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今回は前篇・後篇に分かれています。今回若干話が重いです。
多少、僕の生い立ちに触れながら………
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人を信じることができる―――それは人間の最大の利点にして最大の欠点。
人間以外の動物の信頼は、家族、および夫婦(?)の間にのみ生ずる。
しかし、人間は、見ず知らずの人間ですら信用する。
今、「見ず知らずの人間ですら」と述べた。
しかし、どちらかといえば、「見ず知らずの人間の方が」信用できるのである。
なぜならば、騙す理由がないから、である。
実に簡単な理由である。
ちなみに、僕は、人を信じることができない。
親兄弟は小さいころからの付き合いであるからして、信頼は生まれる。
だが、本当に100%信じられる赤の他人は、今現在、たったの1人もいない。
ある時、「○○(←僕のあだ名)のこと心から信頼してる。家族と同じくらいに」
と言ってくれたヤツがいた。
今のところ、彼女とまではいかないが、最も仲のいい女子、いや、人間。
しかし、その人のことすら100%信じることができないでいる。
「心の中でほくそ笑んでいるのではないか」という根拠のない疑心暗鬼な疑いが、その原因である。
もちろん、僕も信じたい。しかし、どうしてもできない。
なぜかは自分にも分らない。
別に今まで騙されながら生きてきた訳ではない。
しかし、それに似た状況は幾度となく経験してきた。
僕は、小学4年のころ、鹿児島にやってきた。
そして、とある小学校に転入した。
そのあとすぐ、T(現在の生徒会長)と、別の1人の女子と仲良くなった。
しかし、1年経ち、クラス替え。
Tとは別々のクラスになった。
すると、いきなり付き合いづらくなった。
そして、年を重ねるごとに、周りの人間が変わっていく。
全く変わらないのは、今思いつく限り、2〜3人しかいない。
100%信じられる相手は、1年で付き合いが終わったりはしない。
そんな経験が、一線より近くに行ったときに、相手との別れをつらくするのだと思う。
僕は基本、大概の人には名字で呼ばせている。
自分と相手の間に一線を引くためだ。
そして、「信頼」が、最後の一線。
それを超えた時、僕は何を思うのか……?
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