九谷焼百話

吉田屋、宮本屋、松山、明治の名人たち……そして、扱いが難しいですが古九谷。多彩で奥が深い、九谷の魅力を見つめたいと思います。

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1660年代以降の“奇跡の五色”作品の存在について、 第一六〇話 では、描かれている絵のソースなどから 「可能性はある」と考えました。 あれば、それは有田以外で作られたはずだと いうことも、 第一五九話 で書きました。 ...すべて表示すべて表示

第一六八話 ◆ 仮説 加賀での生産

2018/2/19(月) 午後 11:45

1660年ごろを最後に、加賀藩(と大聖寺藩)は 有田に特注ができなくなりました。 一方で九谷村の窯は、すでに稼働していました。 そこでは素地作りだけでなく“五色”による 絵付けの試みも、独自に進められていたと思われます ...すべて表示すべて表示

佐賀藩にとって色絵磁器は、 幕府への献上や海外貿易のためのものでしたが、 加賀藩は自分たちが欲しかったのだと思います。 最上手古九谷は松ヶ谷と違って 江戸城から出ずに加賀や大聖寺の藩邸跡から出ます。 輸出にほとんど使われ ...すべて表示すべて表示


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