いちエンジニアのつれづれ日記

被災地の一日も早い復興を願っています.

旅行(京都)

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この日は朝イチで「角屋もてなしの文化美術館」へタクシーで行くことに.

タクシーの運転手さんに「丹波口駅の近くにある角屋...」と言いかけたら「ハイハイ〜」と二つ返事で出発.
「何か違う道を通っている気がする...」と思っていたら「かごの屋」という食事処に連れて行かれた(汗).

「10時前に食事処へタクシーで行く人おらんやろ〜」と心の中でツッコミながら「あの,私が行きたいのは角屋なのですが...」と言ったら「名前が似ているので間違えましたわ〜」と言われつつ,何とか目的地に到着.

角屋のある島原は,江戸時代から昭和まで花街があった所であるが,今は観光客もまばらで静かな雰囲気.

角屋は日本に残る唯一の揚屋建築だそう.
揚屋というのは今で言う料亭の様なもので,1階で調理を行って2階にお客さんを上げたことから「揚屋」の名が付いたらい.

まずはガイドの方の説明を受けながら,2階を見学させて頂く.
(事前予約が必要です)

壁に螺鈿(らでん)を配した青貝の間や,扇面を天井に貼った扇の間など,今見ても斬新で豪華な部屋を見て回る.
(2階は写真撮影禁止なので,写真無しですみません...)

2階の見学が終わった後は,1階を見て回る.

臥龍松と呼ばれる立派な松の奧には「曲木亭」と呼ばれる茶室がある.

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この茶室は,庭に面している側の壁が無く,テラスみたいになっている.
約300年前に作られたそうだが,屋根に擬宝珠(ぎぼし)の様な飾りが乗っていたりと,かなり前衛的な造りになっている.

説明文 

建物の中を見ていると,刀掛(かたなかけ)なるものを発見.
お客さんの武士はお店に入ると自分の刀を外し,一旦ここに置いたそう.

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その刀をしまっておくのが,刀箪笥(かたなだんす).
飲み食いしている間は,武士の魂を預けておいた様である.

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土間に面して,実際に調理に使っていたおくどさん(かまど)が並んでいた.

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角屋の近くには新撰組の屯所が近かったことから,新撰組の隊士もよく来ていたらしい.
ただ,ツケで飲み食いしてお金を払わなかったので,とうとう入店を断られて,頭に来た隊士が付けたという刀傷が入り口に残っていた.

角屋を後にし,近くにある輪違屋(わちがいや)にも寄ってみた.
こちらは置屋という,芸妓さんを派遣するお店である.

説明文 

最後に島原の大門を通り,往時の賑わいを想像しながら,JR京都駅に向かった.

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[角屋もてなしの文化美術館のHP]
http://www16.ocn.ne.jp/~sumiyaho/index.html

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澤屋で粟餅を頂いた後は,相国寺(しょうこくじ)まで移動.

金閣寺や銀閣寺は,この相国寺の塔頭(たっちゅう)寺院である.
(塔頭は,会社で言ったらグループ会社の様なイメージでしょうか?)

観光客でいっぱいの金閣寺や銀閣寺と比べて,相国寺の境内はひっそりとしている.

南側は同志社大学のキャンパスと接しているので,不思議な光景.

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しばらく歩くと,立派な法堂(はっとう)が見えてくる.

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さらに歩いて,塔頭寺院の1つである「大光明寺」へ.
今回特別公開をしていた.

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まずは坪庭を鑑賞.

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庭の片隅に,石で出来た小さな亀を発見.

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こちらは心字の庭.

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石組みが「心」の字を象っていることから名前が付いたそう.
のんびり眺めていると,何だか気分が落ち着いて来る.

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そして方丈の中には,伊藤若冲の掛け軸が展示されていた.

感動しながら見ていたら,だんだん前のめりになり,防犯ブザーを鳴らしてしまった...
お寺の人に怒られたのは言うまでもない.

特別公開している時に訪れることが出来,素晴らしい庭と伊藤若冲の絵を鑑賞出来たのは幸運であった.

[相国寺のHP]
http://www.shokoku-ji.jp/

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嵐山散策の最後に「厭離庵(えんりあん)」を訪れることに.

地図を見ながら訪れたのだが,なかなか見つからない...
入り口がとても狭くて,気付かずに何度も行ったり来たりしていた(汗).

狭い路地を歩いて行くと,突き当たりに入り口があった.

ここは藤原定家の小倉山荘跡で,定家が百人一首を撰した場所とのこと(諸説あり).
後に荒廃したが,江戸中期に和歌の家である冷泉家が修復し,霊元法皇から厭離庵の号を得たそう.

茅葺きの建物と紅葉の取り合わせが美しい.

説明文 
 
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庭はこぢんまりとしているが,石灯籠や石橋,手水鉢などが控えめに配されていて,とても上品な感じ.
歩きながら,紅葉と一緒に楽しむ.

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ひっそりとして,隠れ家の様な雰囲気を醸し出している場所であった.

[お寺のデータ]
・厭離庵(えんりあん):右京区嵯峨二尊院門前善光寺山町2

大覚寺を訪れる(111127)

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祇王寺を後にし,自転車に乗って一気に「大覚寺」へ向かう.
歩くとかなり遠いが,自転車だとすぐである.

嵯峨天皇が建てた嵯峨離宮が,大覚寺の前身だそう.

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生け花の嵯峨御流とゆかりのあるお寺なので,お寺の入り口には華麗な生け花がずらりと並んでいた.
器も実に見事である.

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ちょうど嵯峨菊展をやっており,初めて嵯峨菊を見た.
(大覚寺の隣にある,大沢池の菊ケ島に自生していた野菊を改良したものが嵯峨菊です)

細長い花びらが線香花火の様で,とてもユニーク.

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お寺の中を見た後は,隣の大沢池の周りを散策.
かなり大きい池である.

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石仏が,紅葉を眺めながらたたずんでいた.

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多くの花が飾られ,趣のあるお寺であった.

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大河内山荘を後にし,自転車に乗って北へ向かい「祇王寺(ぎおうじ)」へ.

(以前訪れた時の記事はこちら↓)
http://blogs.yahoo.co.jp/ninnikusky/57313087.html

門の向こうに,色付いた木々が見える.

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庭の周りをぐるりと周りながら散策.
一周すると,見える角度や光の当たり方が変わり,庭の様々な表情を楽しむことが出来る.

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地面に目を転ずると,苔の上に紅葉が散っていて,緑と赤のモザイクが美しい.

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庭の一角には,様々な苔が展示されている.
苔好きなので,まじまじと見てしまった...

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紅葉と苔との組み合わせが印象に残る庭園であった.

[祇王寺のHP]
http://www.giouji.or.jp/

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