人旅行者が見る物の大きな違いは、確実に存在するのだと思う。

ニワトリの声以外にも、他の鳥や車の音が賑やかになってきたころ、バスが出発した。すでに日本を発ってから20日がすぎていた。ようやくカトマンズまで行くのかという感じだ。

建築家は話好きらしく、バスの道中しきりに話続けていた。
「全くマオイストには参るなー。カトマン行った後どうしようかなー。ホーリーまでにはインド入っときたいんだよねー。いやー、ホーリーの時にゴアに居られたら、もうこれは、ブリブリだろぉなぁー、たまんねぇなぁぁー….。こりゃヴァラナスィはスルーだなぁー。まあ、前もいったしいいかぁ。」

半分眠りながら、生返事をするのだが、彼はひたすら話続ける。
「いやー、ポカラはいいよねぇぇ。人間やめたくなるよ。こないだヴィノなんかひどいんだぜぇ、カウチでブリブリになって白目むきながら「ハァァー。。。」だぜぇ、笑っちゃうよ、あいつ、ヒャヒャヒャ…。」

始終こんな具合だ。面白い人だ。途中のランチ休憩も、食後に皆昼寝をしたり一服をしたりするところを、彼は一人テーブルに腰を下ろし黙々と作業に取り組んでいた。

何をしているのか彼に聞くと、彼は、
「ウフ。お弁当作ってるの。」
といいながら、タバコの葉とマリファナを混ぜ、ペーパーで一つ一つ丹念に巻いていた。それらをタバコの箱に丁寧にしまった。彼はそれをお弁当と呼んでいたのだ。

良くも悪くも、この人といると退屈しないな、と俺は思った。

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