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敬老精神

今日は、ヤクルト時代のお客様でとても可愛がって下さった老夫婦のお宅に、午前中
畑で収穫してきた野菜を、お裾分けに届けてきました。
ついでに、ブログってもんを始めたんですよと近況報告。
「あら、残念だわ。うちはハソコンないから見ることができなくて」
「うちだって、つい最近までなかったですよ。やっと現代社会に参加しだしまして」
それからしばらく、ちっともうちによりつかないというお孫さんの話をきいて........
これが、ついこないだまで私のどっぷり浸かっていた世界です。
ヤクルトの同僚だって、パソコンやる人なんていないし。
 
こんな私をデジタルディバイドの淵から救い上げて下さった兵頭二十八先生は、生涯
の恩人です。
 
ヤクルト時代の担当地域に足を踏み入れると、今でもテンション上がりますねー。
きりっとなって、すれ違う人全員に挨拶したくなる。朝、校門で、登校してくる生徒達を
出迎える担任の先生にでもなった気分。きょうもみんなげんきかなーと。
ほんとに性にあった大好きな仕事だった。毎日が嬉しくて楽しくて。
 
ただ、お金にならなさすぎるんですよねー(泣笑)
あと、男の担当社員のヒラメ野郎ぶり! 彼との接触は、今思い出しても不快感が
こみあげますね。
 
おっと、なんか後味悪い終わり方ですみませんが。
 

無名人・二村孝の戦後

今日は、二十五年前に自殺した父・二村孝の誕生日です。
ふつう、「亡父を追想する日」 といえば命日のことかもしれません。
が、父の遺体の第一発見者になり、夜中に裸電球一個の地下車庫で血の海の後始末も
一人でした私にとっては、その日は何か記憶の飛んだ空白の日であり、麻痺感覚しかあ
りません。
代わりに、父の誕生月である七月、誕生日の七月二十四日が、普段にもまして父を思う
月・日なのです。
 
今月初め、古い中公新書の一冊を書架から引っ張り出し再読するうち、いてもたってもい
られない思いに駆られ、著者と担当編集者の方宛に、出版社気付で以下のような手紙を
書いて出しました。三十三年も前の本なので、ご存命かどうかも定かではないけど、もし
ご健在だったら、お二人が播いて下さった種を、ここにこんな風に胸に宿して育てている
者がおりますよと、御礼かたがたご挨拶がしたくて。
 
 
拝啓
 
初めてお便りいたします。 1977年3月に出版された 『おやじの国史 むすこの日本史』
をこのほど十年ぶりくらいにか再読、胸衝かれる思いがありペンをとりました。
 
なかでも162頁の、「ほとんどの青少年達は、敗戦後、百八十度の価値の転換の中で、
自分の再出発をはかった。(....) それまで正しいとされてきたものが、ある日突然
まちがいであったとされ、今まで悪であったものが善に変わった。転換できないで滅んで
いく友人達をわたしは数多く見た。」というくだり。
福田様とわずか一年違い、昭和4年7月24日生まれの父・二村孝を思わずにはおれませ
ん。
父は、25年前の1985年に56歳で自殺しました。戦後四十年たっての死ですが、狷介孤独
で友人もほとんどなく、家族にも疎まれて、ひたすら本と筆と釣り竿と碁盤・碁石を友とし
ていた人生の果てのその幕引きに、「転換できないで滅んでいく友人達」というフレーズが
私の中では重なります。
 
父も、戦争体験を自分からは語りませんでした。ただ、ふだんは家長としてんぞりかえって
家の中では横のものを縦にもしない人が、半年に一度くらい、日曜の昼にむっくり思い立
って、すいとんを作り出すのです。その日のお昼は、おかずのないすいとん一椀のみ。
そして、「戦時中はこんなものしか食べられなかったんだ。いや、今日のは卵なんか入っ
てるからまだ贅沢だ」とつぶやく。 これがわが家の戦争体験伝承でした。
 
「世のおやじさんたちが、自己の真の戦争体験を高校生のむすこにかたろうとするなら、
自分の敗戦体験と、その後に続く自己の再発見の道をこそ語るべきだ」
「が、じつのところ、このような一人の人間の精神史を家庭の中で語るということは、いう
のはやさしいが、実際には不可能なことであろう」(163頁)
いや、まったくそのとおりです。 本好きで、「人間は教養が大切だ」とつねづね言ってい
た好学の人ではあるけれど、戦時中の旧制中学までしか教育を受けられず、戦後はゼネ
コンの営業マンとしてはたらいてきた平凡な市井人である父には、過大な要求です。
 
私はむしろ、22歳になりたてで父と死別してから、心の中で父と親しく交わるようになりま
した。ちちと生年の近い方の書かれた本を読むと、同世代の生活感情と意見ということで、
赤の他人である方の文章の中にも、無意識のうちに父を捜してしまいます。父もこんなこ
とを言いたかったんだろうか、父もこれに似た体験をしたのだろうかと。
福田様の本書も、そういう気持ちで読みました。
「あの戦争体験って何だったの?」
父からは十分に聞き出せなかった分、代わりに福田様からお聞きする思いで。
 
本書が出たのは、私が中2の時です。当時の私の目に写った大人達の姿は、まず第一に、
声高に「戦争体験の風化を許すな」「この教訓を子供達に伝えよう」と叫ぶ、新聞やインテリ
さんたち、いわゆる「意識の高い人たち」、声の大きな人たち。
次に、「今の若い者は愛国心がない」と憂える旧時代のお年寄り達。
数から言ったら圧倒的に多い、黙々と働いて言葉少なだった普通の市井人の姿はどうし
ても後景に追いやられ気味だったのは、私が学校優等生だったからでしょうか。
 
出版当時に本書に出会えていたら(実際に出会ったのは十年近く前、古本屋でです)、
福田様のように知的素養が高く かつ なまの体験談を語って下さるコミュニケーション
能力の高い人生の先輩(話し相手、先達)に飢えていた早熟な中学生だった私は、意を
決して今回のように手紙を差し上げ、文通などお願いしていたかもしれません。
その時期に信頼できる年長者と出会えていたら、私の人生も違っていたのではないかと
夢想してしまいます。46にもなって、今更詮無いことですが(笑)。
 
さて、次は宮様へ。三十三年遅れの御礼ですが、このような本を世に出していただき、
本当にありがとうございました。 父のことが、読む前よりぐっと、分かったような気が致
します。
その後私は、「侵略→進出」騒ぎの教科書問題が起こった1982年に札幌西高を卒業、
単身上京して都立大(現・首都大)人文学部に入学しました。 そして、「地の塩」という
言葉に憧れ、「教育の仕事に就いて、日本の民主主義を少しでも前進させよう」という
いささか生硬な、青年らしい意気に燃えて教育学研究室に進みました。
ところがそこは、80年代にしてなお学生・院生の9割が民青・共産党員という 「日教組
サティアン」 で、そのあまりに硬直した教条主義に辟易し、ドロップアウトを余儀なくさ
れてしまいました。その後は独学で歴史教育について考えております。
父・祖父の世代が 「あの戦争は何だったのか」 という思いを抱えて生きてきたように、
日教組の左翼イデオロギー教育に巻き込まれて育った私は、
   「あの戦争反省・平和教育は何だったのか」
という思いを抱えてこの年まで生きて参りました。
 
戦後三十二年目に本書が世に問われ、そこからさらに三十三年たちました。
国際情勢も日本社会も日本人の心も、 戦前戦中→戦後 の、天地がひっくり返るほ
どの激烈さには及ばぬものの、やはり激変しました。
46歳になった今、福田様の「むすめ」世代である私は、70年代の小・中・高時代、「お
やじ」たちの戦争体験談をどのように聞き、取捨選択し消化吸収し是々非々の仕分け
を試み、自らの人生を生きるよすがとしてきたか (中略) 自分が生まれ育って教育
を受けた昭和後期という時代の語り部として、どこかの党派の公式見解ではない私
個人の 「おやじたちの戦争体験談」の体験談 を語っていこうと奮闘努力しております。
 
                                              (以下略)
 
 
歴史教育というテーマは私のライフワークで、あふれる思いがありすぎて、どこから語
っていいかわかりません。 ちょうど奇しくも今日は亡父の誕生日だったので、こんな話
から始めてみました。
 
 
 
 
 
みほちゃん、おばさんの国語一分教室にそんなに感動してくれて、おばさんの方もうれし
いよ。 あの息せき切った感謝メール! でも、今まで注意してくれる年長者はいなかっ
たの?
それであたしは、六年前道庁赤レンガガイドをしていた頃のことを思い出した。
あのときも、今のあなたとちょうど同じ年頃、三十代初めの女の子に、似たような感激の
仕方されてさ。
 
彼女は新人のガイドさん、私は先輩ガイドとして彼女の教育係という関係。だから当然、
言葉遣いから立ち居振る舞いまで事細かにうるさく教えた。
そしたら彼女、「仕事なのにこんなに細かく丁寧に教えて下さってありがとうございます!」
って、目をうるうるさせてんの。 「仕事なのに」って言われて、ずっこけそうになったよ。
「仕事でもないのに」ならまだわかるけど、ねえ。
 
思うに彼女たち就職氷河期世代は、学校を出て社会人になろうとしたとき、企業の方が
ずぶの新人を採用して一から手取り足取り教えて育てる度量を失って、「即戦力求む」
「経験者のみ」「未経験者不可」になってた。そしてそのまま放置されてきちゃったんだろ
うね。かわいそうに。ひどい話だ。
 
でも、彼女やあなたより二、三世代上の私なんかも、会社員としてはともかく、それとは
別の面で、上の世代から放置されて育ってきちゃったよなあという、悲しさやるせなさを
抱えている人間なんだ。 だから私は、大きくなったら下の世代にそういう思いをさせた
くないなあと思いながら育った。 ま、いざ46なんていいトシになってみたら、たいした
こともできないなっさけなーい自分にご対面しちゃったんだけど(笑)。
 
日本人て、世代間のコミュニケーションがとても下手だし、そもそも世代間のコミュニケ
ーションを重んじない、やりたがらない。
これをなんとかしたい、というのが、あたしの十代の昔からのテーマなんだ。
おっと、期せずして、やっと本題の歴史教育の話につながったなー
なんとかなるもんね。
じゃあ、あとは明日にしよう。
 
私、五月まで YL(ヤクルトレディ) をしてまして。 そこで YL通信 という手書きのミニ
コミを自主制作してお客様に配っていたんです。 はじめは純粋にお客様サービスでやっ
てたんだけど、次第に私の「万年青年の主張」の「オピニオン紙」化したりなんかもしたけど
(w)。 これで、お客様との交流が格段に深まったのです。
 
それまで、とってもシャイな社長さんで、毎朝ジョアプレーン一本机にお届けの際いろいろ
話しかけてもウンとかスンしかお返事がないので、お邪魔しないよう余計なおしゃ゛りはせず
「おはようございます。いつもありがとうございます」だけ言って早々に退散することにして
いた方がいらっしゃいました。
ところがこのYL通信を「こんなの作ったんですよ」とお渡ししたのがきっかけで、すっかりう
ちとけて、毎朝私とのおしゃべりを楽しみにしてて下さるようにまでなりました。
 
ある朝いつものようにお届けに上がると、「ほら」と一方を指さされまして、その指の先を見る
と、ご自分の机の横のキャビネットの扉にYL通信が貼ってある!
「わあーっ、うれしいっ、ありがとうございますー」
以来、日に日に会話が弾むように。もう劇的な変化。社員さんにも回し読みさせて下さって。
毎朝退出時にドアのところで「おじゃましましたー」と一声高くいななくと、社長さんは遠くから
手を振って下さいます。 シャイな方というのは、いったん心を開いて下さると、普通の人より
濃い親愛感を表現して下さるのですね。
このブログも、そこの社員さんのお助けで開設していただき。
 
というわけで親しくなった多くのお客様と、毎日毎週お会いできなくなる寂しさに後ろ髪引かれ
ながらも、社内事情と折り合いがつかず辞めることとなりました。
けれどもこのYL通信は何らかのかたちで続けられないだろうかと考えた果てに、当ブログ
誕生となるわけです。
だら、YLではなくなったけど似た名前にしたいなと思って、「ワイワイ楽しくやる」のYY倶楽部
にしようと。 
 
これが命名の由来ですが、これまでのようにYLとしてお客様に対面して直にお渡しするのと
違って、読んで下さる方の顔が見えないから、勝手が違ってとまどいます。
さてどうなりますことやら。
今日はお米を買いに行った帰り、天を突くような高ーいポプラの木が何本も、すっくと
立っている公園で体操してきました。 と、デジカメがあれば、この北海道らしい風景
をここに載せることができるのね。 いいなあ。
 
それにしても、ブログとメルマガってどうちがうの? このトラックバックって何?
ああ、いつでもそんなことが聞ける旦那さまがほしいなあ。
私と同年配か年上の女性でパソコン使いこなしている人に「どうやって覚えたの」と聞くと、
皆さん判で押したように「主人に教わったのよ」と答える。 あたしはそれがうらやましくて
うらやましくて、いつかそのセリフあたしも言ってみたい!の一念で、これまであえてパソ
コンできないままにキープしてきた面すらあったりして。 46にもなってバカかと思われ
そうですが、私のようなかわいげのない女にもわずかに宿る乙女心、と言ってほしい。
 
だがしかし。いつまでも白馬の王子様が現れるのを待ってても埒あかんので、遂に私は
立ち上がった。
私は世の中に訴えたいことがあるんです。 それを発言するために、去年の今頃、雨だれ
打ちのキーボード練習から始まって、ようやくここまでこぎつけた。よくやった、あたし!
 
その割にゃ唐突に始まっちゃったこのブログなんですが(w) 友達を家に招いて晩ご飯
食べてて、話の流れでその場の勢いで。
だもんで今から泥縄で勝間和代さんの本なんかひもといちゃったりして。
去年仕事帰りに古本屋で五十円で買った。 住む世界が違いすぎるから、それまでは
ぜーんぜん興味なかったんだけど、パソコンやるとなったら、こりゃいつか役に立つかな
ーと。 五十円の先行投資。
 
役に立ちました。ナナメ読みした限りですが、あたしとは百八十度感性が異なる方だなあ
という印象を受けたので、今日からこのブログは 負間まず代の YY倶楽部 という名前
にしまーす♪
YYって何? って話は、またあした。

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