空集合

記憶を忘却せよ、そしてその忘却を記憶せよ。

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身体素描

身体の記憶その3
「足の裏」

…やけにきれい。

おそらく、この記は2005年の5月15日/西島一洋

イメージ 1

 いま、あぐらを組んでいる。足の裏が見える。やけにきれいだ。きっと先日の5月8日、潮干狩りに行ったせいだ。草履と足の裏に砂が入り研磨されたのだろう。
 僕の普段の生活は冬も裸足に草履か下駄と数年前に書いたことがある。しかし、昨年末からつい先日までの数ヶ月間、靴を履いていた。

 昨年9月、女房が畑で転倒、左足首を骨折した。捻挫骨折といって、骨折の中で最も複雑な骨折とのこと。関節周辺の3箇所を骨折。腱も伸びきり神経も一部破断。即手術。足首の内側と外側を切開し、ビス10本と金属板を埋め込み骨を固定する。ギブス生活は1ヶ月ほどだったか。ギブスが取れた後、プラスティック製のサポート器具を装着しての歩行リハビリ生活となる。その時に、その左足用に大きめの靴を買った。26cm。これは僕の足のサイズでもある。2000円の安靴であった。26cmか、26.5cmにするか迷ったが、彼女が履かなくなっても、その後僕が履けばよいのではということで、26cmのほうにした。サポート器具はその後1ヶ月ほどで装着の必要が無くなり、彼女は普段の自分の靴に戻り、26cmの靴は無用となった。

 昨年末のある日、その無用となった26cmの靴を眺めていた。「履こう!」と思った。靴下をタンスの奥から探し出し、靴を履く。よし、しばらくこれでいこう。僕にとって、「靴生活」というのは勇気がいる。長年多分30年くらい、真冬でも裸足に下駄生活を続けてきたからである。それには理由があった。靴を履くと水虫になるからである。真冬でも同じ。長年裸足に下駄生活を続けていると、足の裏はそれに順応し、雪の上でも冷たくもなんとも無い。そのような剛健な足の裏になっていった。皮膚はゴツゴツ、まるで草履が足の裏に常時くっついているという感じかな。以前に、下駄も履かず、裸足で23kmと17kmを町の中を歩くという行為をやったこともある。
 ということで、意を決し久しぶりの靴生活が数ヶ月続いた。靴下の洗いがえが無いので、ユニクロに買いに行った。裸足で靴でもよいのだが、靴の中が汗でべとべとになる。靴を履くということは同時に靴下も履くということだ。余分な出費。みんなこんな無駄をしているのだなあ。

 5月はじめ、潮干狩りに行くため、ビーチサンダルを買いに行った。100円ショップでも売っていたが、奮発してベトナム製の1000円のを購入。これがすこぶる具合が良い。
 で、潮干狩り以降、再び裸足に草履という生活に戻った。やっぱりこれが、僕に一番向いている。足の裏が生気を取り戻し赤ん坊のようににっこり微笑んでいる。それにしても美しい。
 
 明日、5月16日から2週間、シンガポール、クアラルンプール、ヤンゴン、マンダレーで公演だ。このベトナム製のビーチサンダルで行ってこよう。

                                                   (にしじまかずひろ・絵・体現

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先だってから、タルコフスキー読んどります。
…自分自身を忘れることによってのみ獲得できるような何か。それがノスタルジアである…というのに出くわしました。
西島さんの一言メッセージと重なりうれしくなりました。

私はこれからを「生涯喪中」でやっていこうかと思うてます。

はい。

2009/1/1(木) 午前 11:15 低人 返信する

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