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			<title>沢山学べる国際協力の仕事</title>
			<description>NGO、ODA(政府開発援助)の仕事を通じて滞在したいくつかの途上国の体験記です。現地で経験したこと、考えたこと、学んだこと、現地の人たちの生活の様子などを独断と偏見でお伝えします。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nimezaliwa1967</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>沢山学べる国際協力の仕事</title>
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			<description>NGO、ODA(政府開発援助)の仕事を通じて滞在したいくつかの途上国の体験記です。現地で経験したこと、考えたこと、学んだこと、現地の人たちの生活の様子などを独断と偏見でお伝えします。</description>
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			<title>１１．タンザニアにやってきた</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1459381/07/37810907/img_0?1150762892&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1459381/07/37810907/img_1?1150762892&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　ブリュッセル、ナイロビ経由してようやくタンザニアのダルエスサラームに到着した。ナイロビは涼しくて快適だったが、一転ダルエスサラームは海沿いの町。飛行機を降りたとたんに&lt;b&gt;むっ&lt;/b&gt;とした空気が全身を包んだ。蒸し暑い！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本では出発までの間、いろんなマスコミから取材を受け出発式もあり華やかなものだったが、タンザニアの空港に着くと迎えに来ている人は誰もいない。現地到着は地味なものだった。まあ、これが普通なのだ。日本では、予想以上に&lt;b&gt;騒がれすぎた&lt;/b&gt;のだ。日本を出発する前に、ダルエスサラームに先乗りしている須崎さん（仮称）とは出発前に東京から連絡をとり、滞在しているホテルで会うことになっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　空港の外に出ると次々と声をかけてくるタクシードライバーの中から、一番安い料金を言ってくれた人を捕まえて、タクシーに乗りこんだ。さあ、ダルエスサラームの町へ向けて&lt;b&gt;出発&lt;/b&gt;だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　空港からダルエスサラームの町へ向かう道路はまっすぐに伸びている。その道路を走っているのはほとんどが&lt;b&gt;日本車だ&lt;/b&gt;。こんな遠くまで日本車が運ばれて大活躍しているとは思いもよらなかった。走っている車は中古車が多い。ときどき「○○幼稚園」とか「◇◇運輸」と日本語で書かれているワゴン車やトラックが走っている。「○○幼稚園」の人たちも、タンザニアで自分たちが使っていた車に出会ったらさぞかし驚くだろう。日本語がわからないタンザニアの人たちには、日本語が書かれた車はかっこいいのだろうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　信号機を見ると、日本で見慣れた青、黄、赤の丸いランプが横に並んだ&lt;b&gt;日本製&lt;/b&gt;。日本政府の援助で取り付けたものだとタクシードライバーが教えてくれた。車は日本製、信号機も日本製でしかも左側通行。日本で見たような風景をタンザニアでも見ている。違うのは歩いている人たちの肌の色と、町並みだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本車はタンザニアでは&lt;b&gt;日本と違う名前&lt;/b&gt;で売られていたものもあった。日産の「サファリ」は「パトロール」、スズキの「ジムニー」は「サムライ」という具合だ。サムライという名前にはちょっと笑ってしまった。日本のイメージはそういうものかな？と思ってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　道路脇の様子を見ると、木の枠にトタンを載せただけの小屋が道路沿いにいくつも並んでいる。雑貨、食品、日用品などいろいろなものを売っている。手にとって見たかったが、まずはホテルにチェックインして落ち着いてからだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　やがて町の中心に近づくと渋滞が待っていた。さすが首都。整備不良で&lt;b&gt;黒い煙&lt;/b&gt;を噴き出している車が空気を汚している。たまらず乗っていたタクシーの窓を閉めると、今度は暑さでたまらなくなる。しかたなく窓を開けて排気ガスに耐えるほうを選んだ。エアコンの効かない車だと渋滞で動かなくなるのが一番きつい。暑さで汗が噴き出してくる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ようやく渋滞を抜けてホテルに到着すると中は&lt;b&gt;エアコン&lt;/b&gt;がガンガン効いていて寒いくらいだった。ホテルにチェックインして間もなく、先乗りしていたNGOボランティアの須崎さんに会った。既にダルエスサラームに数週間滞在しているだけあってどこか落ち着いて見える。現地で仲間に会うことができてほっとした瞬間だった。夕食を一緒にとりながら、さっそく仕事の進み具合や、難民キャンプ近くのンガラという町に先乗りしている仲間の井戸掘り作業の準備状況などを教えてもらった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ダルエスサラームでの自分の仕事は、ンガラに先乗りしている仲間が必要としている井戸掘りの資機材、生活品などの物資調達、タンザニア政府へのNGO登録、仲間全員のビザの取得、輸入した車やパイプなどの機材の免税の手続き、UNHCRとの調整などだった。井戸掘り機材もよく知らないし、NGO登録の手続きなどしたこともない、UNHCRの人達と仕事をしたこともない。すべて今までやったことのない事だがここまで派遣してもらったからには、まあ、&lt;b&gt;やるしかないだろう&lt;/b&gt;。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nimezaliwa1967/37810907.html</link>
			<pubDate>Tue, 20 Jun 2006 09:21:32 +0900</pubDate>
			<category>アフリカ</category>
		</item>
		<item>
			<title>１０．やりたいから参加する</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1459381/72/37635472/img_0?1150418975&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　派遣予定時期が迫り、新聞公募で選ばれた方を加え13名の派遣メンバーが決まった。メンバーのバックグラウンドは&lt;b&gt;様々&lt;/b&gt;で、個性的な人たちの集まりになった。これも事務局の狙いだったのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　趣味がギターの元プログラマー、土木作業員、料理、散髪もうまく、土木工事、漁船に乗るなど出稼ぎ経験の多い方、水道会社で働いた経験のある方、JR社員、元協力隊員で水質検査に詳しい方、会社員、新卒の方など様々だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　NGO事務局の人たちの選定基準も&lt;b&gt;面白かった&lt;/b&gt;。井戸関係の技術のある人を選ぶのはもちろんのこと、何もないところだからいろんな余暇に役立てる人を探して、ギターなど趣味も評価対象になっているようだった。実際に現地では、ギターにのって、みんなで大声で歌を歌ったことも何度もあった。すばらしい先見の目だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　3泊4日の短い井戸掘り実地訓練を受け、いよいよ出発の日が迫ってきた。井戸掘りの研修をはじめとして、私たちはいろいろなマスコミから&lt;b&gt;取材&lt;/b&gt;を受けた。NGO事務所の広報戦略もあったのだが、当時なぜ私たちのような一般人がこんなに取材を受けるのかわからなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ある日、NGOの事務所でニュースステーションの取材チームを紹介された。我々が現地入りしてから１，２ヵ月後に私たちの活動を取材に来るというのだ。「あの有名な番組のクルーが来るの？」私たちの想像以上に話は&lt;b&gt;大きく&lt;/b&gt;取り上げられているようだ。自分たちは自ら進んで井戸掘りプロジェクトに参加しただけなのに。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「ボランティアでいくなんて&lt;b&gt;えらいわねー。&lt;/b&gt;」とか、「難民を助けるなんて尊い仕事ね。」と何度となく言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一方で、NGOの事務所でボランティアをしていたおば様方からは、「就職してちゃんと稼ぎなさいよ。」と何度も言われた。NGOの事務所でこんな事を言われるとは思わなかったが、確かにおば様方の旦那さんはみな仕事をしてお金を稼いでいる。しかも稼ぎがいいらしく、上流階級の上品なおば様方という雰囲気が漂っていた。&lt;b&gt;安定した&lt;/b&gt;収入源があるからこそ、ボランティアで手伝いを続けられるのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　周囲の反応を見ると、日本ではボランティアといえば「善意」ばかりでなく「自己犠牲」という&lt;b&gt;印象&lt;/b&gt;が前面に出ているような気がした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、ボランティアは自分の意思でやること。今回のメンバーは応募したきっかけは違っても、自分で志願して井戸掘りプロジェクトに参加したということは少なくとも共通していた。みんなやりたいから参加している。ただ&lt;b&gt;それだけ&lt;/b&gt;。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nimezaliwa1967/37635472.html</link>
			<pubDate>Fri, 16 Jun 2006 09:49:35 +0900</pubDate>
			<category>アフリカ</category>
		</item>
		<item>
			<title>９．井戸を掘ろう</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1459381/49/37493149/img_0?1150172465&quot; width=&quot;390&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　数十万人のルワンダ難民が生活するタンザニアのキャンプでは、まず人間として最低限必要な水、食料、医療品、住居を緊急に用意する必要があります。何しろ難民が流入してきたキャンプ地は、インフラが何もない&lt;b&gt;野原&lt;/b&gt;ですから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　人間の体は80％以上が水でできているといわれるとおり、人間が生きていくためには水が欠かせません。それも&lt;b&gt;清潔で安全&lt;/b&gt;な飲料水が必要です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本でキャンプに行っても、水は必需品です。1日や2日だけの自然を楽しむキャンプならまだしも、何もない野原にいやおうなく逃げてきた人たちの生活を思うと、&lt;b&gt;想像できないほど&lt;/b&gt;厳しい状況でしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　当時、難民キャンプでは、近くにある池や川からくみ上げた水を&lt;b&gt;タンカー&lt;/b&gt;で運び、難民に供給する状況であると、現地にいるスタッフから報告が入っていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そこで、私たちが参加するプロジェクトでは、難民キャンプ周辺に&lt;b&gt;井戸&lt;/b&gt;を掘って、安全な飲料水を難民に供給することになりました。井戸掘り機械による井戸掘りと、千葉県の上総地方に伝わる上総掘りという人力による井戸掘りを実施します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　現地では&lt;b&gt;コレラ&lt;/b&gt;も発生しているほど、安全な水が不足している状況です。機械による井戸掘りで、緊急に水を供給する必要があります。その一方で、手堀りは井戸を掘りながらも、難民にその技術を伝え、彼ら自身でも井戸掘りができるようにする技術移転の意味もありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　井戸掘りの&lt;b&gt;機械&lt;/b&gt;は日本の業者から購入し、日本の自衛隊の輸送機でルワンダの隣にあるザイールまで運んでもらいます。その後、陸路でタンザニアにある難民キャンプまで輸送する計画でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本では井戸自体がもうほとんど見られなくなっています。井戸掘り業者が日本にあること自体、このプロジェクトに参加するまで知りませんでした。井戸掘り機械の操作を知っている人、技術に熟知している人も限られます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そこで、難民支援を積極的に進めたいと考える井戸掘り業者の&lt;b&gt;社長&lt;/b&gt;が、自分の会社から技師を派遣してくださることになりました。これは心強い限りです。これで技術的な支援は万全です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして数名の井戸掘り担当者が公募で選ばれました。現地で井戸掘り業者の方から指導を受けながら、井戸掘りに関わります。また、私は現地で国連や様々な援助機関、タンザニア政府の関係者と連絡や調整をしながら、難民キャンプ支援の活動を&lt;b&gt;側面支援&lt;/b&gt;する。また必要な物資を調達したり、日本と連絡を取り合うことが主な役割でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　人間が生きていくために必要な水。現地では難民キャンプでの厳しい生活環境を目の当たりにして、水の大切さ、ありがたさを&lt;b&gt;体感&lt;/b&gt;していくことになります。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nimezaliwa1967/37493149.html</link>
			<pubDate>Tue, 13 Jun 2006 13:21:05 +0900</pubDate>
			<category>アフリカ</category>
		</item>
		<item>
			<title>８．局長の熱い気持ち</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1459381/85/37436485/img_0?1150074550&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　予備校を去る時が近づいたある日、予備校の局長から飲みに誘われました。普段、予備校では「むすっ」として、生徒たちにも私たちにも&lt;b&gt;恐れられていた&lt;/b&gt;局長。私が恐れていた理由は他にもあります。過去に、いくつか自分の悪行が見つかって叱られた経験があるからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ある日、生徒と一緒に夏期講習のテキストを&lt;b&gt;無断で&lt;/b&gt;コピーしているところを局長に見つかりました。その場で生徒と一緒に立たされて説教されました。突然、局長が部屋に入ってきたので、わいわいしゃべりながら作業していたその場は一瞬にしてシーンとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　局長は「誰がコピーしていいといったんだー。」と厳しい口調で私達を問い詰めます。すぐさま「自分です！」と私は名乗り出た。するとそこにいた生徒みんなが「僕です！」「俺です！」といって次々に名乗り出た。「ううう、みんないい奴らだー。」と彼らの言葉が&lt;b&gt;心にしみます&lt;/b&gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　夏季講習中に、公園で焼肉大会をして生徒が酔っ払ってしまって、ご父兄にご迷惑をかけたこともありました。生徒と一緒に&lt;b&gt;木に登って&lt;/b&gt;大声で歌を歌ったのは楽しかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ともあれ、局長とは今まで個人的にお酒を飲みに行ったことがなかったので、&lt;b&gt;どんな展開&lt;/b&gt;になるのか想像もつきませんでした。ちょっと緊張します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　1軒目は焼肉屋に行きました。焼肉を食べながら話が盛り上がってきます。実は局長は&lt;b&gt;お茶目&lt;/b&gt;でおもしろい。やはり私が生徒とやっていた悪行も沢山知っていました。しかし、局長も生徒のためになるならいいか、と見逃してくれていたことを知りました。普段むすっとしながらも、生徒のことを思っている。私の悪行も知っていながら黙認している。なかなか格好いい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　2軒目のアメリカンカントリーをイメージしたバーでは、局長が盛り上がってきたところで、お店に置いてあった&lt;b&gt;ギター&lt;/b&gt;を手に取り、立ち上がって話し始めました。「みんな、聞いてくれ。こいつはこれからルワンダ難民キャンプに行って、難民の為に仕事をするんだ。みんな暖かく見送ってやってくれ！」とまるで酔っ払いのライブさながらです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　なんだ、この豹変振りは？職場にいる姿からは全く想像もつかない局長の姿にあっけにとられました。そして、私は局長の横に立たされました。&lt;b&gt;照れくさい&lt;/b&gt;。局長の話を聞いたお客さんはみな「がんばれよー」といって、見知らぬ私たちに声をかけてくれます。さらに照れくさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　調子に乗ってきた局長はもう止まらない。&lt;b&gt;ライブショー&lt;/b&gt;です。「こいつのために歌を歌うから聞いてくれ。」といって、いきなりギターを弾き、歌い始めた。「♪泣きなーさーい、笑いーなーさーい。いつの日―かー、いつの日―かー、花を咲かそうよー♪」と独唱が続く。いつの間にか局長の本気印の歌に引き込まれていきます。局長がこんな一面を持っているとは思いもよらなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　あとで聞いた話ですが、局長は学生のときにバンドをやっていたそうです。きっと当時の&lt;b&gt;血が騒いだ&lt;/b&gt;のでしょう。予備校でもそのノリでやっていれば、さぞかし周りの雰囲気が和むのに。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　局長の歌は1曲で終わらず、その後も散々歌ってバーを出ました。すると局長から「しっかりやってこい。」と言われました。そして抱き合った。局長の熱い気持ちが伝わってきた瞬間でした。この気持ち、&lt;b&gt;ありがたい&lt;/b&gt;。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nimezaliwa1967/37436485.html</link>
			<pubDate>Mon, 12 Jun 2006 10:09:10 +0900</pubDate>
			<category>アフリカ</category>
		</item>
		<item>
			<title>モンバサの青い空、青い海</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1315274/16/37311716/img_0?1149829486&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1315274/16/37311716/img_1?1149829486&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1315274/16/37311716/img_2?1149829486&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1315274/16/37311716/img_3?1149829486&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　雨期の最中でしたが、モンバサ到着の翌日の午前中、思い切り&lt;b&gt;青空&lt;/b&gt;が広がってくれました。もう素晴らしい、の一言です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ナイロビの雑踏の中からやってくると、遠くまで見ることのできる景色。そして&lt;b&gt;真っ青&lt;/b&gt;な海と空に目を奪われます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　夜中にでかい&lt;b&gt;ムカデ&lt;/b&gt;と出会うハプニングもありました。暖かい気候の中ですくすく育ったせいかサイズはLLを超えていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　モンバサの青い空、青い海。もうそれだけで他には&lt;b&gt;何もいらない&lt;/b&gt;。そんな気持ちにさせてくれます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nimezaliwa1967/37311716.html</link>
			<pubDate>Fri, 09 Jun 2006 14:04:46 +0900</pubDate>
			<category>アフリカ</category>
		</item>
		<item>
			<title>７．占い師さんに感謝</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1459381/95/37307395/img_0?1149822833&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　予備校を辞めることが決まり、実家に戻って両親に難民キャンプ行きの話をしました。もしかしたら、話をする&lt;b&gt;順番が逆&lt;/b&gt;だったかもしれない。そう気づいたのは、両親に反対された時のことです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　思いもかけない反対でした。自分は男だし、まだ独身だし、、、。まさか親が反対するとは思っても見ませんでした。でもそれは&lt;b&gt;自分のものさし&lt;/b&gt;で考えていたことに過ぎなかったようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「&lt;b&gt;わざわざお前&lt;/b&gt;が行かなくても、他に行く人がいるでしょう。お前は地元で働きなさい！」というのが親の言い分です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　平行線で終わる両親との話し合いが続いていたある日、親戚が何かあるときに見てもらう&lt;b&gt;占い師さん&lt;/b&gt;のところへ、両親と一緒に行くことになりました。言うことを聞かない私に困り果て、両親は親戚に相談したようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　占い師さんに&lt;b&gt;何を言われるのだろうか？&lt;/b&gt;とにかく現地に行っていいよ、と一言言ってほしかった。そうすれば外に出ると比較的おとなしくなる両親のことだから、仕方ないと諦めるだろう。そう期待していました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　両親が、「息子が難民キャンプに行きたいといっているんですが、親としてはそんな危険なところに行かないで、&lt;b&gt;地元で働いて欲しい&lt;/b&gt;と思ってるんですけど、先生はどう思われますか？よろしくお願いします」といって占い師さんに私の生年月日と名前を書いた紙を渡しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その占い師さんは、私の姓名、生年月日、人相、手相を見ながら、何やら怪しい古文書のようなものを見ては、独り言のように&lt;b&gt;つぶやいています。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　意を決したように占い師さんの話が始まりました。このときばかりは心臓がバックン、バックン鼓動しました。それだけ緊張して、両親と一緒に&lt;b&gt;固唾を飲んで&lt;/b&gt;聞いた話です。今でもよく覚えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「この子はお金の勘定をしっかりやる子だね。銀行員や大手の会社の財務の仕事に向いている。」という&lt;b&gt;ピンと来ない話&lt;/b&gt;で始まりました。「それで、難民キャンプには行ってもいいの？」と聞きたくなります。占い師さんはようやく核心に入りました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「大樹のように根をしっかり張って一途に進む子です。そして、この子は一度いい始めたら聞かないから、&lt;b&gt;行かしてあげなさい。&lt;/b&gt;」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「やったー！」。何はともあれ「行かしてあげなさい」の言葉を聞いて思わず&lt;b&gt;飛び上がりたくなりました。&lt;/b&gt;ところが両親の顔を見ると、浮かない顔です。「そうですかー」と聞いています。でも親戚が勧める信頼のできる占い師さんの言うことだから、仕方なく納得している様子。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして私の話はここまで。その後、永延と両親の過去の話について、これからの生き方について話が始まりました。&lt;b&gt;話の矛先&lt;/b&gt;は両親に変わってしまったんです。その話に両親は真剣に聞き入っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　こうして両親は私が難民キャンプに行くことを渋々了解してくれました。最後は反対されても行こうと思っていましたが、両親も「仕方ない」と諦めました。それ以上に、両親を説得というか、&lt;b&gt;その気&lt;/b&gt;にさせてくれた占い師さんには「感謝」の一言です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　このとき両親は&lt;b&gt;面倒をかける息子&lt;/b&gt;を持ってしまった、と思ったことでしょう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nimezaliwa1967/37307395.html</link>
			<pubDate>Fri, 09 Jun 2006 12:13:53 +0900</pubDate>
			<category>アフリカ</category>
		</item>
		<item>
			<title>６．お互い夢に向かって進もうよ！</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1459381/09/37265009/img_0?1149746391&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　夏休みの間、NGOの事務所で手伝いをするだけのつもりが、難民キャンプに行く決心をして戻ることになるとは&lt;b&gt;全く想像もしない展開&lt;/b&gt;になりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　早速、仕事をしていた予備校の局長に会いました。局長室にいるのは私と局長だけ。緊張した雰囲気になってしまった。予備校に戻る前にどうやって話を切り出そうかいろいろ考えましたが、その場にいると&lt;b&gt;率直&lt;/b&gt;に事情を話すしかありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「本当に申し訳ありませんが、難民キャンプにボランティアで行きたいので、仕事を辞めさせてください。」と打ち明けました。局長はびっくりしたようでしたが、しばらくして&lt;b&gt;承諾&lt;/b&gt;してくれました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　予備校の職員の方たちには申し訳ないですが、それ以上に予備校の生徒たちには本当に申し訳ない。でも、将来やりたいことを選択できる予備校生の姿に刺激されたことも事実です。自分もやりたいことを&lt;b&gt;追いかけたい。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　当時、担当クラスの担任業務と授業を受け持っていました。生徒にはとにかく自分の思いを正直に話そう。予備校の職員の方々も真っ先に心配したのは、もちろん私のことではなく&lt;b&gt;予備校生&lt;/b&gt;のことでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それから数日後の授業の終了間際に、自分が予備校をやめる話を生徒に切り出したときは、教室内がシーンと静まり返ってしまいました。教室に同行していた予備校の職員の方も直立不動です。こちらまで&lt;b&gt;緊張してしまう雰囲気&lt;/b&gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　みんなの姿を見て自分も&lt;b&gt;やりたいことを追いかけたい&lt;/b&gt;、という思いや、覚えたてのルワンダの位置を黒板に書きながら、ルワンダ難民が大量に国外へ逃れていることを説明しました。そしてNGOのボランティアとして、ルワンダ難民への給水プロジェクトに参加するために、タンザニアにある難民キャンプへ行くことになったことを伝えました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　みんなしんみりと私の言うことを聞いています。何とか笑いをとって雰囲気を和ませたいところですが、そんな状況ではありませんでした。中には鼻をすすって泣いている生徒もいます。そんな姿をみるとこちらもぐっ、ときてしまう。真剣に受けとめている生徒の姿に&lt;b&gt;心を打たれました&lt;/b&gt;。しかもそこにいた予備校の職員の方までも涙ぐんでいるではないですか。このとき自分は本当に難民キャンプへ行くのだ、という実感が湧いてきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私は勝手に予備校を辞めることを打ち明けたわけで、何を言われても仕方のない立場です。授業が終わったあと、生徒たちとはなんとなく&lt;b&gt;気まずい感じ&lt;/b&gt;がしました。途中でやめることに罪悪感を持っていたからでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、生徒からは、「がんばってよ」とか「すごいよ」とか言われて、かえって&lt;b&gt;心苦しく&lt;/b&gt;なってしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　どきっとしたのは、ある生徒から「難民キャンプから戻ってきたらどうするの？」と聞かれたときです。まだ行ってもいない難民キャンプから戻ってきてからのことなど、もちろん考えたこともありません。「戻ってきてから考えるよ。」それが&lt;b&gt;正直なところ&lt;/b&gt;でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　後日、予備校の生徒たちとお別れ会をしました。遅くまで語り合い、楽しい時間を過ごしました。みんなと別れるのはとても寂しい。でもお互い&lt;b&gt;夢に向かって進もうよ！&lt;/b&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nimezaliwa1967/37265009.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 Jun 2006 14:59:51 +0900</pubDate>
			<category>アフリカ</category>
		</item>
		<item>
			<title>５．急を要する現地の様子</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1459381/68/37159968/img_0?1149557633&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　なぜ、事務局長が突然、&lt;b&gt;難民キャンプ&lt;/b&gt;に行くように言ったのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それは、タンザニアにあるルワンダ難民キャンプ入りしていたスタッフから、東京の事務所に&lt;b&gt;1枚のファックス&lt;/b&gt;が届いたからのようです。そのファックスには現地の状況が詳しく書かれていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「今日も大量の難民がルワンダ国境から行列を作ってタンザニアに流入している。急いで国外へ逃れたのか、生活用品も持たずに逃れてきた人が多い。難民キャンプはもともと野原で、水もなければ、食料もない。援助機関が入り始めているが、大量の難民に対応しきれない。しかも、今は雨季なので衛生状態が悪化し&lt;b&gt;コレラ&lt;/b&gt;も発生しているという報告もある。安全な水を供給して、少しでも多くの難民を支援すべきである。事務局で給水プロジェクト立ち上げの準備を進めて欲しい。」という緊急で真剣な報告でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そのファックスを見せてもらった時、現地の急を要する状況が伝わってきました。現地は想像もつかないほど大変なことになっているだろう。ここで&lt;b&gt;じっとしていられない&lt;/b&gt;、そんな気持ちになりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それまで難民の緊急援助に日本人が現地に入って活動しているということをあまり聞いたこともありませんでした。それは今まで自分が緊急援助に関心がなかったからなのかもしれない。それはとにかく、日本人も&lt;b&gt;現地に入って活動できること&lt;/b&gt;があるのではないか、と思っていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　事態は急を要する。&lt;b&gt;詳しいことはよくわからないけど&lt;/b&gt;、行って欲しいといわれたからには、行くしかない、でしょう！？&lt;br /&gt;
(写真は難民キャンプ周辺の村の水汲み場の様子です）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nimezaliwa1967/37159968.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Jun 2006 10:33:53 +0900</pubDate>
			<category>アフリカ</category>
		</item>
		<item>
			<title>のんびりバスの旅 モンバサ南海岸へ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1315274/58/37118858/img_0?1149481419&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1315274/58/37118858/img_1?1149481419&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1315274/58/37118858/img_2?1149481419&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1315274/58/37118858/img_3?1149481419&quot; width=&quot;448&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　モンバサ市内で地元の衣装を買ったあと、マタトュ（市内バス）に乗って、南の海岸へ向かいます。マタトュの「タトュ」は&lt;b&gt;スワヒリ語で３&lt;/b&gt;という意味から、ケニアの若者の間ではマスリーとも呼ばれています。ケニアのアーティストが歌う歌の中にもちょくちょく出てきます。これも今若者を中心に広がるシェーン語（スワヒリ語といろいろな言葉の合成語）のひとつらしいです。言葉はどんどん変わっていきますね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それはともかく、モンバサ市内から&lt;b&gt;静かな南海岸&lt;/b&gt;へ行くのにフェリーに乗らなくてはいけません。まずマタトュに乗って市内からフェリー乗り場まで直行。その後、フェリー乗り場に向かいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　乗り場には&lt;b&gt;大きな荷物を持った地元の人たち&lt;/b&gt;でごった返しています。地元の人たちにとっても貴重な交通手段のようです。フェリーは無料というのもありがたいですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　フェリーは随分と立派でした。車と自転車、そして人が大きな荷物と一緒に乗り込みます。座るところはありません。私たちがいる場所は煙突のすぐ横で、フェリーが出発すると黒い煙の&lt;b&gt;排気ガス&lt;/b&gt;が立ち込めます。これはたまらない、と移動しました。でも地元の人たちは排気ガスがあまり気にならないようです。これも慣れなんでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　数百メートルの向こう岸まで、あっという間に到着。フェリーが行きかう海には&lt;b&gt;サメ&lt;/b&gt;が出るそうです。身投げをする人もいるとか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　フェリーが岸に着くと、車から順番に降りていきます。目の前には市場のお店が並び、沢山のマタトュが止まっています。行きかう人たちでとても&lt;b&gt;活気&lt;/b&gt;があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ここから南の海岸までマタトュで1時間。昨夜の雨のせいで、いたるところ&lt;b&gt;浸水&lt;/b&gt;しています。道路が見えません。喜んでいるのは、周りでは子供たち。水遊びしています。車が大きな水溜りを走ると、その波が周辺の家まで伸びていきます。これ以上雨が降ったら家も浸水してしまいそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　マタトュのコンダクターと呼ばれる料金徴収係の人に行き先を伝えると、親切におり場を教えてくれます。乗り換えのマタトュも教えてくれます。途中、何箇所も止まって乗客を拾っていく。料金も数十円というのがうれしい、&lt;b&gt;のんびり&lt;/b&gt;マタトュの旅。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nimezaliwa1967/37118858.html</link>
			<pubDate>Mon, 05 Jun 2006 13:23:39 +0900</pubDate>
			<category>アフリカ</category>
		</item>
		<item>
			<title>４．突然、難民支援の話が</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1459381/47/37114547/img_0?1149475196&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d4-c7/nimezaliwa1967/folder/1459381/47/37114547/img_1?1149475196&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　1994年4月6日、フツ族のルワンダ大統領ハビャリマナを乗せた飛行機が何者かに撃墜され、フツ族によるツチ族の&lt;b&gt;虐殺&lt;/b&gt;が始まった。当時、一連の事件で80万人以上の人々が殺害されたと報じられた。（当時の様子が「ホテル　ルワンダ」という映画になったんですね。まだ見ていませんが、是非一度見たいと思います。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その後、ツチ族の襲撃を恐れ、大量のフツ族が&lt;b&gt;周辺国へ逃れた&lt;/b&gt;。タンザニアへ逃れたルワンダ難民は当時40万人以上にのぼっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　難民への緊急援助のためUNHCR（国連難民高等弁務官事務所）他、NGOなどの援助機関が現地入りしたが、大量の難民の前に安全な水、食料、医療品、住居などの供給はまだ&lt;b&gt;不足していた&lt;/b&gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　当時日本政府は国外へ非難したルワンダ難民を救援すべく約400名の&lt;b&gt;難民救援隊・空輸隊&lt;/b&gt;などを旧ザイール共和国（現コンゴ民主共和国）へ派遣することを検討していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　まだ現地の状況もよくわからないある日、いつもと同じように事務局で作業をしていたら、事務局長さんから「ルワンダ難民キャンプに行ない！?」と言われました。「え！？」あまりに&lt;b&gt;突然のことで&lt;/b&gt;躊躇してしまいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　難民支援のために何かできるなら是非現地に行きたいですが、「ルワンダってどこだろう？」という素朴な疑問と、「予備校の夏期講習がまだあるというのに、受験生の勝負時の夏に予備校を突然辞めることはできないだろう」という思いが&lt;b&gt;とっさに入り混じりました&lt;/b&gt;。担当している予備校の生徒やお世話になっている予備校の局長に突然「辞めさしてください。」なんていえないな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　返答に困っていた私を見て、事務局長さんは続けざまに「あなたがこうやっている間にも難民は亡くなっているのよ。」と言います。&lt;b&gt;スーパーマン&lt;/b&gt;でもない自分が現地に行って何ができるかわかりませんが、そう言われるとすぐに行かなくてはいけない気がしてきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　自分は押しに弱いし、すぐその気になる&lt;b&gt;お調子者&lt;/b&gt;でもある。予備校の生徒と局長には土下座して謝ろう。現地で難民の支援活動がしたい！そう決心しました。誰にも相談してないけど、、、。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nimezaliwa1967/37114547.html</link>
			<pubDate>Mon, 05 Jun 2006 11:39:56 +0900</pubDate>
			<category>アフリカ</category>
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