九谷焼百話

吉田屋、宮本屋、松山、明治の名人たち……そして、扱いが難しいですが古九谷。多彩で奥が深い、九谷の魅力を見つめたいと思います。

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(画像は寺井町九谷焼資料館発行「九谷350年展」図録)

幕末から明治ぐらいの九谷焼で、骨董市でよく見かけるのが、
“竹林の賢人”や“百老手”などを描いた赤絵細描の製品です。
徳利などの実用品が多いと思います。

赤絵細描と言っても、宮本屋窯とは系統が違います。
今の能美市佐野町に窯を開いた陶工、
斉田道開(1796年〜1868年)が始めた作風です。

斉田道開は数多い若杉窯出身者のひとりで、
宮本屋窯とは直接つながっていません。
その作風も、全くの別物と考えていいでしょう。

一番の違いは、絵付けにおける図柄(人物や龍など)の
位置づけではないでしょうか。
宮本屋(八郎手)は「主=文様構成、従=図柄」の
かっちりした絵付けが多いですが、
斉田道開はその逆で、
図柄が主役になっているように思えます。

おめでたい図柄が前面に打ち出された道開の作風は、
わかりやすく親しみやすい製品作りに寄与したと
言えるでしょう。
彼の指導で今の能美市近隣では、
九谷焼の絵付けが農家の冬の副業となり、
量産品の一大産地として発展しました。

斉田道開は産地の礎を築いた重要人物として、死後に
陶祖神社(能美市佐野町)にまつられ、
庄三同様に功績を称えられています。

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斉田道開の伝世品で、高台銘や箱書きなどで佐野窯と証明できる作品は数点と限られているように思われます。

この図録の写真や、九谷焼史料館のこれまでの展示作品を拝見しても、全く作行きの違うものばかりです。

歴史を紐解くとご指摘のようにその功績は計り知れませんが。

陶祖神社の前は広場があり寺井の九谷祭り、佐野の茶碗祭りが合併されるまでは、九谷茶碗祭りの会場として、数多くの茶碗の店、芝居小屋、露天商など昭和の頃は色々と賑っていました。

陶祖神社の後にスダジイの「石川の巨木」に掲載されている霊験あらたかな見事なご神木があり一見です。その下はすり鉢状になっており、草相撲の相撲場があり、子供の頃に毎年見に行ったものです。

神社を中心に現在も、九谷の商人、陶工が数多く生業にしておられ、道開の赤絵彩描を独学でその神がかり的境地に登りつめた、福島武山氏宅もあります。

道開の本歌も加えたいですね。

2011/8/8(月) 午後 5:02 [ kib*kib*ki*a33* ] 返信する

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kibakibakiba333さん。

斉田道開については子孫の方がブログに書かれていて、その中に若杉窯のあと山代で染付けを学んだ。とありますがどこの窯かご存知でしたら教えてください。

この子孫の方の家にも斉田道開の作品は失われて無いと書かれています。佐野窯における作陶期間が10年ほどと短いこともあると思いますが、佐野窯とわかる高台銘はどのような銘でしょうか?

斉田道開が開発した二度焼きの金彩赤絵の技法とはどのような方法でしょうか?

あいかわらずの無知ぶりですが、お答えできる範囲で宜しくお願いします。いつも貴重な情報ありがとうございます。
陶祖神社へも行って見たくなりました。
赤絵割模様五羅漢図平鉢は目を引かれます。

2011/8/8(月) 午後 10:26 [ yumenomatayume ] 返信する

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道開は、文政始めに若杉の勇次郎に赤絵と彩色を、山代豆腐屋市兵衛に南京染付を、文政5年に京都水越与三兵に彩色精書を、同10年に伊万里にて伊万里の書風と焼窯法を修行・・・と定本九谷や九谷焼330年等に載っています。

佐野陶祖神社奉賛会発行の道開と赤絵作品図録を見ても、道開の作品は10点余で九谷銘と角福銘が殆んどです。陶祖神社の羅漢図平鉢はとても上手で素晴らしく納得、1点だけ角福・伊造銘の上手の盃があり納得。網手に紅葉をちらしている対盃がありますが、高台のカイラギや、雰囲気時代感がなんとも云えないものがあり納得。
3点以外は判りません。

寺井町の名旧家の蔵出し品には、古九谷や吉田屋窯、小野窯の代表作など蔵出しされたようですが、道開の作品の話題は聞いていません。
道開の子孫のお医者さんも一切作品が無いとも言っておられます。

これまでの功績に見合った伝世品の調査研究を望みたいものです。
素人の戯言ゆえ全く参考にもなりませんが。

数年前に網手紅葉文同手の杯台が金沢骨董祭りに出ていたようですが、今どこにあるのか見てみたいものです。

2011/8/9(火) 午前 10:26 [ kib*kib*ki*a33* ] 返信する

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kibakibakiba333さん。

早々のコメントありがとうございます。私が初めて加賀の地を訪れた時、最初に加賀の風景を見ることが楽しみでした。
白山の連なり。広がる田畑。当時の陶工が見たであろう光景を共有し、そこから作品のモチーフを探すことでした。

kibakibakiba333さんのお話を伺うと、幼い頃から見てきた加賀独特の文化や風土が伝わってきます。加賀の地を訪れる時の楽しみが増えました。時は変わっても同じ光景を感じてみたいものです。

私も佐野窯の作品一つは手に入れて見たくなりました。
今後の投稿さらに楽しみにしています。宜しくおねがいします。

2011/8/9(火) 午後 9:28 [ yumenomatayume ] 返信する

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kibakibakiba333さん、yumenomatayumeさん、コメントありがとうございます。
記事を書いておいて何ですが、私も佐野窯あたりは
知識や手に取った経験など、特に不足しています。
いろいろと補足をしていただき、感謝申し上げるばかりです。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

2011/8/9(火) 午後 11:55 [ ナインバレーズ ] 返信する

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ナインバレーズさん。

感謝申し上げるのは私のほうです。このブログのおかげで九谷のことを多く知ることができます。加賀の様子も感じられます。
今後のご活躍大いに期待しています。

毎日暑い日が続きますが、ブログ関係者をはじめ皆様には暑中お見舞い申し上げます。

このブログがさらに皆様に広がり、九谷焼を知る場になりますよう応援しています。

2011/8/10(水) 午前 9:57 [ yumenomatayume ] 返信する

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ナインバレ−ズさん、uumenomatayumeさん、訪問されている皆さん、いつもお付き合い有難うございます。マイペ−ス調の乱筆乱文で申し訳ありません。

私はこれまで庄三や道開にはあまり興味を持っていませんでした。
このブログで皆さんと色々と調べるうちに、両者の偉業の数々が理解でき感謝しています。

私の友人には、様々の再興九谷の蒐集家がおり、互いに鑑賞しあったり、物々交換、美術館や古美術商への訪問等で楽しんでいます。

信頼のおける友人の情報は何よりも心強い限りで、思いがけない作品とのご縁や、入手時の得意分野の意見交換が強みです。

前回の投稿で追加と訂正があります。
角福伊造銘は、昭和7年発行「陶器全集九谷陶磁史」松本佐太郎著の銘款類集一覧122番に斉田伊三郎と載っており、伊造は道開の本名であると確認できます。この銘款類集が後の定本九谷などで活用されています。

伊造銘は7番(盃)茶碗でなく8番の赤絵人物図徳利でした。
これにより、2番の竜図深鉢と3番の龍鳳凰百老図深鉢は、伊造銘徳利とほぼど同手で道開の作品と思われます。
訂正しお詫びいたします。

2011/8/10(水) 午前 11:08 [ kib*kib*ki*a33* ] 返信する

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追伸、
このペ−ジの昨年8月11日の私のコメントに、網手紅葉紋の杯台を以前に見たとありますが、今回の赤絵の系譜展に、同手の網手紅葉文の大小酒杯と、並べて以前に記述の網手紅葉杯台が、展示してありました。なかなか時代感や深みのある作品でした。
斎田道開作の確信が持てる二重角に「伊」の作品も限られており、能美佐野窯九谷の発展に貢献した事を思えば、もっと伝世品での筆致や作行きの解明が、地元関係各位の奮起により望まれます。

2012/9/14(金) 午後 3:12 [ kib*kib*ki*a33* ] 返信する

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