九谷焼百話

吉田屋、宮本屋、松山、明治の名人たち……そして、扱いが難しいですが古九谷。多彩で奥が深い、九谷の魅力を見つめたいと思います。

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古九谷と同じ緑を使った松ヶ谷は、
1650年代の半ばには存在していたようです。
その物証が意外な場所で見つかっています。

イメージ 1

画像は17世紀、徳川将軍家の本拠だった
江戸城の天守閣と本丸。
明暦三(1657)年、教科書にも載る有名な
「明暦の大火」で、この大半が焼失します。

この時の被災跡、それも本丸のごく近くから近年、
多量の高級陶磁器の陶片が確認されました。
その中に松ヶ谷陶片が43点あり、濃い緑の絵具が
はっきり残ったものも複数含まれていました。

つまり“奇跡の五色”の緑は、1650年代半ばまでに
確実に存在していたことになります。
驚くべきことですが、
先行していたであろう祥瑞手(1640年代後半〜)から、
さほど間を置かずに開発された、ということです。

ちなみに祥瑞手の陶片も同時に多数見つかっています。
そのことから伊万里の研究者は、
祥瑞手と松ヶ谷がどちらも幕府への献上用の製品、
いわゆる鍋島の先駆けだったと見ているのです。

では、五彩手や青手はいつから登場したのか。

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