もう一つの広島。 広島原爆の直接の被害を免れた貴重な電車。熊本電鉄71号電車を訪ねて。 2010年5月15日(土曜日) 北熊本駅にて |
徒然
[ リスト | 詳細 ]
|
今日は退院後初の検査診察 保険会社に提出の診断書を受け取り 初診以降の具体的症状推移と治療内容を見てぞっとしました 主治医の先生と各専門科の先生方とICUの方々のお陰で こうやってブログ投稿もできる状態まで回復させて頂いたことに感謝しなければなりません 発熱から2日目 SL人吉号と桜並木を翌々日に撮影に行こうと解熱剤でもと深夜病院を訪れ今夜は病院で、と 翌日、胸部レントゲン、CTにて両側下葉の肺炎 同時に副腎グリーゼを併発 緊急入院へと変更 翌々日、原因不明の40℃の発熱 再びCTにて肺炎像の増悪、重症異型肺炎で抗菌剤を変更 4人部屋から個室へ移動 夜間、意識を失い高度頻脈を伴う低酸素血症、極端な血圧低下 ICUへ転棟、緊急挿管、人工呼吸管理開始 昇圧剤、大量輸液などにも反応なく、敗血症性ショックの合併、筋酵素の著増 やむなく・・・ 母が最悪の場合も覚悟するように言われたそうです ICUには5日間いましたが途中、せん妄、不安症状が出現 精神科医指示により精神薬を開始 ICU退室後以降は症状出現無く精神薬中止 そして1週間後には退院することができました もし最初の発熱時に解熱剤で撮影に出かけていたらおそらく手遅れになっていたでしょう わずか18日間の入院でしたが、ここまでの状態になると よくあちらへの扉や川が見えると言う方がおられますが 私は無、何も見えませんでした。 ICUでの精神薬のせいか、個室へ戻って退院して自宅療養最初頃までは 自分の見ている風景ややっている事が夢なのだろうか?と思ってしまうことが しばしばありましたが 現在は本来の自分に戻っていますが体力精神力ともに非常に低下しているので 徐々に復帰を目指しています |
|
膠原病 全身性エリテマトーデス(SLE)発症から早くも2年を越し、退院から2年目の新春を迎えることができました。
10年生存率に入り今と同じ普通に過ごせるように 病名を告げられた10年目の同じ日に「笑顔の写真展」目指していますが、ブログ掲載させて頂いた方々以外の写真展ならばと頂けた笑顔を含めますと、もうすぐ100人の方々の笑顔となります。 私にとって何よりの宝物でパワーの源です。 冬場になるとこの病気特有の症状が出たり、夏場や紫外線の多い時期は病状を悪化させるので出歩けないこともしましばです。 私も被爆二世ですので平和な国に住んでいるからこその撮らせて頂ける笑顔、これを肝に銘じています。 これまで撮らせて頂いた方々に感謝、これからも笑顔を撮らせて頂ける機動力を持った体調維持、また拙いブログですがご覧頂いたりメッセージやコメントを頂いた方々へも感謝です。 理由あって生かされていること、これを忘れず精進して行きたいと思います。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
月夜と言っても夜明け前のまだ闇の時間 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
今日は古くからの友人?(元カノ)もう26年来 親友ですよ〜 ちなみに娘さん去年成人式、今は介護福祉のお仕事されてます。 で お車、ラウムですが鉄ホイールにホイールキャップだったので うちの赤いクーペに以前試用で組んだホワイトのアルミで14インチから15インチにインチアップ |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




