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予備校を辞めることが決まり、実家に戻って両親に難民キャンプ行きの話をしました。もしかしたら、話をする順番が逆だったかもしれない。そう気づいたのは、両親に反対された時のことです。
思いもかけない反対でした。自分は男だし、まだ独身だし、、、。まさか親が反対するとは思っても見ませんでした。でもそれは自分のものさしで考えていたことに過ぎなかったようです。
「わざわざお前が行かなくても、他に行く人がいるでしょう。お前は地元で働きなさい!」というのが親の言い分です。
平行線で終わる両親との話し合いが続いていたある日、親戚が何かあるときに見てもらう占い師さんのところへ、両親と一緒に行くことになりました。言うことを聞かない私に困り果て、両親は親戚に相談したようです。
占い師さんに何を言われるのだろうか?とにかく現地に行っていいよ、と一言言ってほしかった。そうすれば外に出ると比較的おとなしくなる両親のことだから、仕方ないと諦めるだろう。そう期待していました。
両親が、「息子が難民キャンプに行きたいといっているんですが、親としてはそんな危険なところに行かないで、地元で働いて欲しいと思ってるんですけど、先生はどう思われますか?よろしくお願いします」といって占い師さんに私の生年月日と名前を書いた紙を渡しました。
その占い師さんは、私の姓名、生年月日、人相、手相を見ながら、何やら怪しい古文書のようなものを見ては、独り言のようにつぶやいています。
意を決したように占い師さんの話が始まりました。このときばかりは心臓がバックン、バックン鼓動しました。それだけ緊張して、両親と一緒に固唾を飲んで聞いた話です。今でもよく覚えています。
「この子はお金の勘定をしっかりやる子だね。銀行員や大手の会社の財務の仕事に向いている。」というピンと来ない話で始まりました。「それで、難民キャンプには行ってもいいの?」と聞きたくなります。占い師さんはようやく核心に入りました。
「大樹のように根をしっかり張って一途に進む子です。そして、この子は一度いい始めたら聞かないから、行かしてあげなさい。」
「やったー!」。何はともあれ「行かしてあげなさい」の言葉を聞いて思わず飛び上がりたくなりました。ところが両親の顔を見ると、浮かない顔です。「そうですかー」と聞いています。でも親戚が勧める信頼のできる占い師さんの言うことだから、仕方なく納得している様子。
そして私の話はここまで。その後、永延と両親の過去の話について、これからの生き方について話が始まりました。話の矛先は両親に変わってしまったんです。その話に両親は真剣に聞き入っています。
こうして両親は私が難民キャンプに行くことを渋々了解してくれました。最後は反対されても行こうと思っていましたが、両親も「仕方ない」と諦めました。それ以上に、両親を説得というか、その気にさせてくれた占い師さんには「感謝」の一言です。
このとき両親は面倒をかける息子を持ってしまった、と思ったことでしょう。
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やっぱりご両親はとても心配なさって反対したんですね。私も韓国に住むと言った時に、スゴク反対されました。私の場合、話しても無理だったので家出しましたよ。でも今は子供の親になって、その時の親の気持ちが分かります。
2006/6/9(金) 午後 1:01 [ yuki ]
うちの親は現金なもので、ボランティアで海外に行くときは反対したんですが、給料をもらえる身になって海外に行くようになったら、「お前、今度はいつ行くんだい?」って期待しながら聞いてくるんです。家は経済的に豊かではなかったから、、なのかもしれません。今では母親とも笑い話ですけど。この話はまた追ってお伝えします。
2006/6/9(金) 午後 1:32 [ nim*za*i*a1967 ]
我が子が遠い知らない国にボランティアをしに行く〜〜不安があるのは当たり前ですよね。ご両親も偉い占い師さんの話を聞いてOKしてくれましたか。家は幸い反対はされませんでした・・小さい頃からなんでも自分で決めて・・事後承諾が多かったです。
2006/6/10(土) 午後 3:06
やりたいことをやらせてもらえる環境にいることに感謝したい、感謝しなくては、と思います。
2006/6/12(月) 午前 9:58 [ nim*za*i*a1967 ]