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			<title>A WALKLOG</title>
			<description>海外旅行記のブログです。
約1月半にわたるインド、ネパールの旅行記です。
今後はタイ、マレーシア、シンガポール、韓国なんかも追記していこうと思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nileriver702000</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>A WALKLOG</title>
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			<description>海外旅行記のブログです。
約1月半にわたるインド、ネパールの旅行記です。
今後はタイ、マレーシア、シンガポール、韓国なんかも追記していこうと思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nileriver702000</link>
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		<item>
			<title>第46回　カトマンズ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/04/27606304/img_0?1244251148&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/04/27606304/img_1?1244251148&quot; width=&quot;426&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/04/27606304/img_2?1244251148&quot; width=&quot;500&quot;&gt;&lt;br /&gt;
2/29　カトマンズ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タメル地区の宿は、いわゆる沈没系のバックパッカーが多く、俺とともにポカラから移動してきた建築デザイナーも日がな一日マリファナを吸う生活を送っているようだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジョムソン街道で長い間一人で歩き続けたせいか、早くまた一人になりたいと思うようになり、宿をダルバール広場前に変えたのだが、おかげで少し落ち着いた気分になっていた。今日は古都とよばれているパタンに行き、寺院などを見て回ろうと思っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
パタンは日本でいえば京都のようなところで、カトマンズの中では比較的整備された綺麗な町だ。適当にフラフラ歩いていると、家族連れとよくすれ違う。カトマンズ中心地と同じく、パタンにもダルバール広場というものがあって、そこに座って往来をながめていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウォーという、ネパール版お好み焼きを出す店があったので昼飯を食べにいった。今ではもうその味も忘れてしまったが、おばあさんがセカセカとウォーを焼く店で、細長い入り口のあたりに座らされてそれを食した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特に何が起きるわけでもなかったが、随分と落ち着いた１日を過ごすことができた。古都として落ち着いているせいだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
写真１「パタン　ダルバール広場の往来」&lt;br /&gt;
写真２「黄金寺院に祭られた猿」&lt;br /&gt;
写真３「カトマンズ市内の寺院」</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nileriver702000/27606304.html</link>
			<pubDate>Sat, 06 Jun 2009 10:19:08 +0900</pubDate>
			<category>旅行</category>
		</item>
		<item>
			<title>第45回　カトマンズ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/50/24140750/img_0?1235490749&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/50/24140750/img_1?1235490749&quot; width=&quot;512&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/50/24140750/img_2?1235490749&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
写真１：パシュパティナートのあやしいサードゥーたち&lt;br /&gt;
写真２：パシュパティナートの独り者のサードゥー&lt;br /&gt;
写真３：ボダナートの中央仏塔から広がるタルチョー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝スワヤンブナートを訪れた自分は、同じ日にパシュパティナートというヒンドゥー教寺院とボダナートというチベット仏教寺院を訪れたいと思っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
○○ナートと付く寺院はカトマンズ市内に3つあり、どれもバスをつかえばすぐに見て回れる距離にあったため、できるだけ近いタイミングでそれぞれを見比べて、自分がどう感じるかを考えてみたかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カトマンズ中心部からやや東の位置に歩道橋をわたるとバスターミナルがあり、市内を走るバスはそこから出発していた。歩道橋の近くにはAMERICAN　EXPRESSのカトマンズ支社があったため、俺はまずそこにたちよった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その理由は、再発行を依頼していたトラベラーズチェックを受け取るためだ。実はヴァラナスィで200ドル分のトラベラーズチェックを紛失してしまっていたのだった。世の中というのは便利なもので、ヴァラナスィで紛失した際にアジアパシフィック窓口としてオーストラリアに電話がかかり、2月下旬にはカトマンズにいるだろうと伝えておくと実際にここでこうして受け取れる。さらにAMEXのようなオフィスは適度に冷房が効いているため、涼もうと思ったらこれほど居心地の良い場所はない。そんな形で資金源の補給をしてバス停にむかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バス停は、バスが止まる広場を囲むようにして露店が並び、他の街のターミナルと同じく活気のある場所だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バスで15～20分ほど走ると、目的のバス停に着いたため、そこから歩いてパシュパティナートへ向った。入って少し進むと、すぐに川のような場所にぶつかる。通路があるのでそこを通って川を渡ると、自分が入ってきた場所を振り返ることができる。壁などがあってわからなかったが、川の入り口側では火葬をしていた。それも河沿いに５、６箇所の火葬台を設けて、それぞれで故人の遺体を焼いているのだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
寺院をプラプラしているとサードゥーが列を成して座禅している。その目線は明らかに観光客に向けられており、その物珍しさに寄付をするお客もいた。かたやその一角から出ると、体を青白い灰でぬった独り者のサードゥーが回りを全く意に介さずに座禅をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
サードゥーも色々であろうが、当然ながら後者の独り者のサードゥーの方が、進むべき道を進んでいるように見えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日が傾き始めたので、3つめの目的地であるボダナートに向った。ここは中央に巨大な仏塔を配しており、その仏塔から寺院のいたるところにタルチョーをたなびかせていたため、それはどこかの国の大きなお祭りを彷彿とさせた。仏塔の一番高いところまで上がってみると、夕日に照らされた周りの素朴な町並みを眺めることができた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、眼下には、この仏塔に向って五体投地をしている人々が至るところで見られた。なんだか自分が頂点近くに立っていることが申し訳なくなってきたので少し降りることにしたが、そこから見上げるタルチョーは、夕日や町並みとカラフルに交じり合ってとても美しいものだった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nileriver702000/24140750.html</link>
			<pubDate>Wed, 25 Feb 2009 00:52:29 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>第44回　カトマンズ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/07/10102507/img_0?1212665132&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/07/10102507/img_1?1212665132&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/07/10102507/img_2?1212665132&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
第44回&lt;br /&gt;
2/28　カトマンズ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
写真１「スワヤンブナートから見た朝日」&lt;br /&gt;
写真２「階段から見上げるスワヤンブナート」&lt;br /&gt;
写真３「スワヤンブナートの猿」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カトマンズ2日目。もはや夜明けとともに目を覚ますのが習慣になっていたが、今日は一層早く、夜明け前に目を覚ました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
理由は、スワヤンブナートというチベット仏教寺院で朝日を拝めたかったからだ。まだ暗いタメル地区を歩いて抜け、カトマンズを西の方に進む。ほの暗い道は、多くの路地が合流するに従ってぽつぽつと人が増えてきた。巡礼者のような人もいれば自分のような旅行者もいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
街を抜け、開けた道に出ると、前方に高台が見え、その上にぼんやりととんがり帽子のような建物が見える。スワヤンブナート寺院だ。10分ほど歩くと寺院の境内の入り口にたどり着いた。境内の前にはいくつかの店が軒を連ね、屋台も点々といたので、一つの店で朝飯代わりにカレー味のスナックとチャイを腹にいれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
腹ごしらえをすませたのでスワヤンブナート寺院に入ったのだが、寺院までの階段が結構急できつい。ひいひい言いながら登ると、さっきは遠くから見えたとんがり帽子がはっきりと目の前にそびえたった。それは大きな仏塔で、チベット仏教独特の目と鼻だけの絵が描かれていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
巡礼者は仏塔に対して時計回りに巡礼をする。俺は仏塔の周りを回る前に柵の方へいき空を見上げた。しかし、カトマンズの空は曇って、太陽が見える気配がなかった。少し残念に感じ、仕方ないので仏塔の周りをまわることにした。スワヤンブナートはモンキーテンプルとも呼ばれているらしく、猿も大勢いた。寺院内を縦横無尽に走り回ったり、仏像が置かれている石塔の中を覗き込んだり、色々な猿がいてかわいいものだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
俺はムクティナートでそうしたように、マニ車（仏典が書いてあってガラガラまわすやつ）をまわし、巡礼の真似事をした。太陽がいつか出ないだろうかと思いながら、1週しては猿を眺め、また1週しては猿を眺めた。30分ほどそうしていると、突然歌が歌われ始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
シンバルのような金物楽器や、鈴の音がゆったりとリズムを刻み、何人かの巡礼者によってやさしげな歌が歌われ始めた。俺は何となく立ち上がり、東の方へ向った。すると、空の雲間がじんわりと黄色く輝き始め、太陽が顔を出した。それはまるで夕日のように切なく、幸せな太陽だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
雲に乱反射した太陽がその姿をあらわにするにしたがって、歌の力も込められていくようだった。しかし聞こえる歌声にはどこも力みがなく、幸せさだけが増幅していくような、不思議な感覚があり、それに包まれると全身の力が抜けていくようだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その明かりに照らされるカトマンズは、盆地らしく霧に包まれていた。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nileriver702000/10102507.html</link>
			<pubDate>Thu, 05 Jun 2008 20:25:32 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>第43回　2/27　カトマンズ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/14/9990914/img_0?1212506331&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/14/9990914/img_1?1212506331&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
写真１「タメル地区周辺1」&lt;br /&gt;
写真２「タメル地区周辺2」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バスは昼過ぎにカトマンズに到着した。泊まる場所を特に決めていなかったので、キマッている建築家に教えてもらうことにした。彼は前にもネパールを旅したことがあったのでこの土地には慣れているようだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
建築家についていき、たどり着いたのはタメル地区と呼ばれる安宿街だった。バンコクでいうカオサンロードや、デリーでいうオールドバザールに近いところだ。建築家は部屋に入るなり、マックブックを取り出し、Itunesをスタートさせた。ちなみにこの頃の自分はItunesの存在など知らず、そのビジュアライザ効果にすこぶる驚かされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして建築家の彼はドープな音楽の中で早速マリファナを吸い始めた。誰も聞いていないのに、「ああー、、、やっぱりジョイントが最高だね」とつぶやいている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は一人で十分楽しそうだったので、俺は散歩がてら飯を食いにでかけた。カトマンズはごちゃごちゃした町だった。砂地の路地を抜けるとリキシャが往来している。白人旅行者や極東系旅行者を乗せて往来するリキシャの間を、マフラーをつけていない原付が走り回る。人ごみに突っ込む感じで走り、人波が割れる。原付の排気ガスは相当臭く、この匂いがカトマンズの匂いといってもいいほどだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フラフラ歩いていると迷い、穴倉のような狭い道を抜けると住宅地の真ん中にある広場に出る。どの通りにも面していない、その隔絶された広場で子供たちがサッカーをしていた。この雑然さは、アンナプルナのような人気のない山や、ポカラのような静かな街から来た自分にとっては新鮮だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダルバートというネパリの常食を食べた。ダルバートはインドで言うターリーのようなもので、豆系のカレーをご飯にまぶして右手で食すものだ。ヨーグルトのようなものもついて80円程度だったと思う。俺は安くダルバートが食べられる店をみつけたので、カトマンズではよくここに立ちよった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カトマンズにはダルバート広場と呼ばれる広場がある。飯のダルバートと同じ名前なのでわかりにくいが、雰囲気的にはフリーマーケットだ。売り物は主に神仏像などのみやげ物なので、特に自分が買いたいものもなかったのだが、夕暮れの中で暮れていくマーケットの哀愁が好きだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タメル地区のような場所も嫌いではないが、ダルバート広場のような、少し切なさを感じる場所の近くに宿を取りたいと感じた。人に話しを聞くと、この辺りにも安宿はあるとのことだったので、明日はダルバート広場周辺に移動をしようと決めた。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nileriver702000/9990914.html</link>
			<pubDate>Wed, 04 Jun 2008 00:18:51 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>第42回 2/27　ポカラ→カトマンズ</title>
			<description>ポカラのバスターミナルはただの広場という感じだったが、1台限りのバスに多くの人が乗ろうとしていた。その大半は白人旅行者で、マオイストの影響でおこるストライキでポカラに閉じ込められる前に、カトマンズに抜けてしまおうという考えの人々だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
白人旅行者の中にはこの寒い中半そでの人もいる。常々思うのだが、彼らの体温感覚はアジア人と異なるのだろうか？見ているこちらが風邪をひきそうな気分になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日はこのバスにのってカトマンズまで行くのだ。そのために朝早くからこのバスターミナルへやってきて、この唯一のバスに乗る。「ストライキは今にも起きるだろうといわれていて、もしかしたらこのバスがカトマンズへいける最後の1便かもしれない。これ以降はまた1週間近くストライキに入ってしまうだろう。」そのヴィノの忠告に従うことにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アイスランド･ゲストハウスの宿泊者で今日そのバスを利用しようとしていたのは俺だけではなく、おとといの晩から酩酊し続けていた1人の男も同じく今日カトマンズに行こうとしていた。昨晩も相当キマッていたらしく、この早い朝は彼にとってはかなりきついようだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は日本では建築デザイナーをしているらしく、長い髪を後ろで束ねた、ある意味旅人らしい風貌の男性だった。その建築家はヴィノととても仲がよかったこともあり、ヴィノはターミナルまでわざわざ我々を見送りにきていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
建築家は英語を話さないのでヴィノは日本語で会話をするのだが、このやり取りを見ていて面白いことを感じた。英語を話すヴィノはとても堂々としていたが、日本語を話すヴィノはとても卑屈だった。それは単に会話力の差が原因なのだが、その差が、彼の人間性を大きく変えていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は英語に比べてわずかに日本語が下手なため、いわゆる「怪しいネパール人」らしさがにじみ出てしまうのだ。一方、英語を話すときは、さすがホテルマンとして鍛えただけあり、「頼れる紳士」という感じだ。ヴィノが性格を使い分けているわけではない。言語のスキルの差がそうさせているのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だから、俺にとって彼は「頼れる紳士」だったのが、建築家にとっては「怪しいネパール人」でしかないのだ。こういうギャップはおそらく旅路のいたるところに存在する。旅先で出会う日本人バックパッカーは、「あの怪しいインド人がさあ…」とかいう笑い話をする。そういう人に限って英語でコミュニケーションを取ろうとしない人が多いように感じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コミュニケーションが少なければ少ないほど謎が多くなるのは当然だ。しかし、そういう同国の旅行者を一概に否定するつもりは全くない。実際に怪しい人も多いし、そういう謎めきを敢えて楽しむ旅行者だっているからだ。ただ、英語を使ってインド人・ネパール人と話をする欧米などの旅行者と、日本語しか使わない日本人旅行者が見る物の大きな違いは、確実に存在するのだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ニワトリの声以外にも、他の鳥や車の音が賑やかになってきたころ、バスが出発した。すでに日本を発ってから20日がすぎていた。ようやくカトマンズまで行くのかという感じだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
建築家は話好きらしく、バスの道中しきりに話続けていた。&lt;br /&gt;
「全くマオイストには参るなー。カトマン行った後どうしようかなー。ホーリーまでにはインド入っときたいんだよねー。いやー、ホーリーの時にゴアに居られたら、もうこれは、ブリブリだろぉなぁー、たまんねぇなぁぁー….。こりゃヴァラナスィはスルーだなぁー。まあ、前もいったしいいかぁ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
半分眠りながら、生返事をするのだが、彼はひたすら話続ける。&lt;br /&gt;
「いやー、ポカラはいいよねぇぇ。人間やめたくなるよ。こないだヴィノなんかひどいんだぜぇ、カウチでブリブリになって白目むきながら「ハァァー。。。」だぜぇ、笑っちゃうよ、あいつ、ヒャヒャヒャ…。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
始終こんな具合だ。面白い人だ。途中のランチ休憩も、食後に皆昼寝をしたり一服をしたりするところを、彼は一人テーブルに腰を下ろし黙々と作業に取り組んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何をしているのか彼に聞くと、彼は、&lt;br /&gt;
「ウフ。お弁当作ってるの。」&lt;br /&gt;
といいながら、タバコの葉とマリファナを混ぜ、ペーパーで一つ一つ丹念に巻いていた。それらをタバコの箱に丁寧にしまった。彼はそれをお弁当と呼んでいたのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
良くも悪くも、この人といると退屈しないな、と俺は思った。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nileriver702000/2427546.html</link>
			<pubDate>Wed, 13 Feb 2008 23:14:25 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>第41回　2/26　ポカラ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/63/2103663/img_0?1202401523&quot; width=&quot;512&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/63/2103663/img_1?1202401523&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/63/2103663/img_2?1202401523&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/63/2103663/img_3?1202401523&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/63/2103663/img_4?1202401523&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
ポカラのアイスランドゲストハウスで目を覚ました。十分に眠ったのでトレッキングの疲れも取れたようだ。昨日は1週間近くのジョムソントレッキングからポカラの町に戻った。アイスランドゲストハウスでは、俺が最初泊まった日にいた日本人は皆旅立ってしまっており、変わりに日本人の男が3人いた。彼らはカウチでハウスをかけながら夜風を浴びていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
簡単な挨拶をし、俺もタバコを一服するために彼らに混じったが、彼らはみな、いわゆる酩酊していた。回し呑みをしたり、ハシシケーキを食していた。日が暮れる前からそのようにしていたのかわからないが、俺は「ごゆっくり」という感じで、タバコを1本だけ吸って部屋に戻り、眠ったのだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日は一日ポカラでゆっくりするつもりだった。しかし明日にはカトマンズに向うようにしたほうがよいだろう。なぜなら、トレッキング中でも噂されていたように、マオイストのストライキが今にも始まりそうな雰囲気だったからだ。いずれにせよ、アイスランドの宿主であるヴィノにも金を返さなくてはならなかったし、バスは予約しなくてはいけなかったので、今日はポカラで足止めだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヴィノへの借金返済のために両替所に行き、トレッキングシューズ・ウェアを返却した。ヴィノに4,000ネパールRsを返すときに思い出したのが、「警察への届出」だ。財布を盗まれていたので、よく考えたら警察に届けなくてはならなかった。とはいっても俺は旅行保険に入っていなかったのであまり意味はないのだが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしヴィノはこういった。「ぶっちゃけ、旅行保険にこれから入って、盗難にあったと虚偽申請すればよい。証拠なんてないんだから。だいたい君は実際に盗難にあっているし。」&lt;br /&gt;
そんなことが可能なのだろうか？？&lt;br /&gt;
「欧米の旅行者は結構やっているみたいだよ。やるかやらないかは君次第だから、別に強制するつもりは全くないけど。」とヴィノは言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
保険金をもらおうなどというつもりは全くなかったが、万が一届けられているかもしれないとも思ったので、ヴィノの原付で警察署にいった。警察にことの顛末を話すと、「シッシッ」という感じで追い払われた。しかも盗まれたのが1週間前だと聞くと、その警官は信じられないという顔つきで「そんなもの補償の対象になるわけないだろ。アホか。盗まれたお前が悪い。早く帰れ。」と言い放たれた。これ以上話をしても、その高慢な態度に腹が立つ一方なので、ゲストハウスに戻ることにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ひと段落ついたところで、ヴィノに4,000ネパールRsを返した。彼にはとにかく色々世話をしてもらったので、200Rsほどチップの意味合いで色をつけた。すると彼はとても喜んだ。&lt;br /&gt;
「日本人でチップをくれたのは、君が始めてだ。とても嬉しいから、君を今日夕食に招待するよ！」と言ってくれたのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな彼の夕食を楽しみにしつつ、ポカラの最後の日をどう過ごそうか考えた。しばらくは日本に手紙を書いたり、妙にやせて汚れた自分の顔を見ながらほくそ笑んだりしていたが、どうもジッとしていられないタチらしく、自転車を借りて出かけることにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
めずらしく地図も見ずに、適当に走り回ってみた。ポカラはそれほど交通量も多くなく、治安が悪い雰囲気もなかったため、それが可能だった。レイクサイド周辺で湖を眺めたり、川の近くの工事を眺めたり、気楽な一日をすごした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夜は約束どおりヴィノにダルバートを振舞ってもらった。ダルバートはインドでいうターリーみたいなもので、ご飯と豆スープ的なものが一つのプレートに乗っている、いわゆるネパール人の平均的な食事だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正直味はまあまあだったが、礼には礼で答えるという彼の誠実さに感動した。そもそも、彼は俺に礼をつくす必然性などないのだ。なぜなら俺がヴィノにあげたチップは、彼からの借金に対する利子のようなもので、彼が俺に金を貸す義理などないはずだからだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヴィノの経営哲学は、「人を騙す」のではなく「ブランドをつくる」という感じに近かった。素直に旅行者の口コミを信じてゲストハウスを経営していた。&lt;br /&gt;
今これを書きながらよく考えると、もうあれから4年も経ってしまった。礼をつくしてくれた彼に答えるには、しっかりと俺のような旅行者がアイスランドゲストハウスの良さを伝えていかなければいかないのだろうなあと思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、そこに招かれていたのは俺だけでなく、昨晩酩酊していたメンバーのリーダー格のような人も一緒に来ていた。彼はいわゆるリピーターで、以前ここに来たときにヴィノと意気投合したそうだった。そんな縁もあり、彼と翌日カトマンズへのバスを共にすることになったのだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
写真１～５「ポカラの風景」</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nileriver702000/2103663.html</link>
			<pubDate>Fri, 08 Feb 2008 01:25:23 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>第40回 2/25　ゴレパニ→ポカラ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/97/1445097/img_0?1201095212&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/97/1445097/img_1?1201095212&quot; width=&quot;512&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/97/1445097/img_2?1201095212&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/97/1445097/img_3?1201095212&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
俺は出発の準備が出来ていたが、ポーターはまだ来ない。まだ夜明け前だから仕方ないと思うかもしれないが、ゴレパニから1時間弱ほどのぼったプーンヒルという丘から朝日を眺めたかったのでこれほど早く起きたのだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
俺はポーターを昨日まで誠実な男だと勝手に思い込んでいたが、昨晩の寝島に突然部屋にやってきて、「村のかわいい女の子を見つけて、これから泊まりにいくことになった。せっかく部屋代を払ってもらって悪いが、明日の朝また迎えに来る」といい、そのまま今日の朝になっても来ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
プーンヒルへは一人で行ってもよかったのだが、そのままはぐれっぱなしになるのも面倒だったので、他の登山客がプーンヒルに向って出発するのを見送りながら、少しばかりイライラしながら待っていた。&lt;br /&gt;
空が白んできた頃、あわてて彼が迎えにきた。明らかに寝起きの顔だ。「まあ、昨日女の子と楽しみすぎて疲れたのだろう」と自分を納得させ、プーンヒルへ出発した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また3000M以上まで登ったはいいが、曇り空でしかも霞がかかっていたため、何も見えなかった。本来であればアンナプルナの山脈が見渡せるということなのだが、これは残念だった。昨日のフランス人もおり、少しばかりへこみ気味だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
見えないものは仕方ないので、ゴレパニまで降り、荷物をまとめて下山することにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日はガンドルンという村まで降りて一泊する予定だったのだが、ポーターからこんな提案をされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「実はマオイストの影響で、ここ数日中にカトマンズとポカラで大規模なストライキが起きるかもしれないらしい。君はもし下山後にカトマンズに向う予定なら、寄り道はしないで早くポカラまで戻った方がいい。一度ストライキが起きてしまうと、ポカラからカトマンズ行きのバスも足止めされてしまうので、動きが取れなくなってしまう。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それはとても困る。ストが起きる確証はないが、こればかりはネパリにも予測できないことだ。事実、これまでにも何度かストはあった。それだけ政情が過敏だということなのだろう。俺は、ガンドルンを諦めるのが辛かったが、「もしストがおきたら…」という不安を抱えながら旅をするのも嫌だったので、ポーターの助言に従い、今日ポカラまで一気に下山することに決めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と、そこまではよかったが、ポーターはさらにこんなことを言い始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もし今日ポカラまで行く予定なら、自分の友達も同行させてほしい。彼らもカトマンズに行くつもりだから、早くポカラまで降りてしまう必要がある。いいか？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
見ると、5人くらいの青年たちがいる。彼らは俺の存在を認識していたが、特に仲良くする様子もない。俺はあまり乗り気はしなかった。別に彼らに挨拶をしてほしいとかそういうことではなく、自分の下山のペースを崩されてしまいそうな気がしたからだ。しかし、そうはいってもカトマンズに行くことは変わりがない。俺は仕方なくOKをした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして出発をした。20分ほども歩くと、そんな嫌な予感は的中した。俺は道中、よく立ち止まってはカメラを取り出して風景を撮影したりするのだが、ポーターの友達はそんなことはお構い無しにどんどん先に行く。それだけならまだしも、ポーターも友達のペースで進んでいってしまう。ポーターは俺の荷物を持っているので、それでは俺が困ってしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いたるところで景色を眺めて楽しみたかったのだが、彼らにとっては飽きるほど見た風景だ。ポーター以外は俺に何の義理もないので、彼らのペースでしか歩かない。そんなことを繰り返しているうちに、ポーターは友達とばかり話をし始めた。まだ10代の青年だから、気持ちもわからなくはなかったが、それでも俺はキッチリと金を払う契約をしている。だんだんと納得がいかなくなってきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで俺はポーターに提案した。&lt;br /&gt;
俺「君もカトマンズに行く予定なら、友達と一緒に行ったらいい。俺は自分のペースでゆっくり下山したいので、ここで契約終了させてくれ。お金は半分しか払えないが、いいか？」&lt;br /&gt;
ポーター（P）「いや、契約は下山までだからお金は全額払ってもらわないと困るよ。何か気分でも害したか？」&lt;br /&gt;
俺「契約をしていることを自覚しているなら、ちゃんと俺のペースにあわせてくれ。」&lt;br /&gt;
P「それでもストがおきては困るから、友達も急いでいるんだ。仕方ないじゃないか。」&lt;br /&gt;
俺「君はポーターの仕事をせずに、友達と話してばかりいるじゃないか。」&lt;br /&gt;
P「あなたはおかしな人だな。俺はポーターだから荷物をちゃんと持っているじゃないか。そういう文句はガイドに行ってくれ。俺はガイドじゃないんだ。でも、ポーターの仕事はちゃんとしているよ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼の言い分にも確かに理屈はなくはないのだが、朝から彼に募っていた不信感もあり、ものすごく頭に来てしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
俺「君の仕事はいい加減だ。昨日までは誠実な人だと思っていたが、今日の朝も約束を守らないし。大体契約金には部屋代も含まれているのに、君は外泊して部屋を使わなかったじゃないか。納得がいかなさすぎる。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼の表情も変わってきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
P「納得がいかないのは俺の方だ。仕事をしっかりやっているのに金を払わないだと。今まで色んな旅行者の荷物を持ってきたが、そんなことをいうのはお前ら日本人だけだよ。」&lt;br /&gt;
俺「違う。いい加減な仕事をしているお前に問題があるんだろう。もういい、話にならない。君はクビだ。早く荷物を置いて友達と一緒に行ってしまえ。」&lt;br /&gt;
P「嫌だね。荷物は返さない。お前は嘘つきだ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼も本当に腹を立てていた。もはや彼は俺のペースに合わせる気遣いの欠片もなくし、俺の荷物を人質にとったかのように、友達とズンズン進んでいくではないか。彼が友達においつくと、友達は「どうしたんだ。」という感じの表情をしていた。彼はおそらく「あの日本人がわけのわからないことを言い始めたんだ。」というようなことをいっているのだろう、みんなで「やれやれだな」という顔をし、チラチラとこちらを見やっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうなってしまうと、どれだけ俺が意地を張ってゆっくり歩いても無意味なことだ。いつの間にか立場が逆転し、俺が彼のペースに合わせなくてはならなくなっていた。もはや周りをみる気すら起きず、とても嫌な気分に包まれていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しばらく進むと、ロッジが一つ見えてきた。彼らはロッジを無視して通り過ぎようとしたが、俺は大声で「ここで休憩する。止まらないなら金は払わないぞ！」と叫び、彼らを呼び戻した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ロッジに入っても当然同じテーブルに座るわけでもなく、一人でチャイをすすっていた。とても悲しく、寂しい気分だった。この1週間の旅のしめくくりにこんな形で終わってしまうことや、ずっと1人で旅してきたにもかかわらずなぜか孤立していることを考えるとそんな気分になるしかなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして何より、別にどちらが悪いわけではないのが最も悲しかった。ポーターにしても友達にしても、好きでこのような状況にしているわけではなかった。そもそもマオイストがいけないのだ。いや、マオイストが活動するのは政情に問題があるからだ…。という風に、どこに責任追及をすればよいかわからなかった。このような政情下で暮らすネパール人は、常にこのようなやるせない気持ちに包まれて生きていかないといけないのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局、ポーターを憎んでも何にもならない、ということだけは自分の中で整理がついた。少し納得がいかなかったが、俺は2日分の契約賃金を彼に支払い、自分の荷物を背負い彼らより先に店を出た。いずれにしても、もう俺は彼とは一緒にいたくなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
改めて一人で歩くと、何だか開放された気分になった。後１時間ほどくだればポカラ行きのバスが出るバス亭に到着する予定だ。山すそに広がる棚田がとても綺麗だった。また、下山間際では、インドとの国境スノウリで部屋をシェアしたイタリア人がこれから登山するところをすれ違った。相手の幸運を祈りながら進み、バス亭に到着した。ポカラに戻った俺は、町の大きさに戸惑いつつ、久方ぶりのネパリステーキをおいしく頂いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
計6日間にわたり入山していたジョムソン街道のトレッキングがこの時点で終了した。初日の朝から盗難騒動でバタバタし、不安定なプロペラ機にのりながらそのまま高山病まがいで不眠となり、ろくに人と話さず4日間近く風呂にも入らず、温泉でスッキリしたと思ったらポーターと大喧嘩だ。&lt;br /&gt;
チベット的な痩せた土地を見て心を空っぽにしたかと思えばマオイストがいる現実を突きつけられる。ただ山を登り、降りただけなのだが、この6日間は今振り返っても貴重な6日間だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
写真１「何も見えないプーンヒルと、ジャンレノ嫌いの仏人（右端）」&lt;br /&gt;
写真２「棚田　遠景」&lt;br /&gt;
写真３「棚田　近景」&lt;br /&gt;
写真４「下山口近く」</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nileriver702000/1445097.html</link>
			<pubDate>Wed, 23 Jan 2008 22:33:32 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>第39回 2/24　タトパニ→ゴレパニ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/08/1007208/img_0?1200074309&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/08/1007208/img_1?1200074309&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/08/1007208/img_2?1200074309&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
朝一も川の温泉につかり、タトパニを出発した。今日の目的は、再度山を登り、ゴレパニという高地にいくことだった。タトパニは標高約1000M、ゴレパニは約2800Mと急な道になる。また、ゴレパニからポカラへ帰る途中、ガンドルンという場所にもよろうと思っていたが、そのあたりでは殺人もするような山賊が出るとのことだった。いずれにせよ一人歩きは避けるべきだと思ったので、ここタトパニで、400Rsでポーターを一人雇うことにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
17、18歳くらいの年齢の若い青年で、かなりひょろっとしていた。俺のバックパックをちゃんとかつげるのかと、少し不安だったが、やはりそこは地元の人だけあって大丈夫だった。かなり急な石段の上り坂をグイグイ登っていく。俺はこのトレッキングで初めて荷物を背負わずにすみ、かなり気分よく登山をすることができた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は謙虚な青年だった。ポカラに彼女がいるとのことで、俺をポカラまで送ったらそのまま彼女に会いにいくのだと言っていた。15分に一度ほど休憩をする度に俺はタバコを一服していたのだが、彼に勧めると喜んで吸った。しかし彼からねだることは決してなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
道のりはかなりうっそうとした森、という感じだった。これまでのルートがかなり開けていたため、この風景はかなり新鮮だった。森があるということは、それだけ湿度も豊富なのだろう。その証拠に、登れば登るほど霧が深くなっていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昼食をとるためにある集落に寄った。頑固そうなおじいさんが一人で経営しているロッジに入ったのだが、ポーターとおじいさんが微妙な距離感で会話をしているのが印象的だった。地元の言葉なので何を言っているのかサッパリわからなかったが。&lt;br /&gt;
俺のような旅行者から見ると、このポーターもロッジのおじいさんも同じ山に住んでいるのだから親しい仲だと思うのだが、何だかよそよそしい。集落が違うとそれほど親しくしないのか、それとも2人の間に何かわだかまりのようなものがあるのか…。妄想の域は出なかったが、やけに興味深いやりとりだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昼食後もガシガシ登り、午後3時ごろにゴレパニに到着した。ナマステ・ロッジというところにチェックインし、自分の分とポーターの分の部屋をとった。ポーターの部屋は契約の400Rsの中に含まれているので、支払うのは自分の分だけだった。ポーターとはまた明日よろしくということで、一度ここで別行動とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
霧の深いゴレパニ村をフラフラ歩くと、物々しい集団がいた。よく見ると、若い女性なのに銃を背負っている。そんな人たちが10人ほどいる。ちょうど近くに一人のフランス人青年がおり、彼が教えてくれたのによると、彼らはマオイストのようだった。&lt;br /&gt;
ポカラなどでは取り締まりが厳しいため、ちりぢりに山に潜んでいるそうだ。その一部がゴレパニに出てきたらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「しかしそんなに恐れる必要はない。彼らは挨拶をすれば普通に返してくれる。ためしに行ってみたらいい。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と、そのフランス青年のにわかに信じがたいアドバイスに身を任せ、マオイストの集団の方に一人で歩いていった。不思議と威圧感は感じない。向こうは俺が旅行者だとわかると、にこやかに挨拶をしてくれた。それを見て俺も大分安心したが、「マオイストですか？」というような、妙な質問を投げかけるのはさすがにやめておこうと思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この件を通じて、フランス人青年とともに行動することになった。彼はポカラから登ってきたらしく、ゴレパニに滞在した後、ポカラに戻るかタトパニに降っていくかは決めていない、とのことだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それにしてもなかなか話の内容が面白い男だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フランス人の若者は皆昼間からワインを飲んで酔っ払っている、という母国の現状を馬鹿にしながら、自分も同じ部類だと認め、しかももうすぐ30歳になる自らを滑稽な男だと主張した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、ジャン・レノは日本で妙に人気があるが、フランスでは全然大したことがない、ということを熱弁した。俺はそもそもジャン・レノに興味がない、と彼に伝えたが、どうもジャン・レノが人気があるのが気に入らないらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、セルジュ・ゲンズブールの素晴らしさについても熱く語る男だった。&lt;br /&gt;
フランスのテレビ番組で、ゲンズブールがホイットニー・ヒューストンとテレビ電話で会話した際、ゲンズブールがずっとホイットニーに向けて甘いフランス語を語りかけていた。ホイットニーはフランス語がわからないので、「彼は何を言っているのかしら、とても気になるわ」ということを言っていた。その番組を見ていたフランス人は皆爆笑したそうだ。なぜなら、ゲンズブールが発していたフランス語は、英語に訳すと”I want to fXXk her”だったらしい。それをひたすら連呼していたそうなのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、サブライムが大好きらしい。これが俺と妙に意気投合した理由だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな彼と村を歩いていると、なんとこのような山岳地帯でバレーボール大会が開催されていた。どうも今日はゴレパニの（地元の人向けの）祭りの日らしい。我々は2人で、バレーコートの端に腰を下ろして試合を眺めていたが、割とお粗末な試合だった。まともにレシーブも出来ないようなプレイヤーばかりなのでボールが結構あちこちに飛ぶ。下手をすると1000M下までボールが転がっていくこともありえ、1日かけて取りにいく羽目にもなりそうだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フランス人はそれを眺めながら、事あるごとに”crazy”とつぶやいた。確かにそれはクレイジーな光景だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バレーも見飽きたので、近くの建物を見ると、地元の人が集まっているようだった。中をのぞくと、おじさんおばさんが火を囲んでいた。本当に地元の集まりだったので、彼らのほとんどは、我々を見て怪訝な表情をしたが、一人のおじさんが手招きして入れといってくれたため、暖を借りることができた。そうは言ってもどことなく招かれざる客という雰囲気はあった。モモを少しわけてもらいながらも、どことなく居場所がないなと思ってフランス人と顔を見合わせていると、ネパリの若者が4人ほど、ギターをかついで入ってきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼らは我々を見てwelcomeと言ってくれた。そしてネパール演歌を演奏して聞かせてくれた。一通り歌い終わると、ギターを弾けるかと聞いてきた。弾けると答えると、「何か外国の歌を歌ってくれ」と言われたので、beatlesのblackbirdを歌ってみた。2番くらいまで歌っていて感じたのだが、どうやら全く知らないらしく、ネパリたちはほとんど興味をなくしていた。フランス人だけが聞き入っていた。やはり我々は招かざる客だったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
写真１「ポーター」&lt;br /&gt;
写真２「ゴレパニへの森の道」&lt;br /&gt;
写真３「羊追い」</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nileriver702000/1007208.html</link>
			<pubDate>Sat, 12 Jan 2008 02:58:29 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>第38回 2/23　ガーサ→タトパニ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/55/953255/img_4?1199896256&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/55/953255/img_5?1199896256&quot; width=&quot;426&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/55/953255/img_6?1199896256&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/55/953255/img_7?1199896256&quot; width=&quot;426&quot;&gt;&lt;br /&gt;
昨日はドイツ人老夫婦と、ネパリのガイドとともに団欒をしながら食事をした。あいかわらず風呂には入れずじまいだったが、しっかりと眠ることができた。出発する際、昨日食事をともにしたメンバーと写真を撮影した。トレッキングを始めてからこのようなことは初めてで、少し嬉しく感じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日の目的は、さらに下りを続けてタトパニという町までいくことだった。このタトパニは、川沿いに温泉が湧き出ているとのことだったので、早く到着して4日以上ぶりの風呂に早くはいりたいと思っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
くだりを続けているうちにすでに標高1000Mあたりまで降りてきた。周りの山々を見ても、緑がかっていたため、これまでの風景とは明らかに違うことがわかる。木にも赤々とした実がなっていたりして、ジョムソン近辺がどれだけ痩せた土地だったかというのが改めてよくわかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
落ちる滝にそって急な下り坂をおりる。降りた地点にはロッジがあったので、そこで休憩をとりながら滝を眺めていた。しばらく休んでいると、日本人の女性らしき人が、俺が降りた道を登っていくのが見えた。ロッジには立ち寄らなかったので、ただ通り過ぎるのを眺めるだけだったが、彼女はきっとこれからガーサに向かい、トゥクチェに行き、マルファに行き、ジョムソンに行き、カグベニに行き、ジャルコットに行き、ムクティナートに行き、それから折り返すかアンナプルナを周遊するのだろうなあ、とぼんやり考えていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旅人を客観的に見ると、あらためて旅は良いなと感じた。一人旅は孤独で、何か素晴らしいことがあってもそれを100％他人と共有することは出来ないけれども、体験するのは自分しかいないからそれを自分自身で咀嚼して、自分の糧に出来るからだ。きっと彼女もそういう経験をこれからするのだろうと、かなりおせっかいな思いを抱きながら、旅路の安全を祈った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ロッジからは平坦な道をゆっくり歩いた。あぜ道には田んぼが青々として綺麗だったし、集落も村らしくなって、随分と生活感のある地域になってきた。すれ違う人は笑顔でナマステと言ってくれるし、気持ちよかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やがてタトパニに到着し、ロッジにチェックインした。俺が泊まった部屋は2階で、鍵がろくにしまらない部屋だったが、南京錠を持っていたので何とか鍵をかけ、早速川の温泉に向かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タトパニの温泉は、本当に河沿いの温泉だった。一応温泉の横に簡易脱衣所のようなものがあったが、俺は水着をもっていなかったのでトランクスのまま入浴した。山間のためかなり気温は冷えていた。そのため、風呂に入った時の気持ちよさはすごかった。まわりは皆白人だったが、「君たちに温泉のよさがわかるのかね？？」といいたくなるような、日本風のつかり方をしてしまった。それは頭にタオルを乗せ、「ンァーー…」と親父臭いため息をつくことだった。（日本ではそんな風に入らないのだが）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
長い間の垢を落とし、若干ぬるめの風呂に1時間弱はつかっていた。時折ネパリの子供がはしゃぎながら入ってくる。その後、彼らの親がおずおずとはいってきて、子供たちを連れて風呂の端の方にいく。そして、チラリチラリと我々旅行者の顔を見る。こちらがニコリと笑うと、向こうの親がはにかむように笑う。子供は無駄な愛想は振りまかないという感じで、笑わない。そんな、無言のコミュニケーションのおかげで長風呂してしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それでも飽きたらず、また夜に風呂に行ってしまった。今度は星空を眺めてビールを飲みながら入ろうと決めた。風呂に入り、空を見上げると星が見事だった。この川は、谷あいにあったため、両側に高い山が走っている。そのため夜空も縦長に切り取られていた。その切り取られたわずかな空の中で、おびただしい星が輝いていた。一方で山の影はこれでもかというくらいに黒ずんでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コントラストが素敵だなと思いつつ、ビンビールをラッパのみしていると、白人旅行者2人が入浴してきた。俺がビールを飲んでいるのを見て、いいなと思ったのか、タオルを巻いてビールを買いにいき、すぐ戻ってきて「さぶいさぶい！」という感じで入浴していた。疲れと緊張感がほぐれていく、とても良い夜だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
写真１「ガーサロッジの食事仲間」&lt;br /&gt;
写真２「タトパニへ降る途中の滝」&lt;br /&gt;
写真３「タトパニ近辺の田園」&lt;br /&gt;
写真４「タトパニの赤い木の実」</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nileriver702000/953255.html</link>
			<pubDate>Thu, 10 Jan 2008 01:30:56 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>第37回　2/22　トゥクチェ→ガーサ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/92/895592/img_0?1199710520&quot; width=&quot;455&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/92/895592/img_1?1199710520&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/92/895592/img_2?1199710520&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/92/895592/img_3?1199710520&quot; width=&quot;455&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-de-d9/nileriver702000/folder/208291/92/895592/img_4?1199710520&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
昨日とは打って変わり、とても良いペースで歩を進められている。下りなので当然楽なのだが、昨日の暴風のようなこともなく、道もはっきりしているため歩きやすい。何より、緑が増えて比較的暖かくなっているのと、酸素が豊富にあるのが大きな違いだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジョムソン以北では、すれ違う旅行者も若い欧米人ばかりだったが、トゥクチェあたりまで下ってくると老夫婦やオバちゃん3人組のような登山者ともすれ違うようになった。大抵は白人だったので、もしかすると日本人にはそれほど知られていない街道なのかもしれない。とはいっても、風景は一見日本の山々に近いものがあるため、きっと日本人が来ても楽しめる場所だろうなと思った。&lt;br /&gt;
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川原を歩き、つり橋を渡り、いくつかの集落をすぎると、昼過ぎにはレテ村に到着した。そのまま通り過ぎても良かったのだが、休憩なしで一気に進んでいたのでここで昼飯のモモを食べることにした。ロッジの外に簡易テーブルが3つほど出されていたので、そこに座り、タバコをすいながら料理が出されるのを待っていた。&lt;br /&gt;
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母子が切り盛りしているロッジのようで、母が奥でモモを調理している間、子供は空いたテーブルに座って日向ぼっこをしていた。俺もそれを見習ってボーットすると、レテ村を囲む巨峰郡がよく見えた。バカみたいに高い山が綿帽子をかぶって、雄大にそびえていた。本によると、ダウラギリ、トゥクチェピーク、アンナプルナ機▲縫襯リという山々だそうだ。どれも7000M級の山で、アンナプルナ気呂覆鵑8000Mを超えるらしい。&lt;br /&gt;
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ボーッと日向ぼっこをしながら、世界で何本かの指に入る山々を眺めるのは、とてつもない贅沢だな～と感じた。残り少なくなったアップルブランデーを飲んでいると酔いが回って気持ちよくなってしまい、鼻歌でビートルズの”mother nature’s son”をフンフン歌っていた。&lt;br /&gt;
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考えてみるとジョムソン街道に入ってからずーっと同じ歌を歌っている。音も何もない場所を歩くうちに、独り言がものすごく多くなり、それでも誰も答えてくれないので歌を歌っていたのだ。特にジャルコットへ向かって上っている間などは、誰ともすれ違わないので大声で歌ったものだ。最初は一人ジュークボックスのように色々な歌を歌っていたが、不思議なもので無心になるといつも”mother nature’s son”だった。しかし、それほどこの歌はこのトレッキングにマッチしていた。&lt;br /&gt;
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モモを平らげ、早速出発した。あと一息でガーサだ。細長い下り坂では、ロバ商人のロバ行列が渋滞したため少し立ち止まることもあったが、それを覗けば全体的にスムーズで、1時間ちょっとでガーサに到着した。ちなみに、ここらのトレッキングコースでは、のぼりの人を優先するのがマナーだ。&lt;br /&gt;
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ガーサでは入り口の門が立派だったロッジを選び、チェックインした。安い部屋だったのでまたホットシャワーがなく、これで4日連続風呂なしになった。顔と手だけは洗って、ロッジ内のレストランに行った。&lt;br /&gt;
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しばらく珈琲を飲んでいると、遅れて到着した2人の客が入ってきた。どこかで見たなと思ったら、同じ道を下ってきた白人の老夫婦だった。彼らはネパール人のガイド兼ポーターを一人連れて降ってきたドイツ人夫婦なのだが、年齢が年齢だったのでペースが遅く、俺が追い越してしまったのだった。向こうも俺の顔を覚えており、すぐに仲良くなった。&lt;br /&gt;
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「日本人の離婚率は高いのか？（婦人）」&lt;br /&gt;
「詳しくはわからないが、年々高くなってきている（俺）」&lt;br /&gt;
「そうか。ドイツの離婚率はきわめて高い。結婚する人間も多いがすぐに別れる。我々の世代にはなかったので、それはとても悲しいことだ（紳士）」&lt;br /&gt;
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そんな会話をしていると、ネパール人ガイドも交えて一緒に食事を取ることになり、俺とネパール人ガイドはマトンカレー、老夫婦はベジタブルカレーを食べた。&lt;br /&gt;
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「私たちは普段はほとんど肉を食べないが、この肉を少しかじらせてもらったらとてもおいしいね。（紳士）」&lt;br /&gt;
「さっきここに到着したとき、2匹の羊が飼われていていたわ。（婦人）」&lt;br /&gt;
「僕も見ました。とてもかわいかったですよね。でももしあの羊がこのマトンカレーのマトンだったらびっくりしますね。（俺）」&lt;br /&gt;
「いや、これはあの羊だよ。（ガイド）」&lt;br /&gt;
「ええー！（一同）」&lt;br /&gt;
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といった具合だ。考えてみれば当然だが、老婦人は妙にショックだったらしく、目を大きく見開いていた。しかしその皆のリアクションで妙な一体感が生まれ、皆楽しく笑った。もちろん、羊には哀悼の意をこめながらおいしく頂いた。&lt;br /&gt;
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写真１「トゥクチェ周辺の子豚」&lt;br /&gt;
写真２「おそらく右がトゥクチェピーク、左がダウラギリ機&lt;br /&gt;
写真３「おそらく左がニルギリ、真ん中奥がアンナプルナ機&lt;br /&gt;
写真４「ロバ行商」&lt;br /&gt;
写真５「雲の影が印象的なニルギリ（たぶん）」</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nileriver702000/895592.html</link>
			<pubDate>Mon, 07 Jan 2008 21:55:20 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
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